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33.研究室

 冬上月ふゆかみつきは一月だけの短い学期期間である。魔法学院ではベイリーとカガリーの噂でもちきりだった。


「聞きました?ベイリー様が恐ろしい企てをなさっていたと」

「あのカガリーとかいう庶民が、禁止魔法を使ったんでしょう?」

「サルジア様がいなかったら、どうなっていたことか」


 ある程度の事情は知られているのか、サルジアに話を聞きに来る者はいなかった。代わりに、今までサルジアを遠目に見ていた人達が話しかけてくるようになった。


「サルジア様、侍女はおりませんの?」

「私、母が館仕えでしたから、お役に立てると思いますわ」


 正直、大地の館は人手不足だ。だが、急に態度を変えるような人間をサルジアは信用することができなかった。全てやんわりと断っているが、諦めない者も多く面倒な日々を送っていた。


「サルジア、大丈夫?」


 アマリアも忙しい身の上であるのに、彼女はいつもサルジアを気遣ってくれる。


「大丈夫じゃない。疲れた」

「あら、発表会で眠ってしまわないように気をつけてね」


 冬上月の中旬には三年生の発表会がある。一年生は研究室を選ぶ参考とするため、二年生は来年の参考にするため、全員が参加する行事となる。


「どうしよう、私はもう決まっているから眠ってしまいそう」

「ああ、そうだったわね。ラケニア先生ががっかりしそうだわ」


 サルジアの入る研究室は決められている。それについてはシンリーとカシモアから話があった。

 魔導士による事情聴取で闇の魔法については秘密にするように言われていたが、それはどうやらカシモアが王に進言し承認されたからだったらしい。その代わり、シンリーとカシモアには今回のようなことがどうして起きたのか、また防ぐためにはどうすればいいのか、調査をするようにと王命が下りた。

 カシモアは神の使いの立場として何も語らないようにしてきたが、主であるサルジアが巻き込まれていることもあり、事態の解明について王が責任を持つというのなら喜んで調査するとのことだった。

 その調査に関連して、サルジア自身についても解明すべきことがあるらしく、彼女の研究室は既にカシモアに決められてしまったのだった。


「どんな研究をされている先生だったかしら?」

「闇の魔法について、あの本を元に調査している先生だよ。あとは悪魔とかについても研究してたはず」

「そうなのね。研究室の三年生の発表を聞けばサルジアの参考になるかもしれないわね」


 サルジアは発表会を意識を保ったまま終えることができたが、結局、その研究室の三年生はいないようだった。ロメリアの兄、サイネリーが不合格で再発表とならなかったことは確認できてよかったと思った。

 発表会の後は各研究室を訪ねることができたので、サルジアはアマリアと別れて配属先となる研究室に向かった。


「お待ちしておりました」


 出迎えてくれたのは、三十代ほどの男性。肩までの黒髪は後ろで束ねられており、眠たげな灰色の瞳が特徴的だった。背は高くないが、細いが故か、すらりとして見える。


「シネン・プリムラと申します」

「シネン先生、大地の館の主、サルジアです。どうぞよろしくお願いいたします」

「サルジア様、そう畏まらなくて大丈夫ですから。さ、こちらへどうぞ」


 シネンは自身も言葉を柔らかくして、サルジアを奥へと招いた。

 研究室はサルジアの小屋のようにこぢんまりとしていて、壁際に本棚が並んでいる。奥には二人掛けのソファが二つあり、小さなテーブルを挟んで配置されている。そのさらに奥に、大きな机と年季の入った一人掛けの椅子が置かれていた。

 シネンはサルジアをソファに案内し、お茶を用意してくれる。


「あちち、少し熱し過ぎましたかね。サルジア様、大したものではありませんが、お召し上がりください」

「ありがとうございます」


 お茶は熱く味も少し薄かったが、却って喉を通りやすくもあった。


「他の方はいらっしゃらないんですか?」

「ええ。うちはまあなんというか、おとぎ話を真剣に検証している頭のおかしな研究室という認識で――ああ、サルジア様がそういう目で見られることはないと思いますよ――今まで一度だって研究生が入ったことがなかったんです」

「どうして先生はそんな研究を?私もあまり詳しい研究内容については聞けていないんです」

「おや、そうですか」


 シネンはほんの少し眉を上げた。


「色々あって、今の研究をしてるんですが……始まりはルドン・ベキア、カシモア・プラタナという二人の偉大な魔法使いに憧れたことがきっかけです。

 魔法学院ではどちらかの研究分野を専攻しようとしていました。ルドン・ベキアは大地の魔法についてでしたから、彼のいない学院では無理な話でした。だから、カシモア様の悪魔についての研究を掘り起こして勝手に引き継いだのです」


 王都の図書館でカシモアが悪魔の研究をしていた話を聞いたことを、サルジアは思い出した。


「悪魔について調べれば調べるほど不思議でした。この存在は一体いつから現れて、どのように認識されて、変化していったのか。この国の興りの段階では悪魔なんて言葉、出て来やしませんでしたからね。

 そこからまあ、色々ありまして、闇の魔法についての本に辿りつき、なんやかんやで悪魔の登場の経緯までを調べているところです」


 そのなんやかんやを知りたいところだが、シネンの目が遠くを見つめていたので、サルジアは深く聞かないことにした。


「カシモア様からお話をいただいたときは、心臓が口から出そうでしたね。

 なんの面識もない男が、自身の過去の研究を漁って、勝手に引き継いでるなんて、気持ち悪いでしょう?死も覚悟してましたが、まさかサルジア様を任されることになろうとは……」

「そんな悪いことじゃないと思いますけど」

「そうでしょうか?私は陰気で根暗で気持ち悪い存在ですから、ね」


 ね、と言われてもサルジアは苦笑いしか返せない。


「困らせてしまいましたね。

 けれどカシモア様のお役に立てるのは、私にとって至上の喜びです。カシモア様のお立場では語りにくい事情を、私の推測に変えてサルジア様にお伝えすることが私の仕事です。どうか、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、お願いいたします」


 神の使いとして、カシモアは言わない方が良いことがある。例え王命によってその判断を変えたとしても、彼にとっては言いにくいことに変わりはない。既に関連事項について研究しているシネンであれば、カシモアの知っていることを予測できているだろうとも考えていた。


「さて、まずはサルジア様がどうして闇の魔法を使えたかですね。こちらについてはカシモア様は既に気づいておられていたようですが、きっかけがわからない、とのことです。

 何か特定の条件がなければ闇の魔法を使えないのであれば、その条件に合致する行動をサルジア様は取られているはずです」

「心当たりはないのですが……」

「そうでしょうね。ですから、まずはサルジア様の過去について情報を集められればと思います」


 シネンは立ち上がると、自身の机の中を漁り、一つの道具を持って現れる。


「それは?」

「人の記憶を覗く装置です。カシモア様がサルジア様を私の研究室に入れたのは、私がこういった道具を開発しているのもあるのでしょう」

「先生が作られたんですか?」

「はい。家は貴族としては下級ですが、後世に名を残す発明家は多く輩出しております。学院で使用する計測器なんかも、基本的には我が家の魔法使いの発明ですね」

「すごいですね」

「ありがとうございます」


 シネンは水晶のようなものを机に置き、そこから伸びる輪をサルジアの頭に乗せた。


「私は発明がメインではないので、これもサルジア様でなければただのガラクタなのです」

「どういうことですか?」

「この装置はその人の過去を水晶に映し、記録します。しかし過去を水晶に映すには、使用者が大地の魔法を使える必要があるのです。ですから、一般向きではないのです」

「そうなのですね」


 大地の魔法を応用した道具には興味があるが、ひとまずは自身の記憶を覗く方が先だ。サルジアは大人しく準備が整うのを待った。


「ではサルジア様、少量でも構いません、私が止めるまで魔力を流し続けてください」

「はい」


 魔力を流すと勝手に頭上の輪に吸い取られていく。そして、机の上の水晶に、サルジアの視点で過去が映し出されていく。

 両親の顔ははっきりと見えないが、小さな部屋で三人で暮らしていた。それがある日森に捨てられ、孤児たちの集団に入るようになる。森での生活が続いた後、サルジアの前に倒れる少年が映っていた。


(これはあの日の……)


 サルジアもよく覚えていない、同年代の少年を助けた日の記憶だ。この後サルジアは熱を出したので、この時のことを忘れてしまったのではないかと言われていた。

 自分自身の覚えていない過去に、食い入るように水晶を見つめるが、途端に水晶に映し出されていた風景が消え、つるりとした透明の水晶に戻ってしまった。


「やっぱり、私が覚えていないから、だめなんでしょうか?」


 がっかりしながら言うサルジアに対し、シネンは険しい表情となっていた。


「サルジア様、幼い頃の記憶など、覚えていない人がほとんどですよ。先ほど水晶に映っていたものも、きっとサルジア様ははっきりと覚えていらっしゃらないでしょう。もちろん、多少は本人の認識に影響されますが、このように突然何も見えなくなることなどありえません」


 シネンの言葉が終わると、再び水晶に過去が映し出される。集団を追い出されて、ルドンに拾われたところだ。サルジアとルドンが話しているところが、一枚の絵のように映されていた。


(師匠……)


 今見ると、この時のルドンはどこか冷たい人だったが、それすらも愛おしく思えた。


「サルジア様、すみませんが、一度止めますね。きっとここから先に望むものはありません」


 シネンがサルジアの頭から輪を離すと、水晶の中の像が消えた。


「装置の故障でもないようですから、先ほど何も映らなかった理由について考えられるのは一つだけです。

 誰かが、あなたの記憶、そして大地に残る記憶でさえも、隠しているということです」

「隠している?」

「ええ。あの後にきっと、サルジア様が闇の魔法を使えるようになったきっかけがあったのでしょう。サルジア様が覚えていらっしゃなくても無理はありませんが、この装置は大地の持つ記憶を応用しているのです。先ほどのように、サルジア様の視点ではないものも、過去として映し出されます」


 最後に見たのはルドンとサルジアの話していた場面。それだけはサルジアの視点ではなかった。


「それも、ここまではなかったというのも変な話です。あなたの記憶が大地に残っていない訳がない。

 何者かが意図的に、大地の記憶を消したということです」

「そんなことが可能なのでしょうか?」

「それは私も不思議です。とにかく、少しずつ探っていくしかありませんね。

 冬下月ふゆしもつき春上月はるかみつきは授業はありませんから、詳しく調べていきましょう」


 サルジアは深まる謎に戸惑いつつも、シネンの言葉に頷いた。

続きます。

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