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31.後始末

 悪魔を追い払った翌日、どこもかしこも忙しかった。

 まず神殿は、預言者から悪魔の到来が阻止されたという預言を受け、喜ぶとともに悪魔の出現を食い止めたアマリアを中心に詳しい調査を進めることになった。

 そして東にある王都では、魔導士達が関連する者達の事情聴取を行い、その後の対応のための手続きを進めていた。サルジアもそのために呼び出され、神殿で働くアマリアの分も証言を行った。闇の魔法についてはカシモアと一緒に話したが、それについては秘密にするようにと指示を受けた。今回は通常通り、紫色の印を破壊したという体で話が進められるとのことだ。


「神殿側もそうするのかな?」

「神殿と王宮では扱う対象が違います。王宮は人や秩序の管理を行いますから色々訊かれますけど、神殿は魔物、悪魔及びその被害の後処理を請け負います。悪魔が去ったのなら、それでよいので人の行動はあまり重要視されません」


 カシモアの言った通り、神殿側から呼び出されることはなかった。

 サルジアとアマリアは学期の残りはきちんと授業に出席した。突然姿を現さなくなったカガリーとベイリーについては、噂が飛び交っていたが、学院側から正式な発表はなかった。

 そして学期が終わり、秋下月になってからサルジア達は東を訪れた。

 下月の館の集いは、夏下月が中止であったことを受け、小規模で開催されることになったらしいが、大地の館は欠席だ。カシモアはもともと出る気がなかったそうだが、今回は用事もある。


「サルジア様、お待ちしておりました」


 東の中でも王都に近い辺りにある施設の門で招待状を渡すと、確認が取れた後、案内係が現れた。

 案内係に続いて中に入ると、いくつかの部屋があり、その内の一つへと入る。入り口の辺りは数列の席が用意されており、中央にスペースがある。左右の壁には二列ほどの席が用意され、部屋の奥には講演台がおかれており一人の男性が立っていた。そしてそのさらに奥に数人ほど似たような雰囲気をした人たちが座っている。

 サルジアとカシモアは右側の壁際の席に案内された。反対側の壁際には、以前サルジア達をゴート村まで馬車で連れていってくれた青年が座っている。


「スルフラン・ロリエ、まさか彼があちら側に座っているとは思いませんでしたね」


 サルジアの視線に気づいたカシモアが言った。

 室内はざわざわとしていて、それほど声を落とさずとも内緒話ができる。


「それじゃあスルフラン様が証言を?」


 今回サルジア達が呼ばれたのは、ゴート村に悪魔が現れかけた事件についての責任追及の場だった。

 既に魔導士達によって事の詳細はまとめられ、相応の罰についても定められている。この場では、事実の確認及び、与えられる罰についての承認を行う。サルジア達は事件に関わっていたことで、事実確認のために呼ばれていた。問題がなければ決まった言葉以外の発言は必要なく、既に決められている内容の承認を見届ければよいと言われていた。

 そしてサルジア達の承認席と反対側の席は、今回の承認について補足を行う人々のための席だ。調査結果を報告する魔導士や、事実の証明のための証人などがそれにあたる。

 中央で会った時は優し気だったスルフランだが、今は柔らかな垂れ目も鋭い光を宿している。


「杖の館も、色々と大変ですね」


 スルフランは杖の館の主の子ども、つまりベイリーの兄である。

 今空いているスペースには、今日、二人の少女が登場する予定だ。一人はゴート村のカガリー、そしてもう一人が杖の館の主の子ども、ベイリー・ロリエである。


「サルジア、あまり気負う必要はありませんよ。あなたはただ、この場を見届ければよいだけなのですから」

「うん。ありがとう、カシモア」


 学院で面識のある二人の少女の裁きの場で、形だけでも発言権を持っているのは何とも言えない気持ちにさせる。カシモアは気遣うようにサルジアの背を撫でた。


「それでは、ただいまよりカガリーの罰についての確認および承認を行います」


 講演台に立っていた男が告げると、入り口付近の聴衆も口を閉じ、室内が静かになる。徐々にすすり泣きのような声が近づいてきて、左右を警備に固められたカガリーが入ってきた。茶色の瞳は潤んでおり、赤い髪の毛はどこかくすんでいるようにも見える。

 所定の位置に立つと、警備は一歩後ろにさがる。


「ではカガリー、あなたの犯した罪についてこの場で確認します」


 サルジア達と反対側に座っていた魔導士と見られる男が立ち上がり、調査の結果を淡々と告げていく。

 彼女の過ちは、使用を禁じられた本に書かれた魔法を使用したことだ。それにより、召喚もされていない悪魔が地上へと現れかけた。サルジアが悪魔を倒したので悪魔が完全に姿を現すことはできなかった。


「何か相違点はありますか?」

「いいえ、ございません」


 カガリーは涙声で答えたが、決して涙は流すまいと、直ぐに口を閉じて唇を噛みしめる。


「サルジア様、いかがでしょうか」


 魔導士の言葉で、カガリーがサルジアを見つける。


「問題ございません」


 サルジアは目を逸らせないまま、苦い気持ちになりながらそう答えた。


「ではカガリー、何か言いたいことはありますか?」


 魔導士の言葉に、カガリーはサルジアの方に体を向けて深く頭を下げる。


「サルジア様、申し訳ございませんでした。何度も村を救ってもらったのに、私、あなたに汚い感情を向けてしまいました。あの悪魔の言っていたこと、本当じゃないけど、嘘でもないんです。私はあなたが羨ましくて、認められなくて、私にとって都合の良い存在であればいいのにと願ってしまいました」


 サルジアはカガリーが何を思っていたかわからない。それでも彼女にとって、サルジアは好ましくない存在となっていて、悪意を向けられていたことはわかる。そしてそれを謝罪したということは、もうそう思っていないことも。

 立ち上がりかけたサルジアの肩をカシモアがそっと抑える。


「サルジア、この言葉は罰を少しでも軽くするためのものです。それが例え真意であっても、返答は不要です」

「でも……」

「抑えてください。あなたが許すと言ってしまえば、色々と厄介なことになるのですよ」


 サルジアはただ承認を見届ける役だ。それなのに口を出してしまえば、既に決まっている事項への異議と捉えられる。つまり、決まっていた罰についてサルジアの意向が反映されてしまうのだ。事実に誤りがないのに、罰を変更することはこの場の公平を乱す。


「大丈夫です、承認者がその辺りは考慮してくれますから」


 カシモアの言うことはわかるが、カガリーの謝罪に答えられないことはサルジアにとってつらいことだった。黙って続きを見ていると、とうとう罰についての公表があった。


「何を思って悪魔を召喚しようとしたのかは問いません。悪魔の召喚自体も禁じられているわけではありません。あなたは使ってはならない魔法を使った、それがあなたの犯した罪です。

 あの本は普通ならばあなたが手に入れられるものではなかった。また、あなたは調査に対して非常に強力的で、自身の行為についても深く反省しています。幸いにも悪魔の到来はサルジア様によって防がれましたから、周囲への影響も大きなものではありません。

 よって、あなたには魔法学院の一年の停学を申しつけます」

「はい……寛大なお心に感謝いたします」


 カガリーは一度大きく目を見開いた後、堪え切れなくなった涙を流しながら罰を受け入れた。


「軽い罰でよかったですね」

「軽いの?」

「ええ。本来なら退学あるいは投獄されてもおかしくありませんからね」


 カシモアの声に喜びはなく、退出していくカガリーも冷ややかな目で見つめていた。サルジアはそれに気づかず、胸をなでおろした。

 続いてはベイリーの番となった。彼女は堂々と定位置につくと、キッと兄を睨みつけた。


「お兄様、なぜそんなところに?まさか、私を擁護しに来てくださったのです?」


 スルフランはベイリーの方を見ようともしなかった。


「ベイリー・ロリエ、発言は許可されていません。

 では、事実の確認から始めてください」


 承認者の言葉にベイリーは不機嫌を隠さないまま黙った。

 彼女については色々と細かな事項が挙げられていた。使用を禁じられた本を持ち出し、カガリーに渡したこと。ゴート村に不要な噂を流し、警備への妨害を行ったこと。認可されていない組織から人を雇ったこと、雇った者を杖の館の者に偽装したこと。


「何か相違点はありますか?」

「ええ。全てが間違っているわ」


 ベイリーは今度はサルジアを睨みつける。


「まず、あそこに悪魔がいるこの場所がおかしいです。

 皆さまお気は確か?あんなにもわかりやすい悪魔の証を宿した者を、館の主として認めているなんて」


 再度承認者が止めようとしたところを、スルフランが手で制する。


「彼女が悪魔ではないことは、君が調べていただろう?」

「ええ。危険な存在は放っておけませんから、西を調査しました。結果、あれは孤児だったということがわかりました」


 聴衆がざわりとする。サルジアはベイリーから視線を外して、顔を俯けた。


「西の森に捨てられた孤児。ただただ死を待つだけの存在が、館の主だなんてなんの冗談ですの?」

「自分の言っていることがおかしいとわからないか?」

「私は何も間違っておりません。あれは悪魔で、孤児として地上に現れたのです」

「めちゃくちゃだな……」


 スルフランは呆れたように言った。


「ベイリー・ロリエ、はっきりと言おう。君は重罪人だ」

「意味がわかりませんわ」

「先ほどからサルジア様を悪魔だと言い張っているが、自身の行動を振り返ってみたらどうだ?

 勝手に調べた人の出生を学院内だけでなくゴート村にまで広め、ゴート村では警備の人に関しても虚偽の情報を流した」

「悪いとは思いますけれど、悪魔に魂を売ったのは誰だと明確な名前は出しておりません。ただ、あの人達がいるとカガリーが自由に動けなかったのです」


 驚いたことに、ベイリーはそこだけは罪の意識を感じているようだった。


「ベイリー、なぜわからない?

 今回の件、全ては君の行動が原因で起きているんだ。

 サルジア様に関する噂を流し、警備について嘘の話を流し、ゴート村に不安の種を撒いた。使用の禁じられた本を持ち出し、カガリーに渡し、使用するように勧めた。

 結果、警備のいなくなったゴート村で、カガリーは誤った悪魔召喚を行い、この国に危機を招きかけた」

「私はただ、カガリーに機会を与えただけですわ!あの悪魔の正体を暴き、孤児なんかを持ち上げる村人を黙らせる機会を!」

「悪魔悪魔とよく言う……人を唆し、舞台を用意した君の方がよっぽど悪魔だ!」


 温厚そうなスルフランの鋭い声に室内が静まり返る。


「わ、私は、そんなこと……」

「全て証拠は揃えてある。君の侍女が教えてくれたよ。主が何かよからぬ人達と交流を持っているとね。

 侍女は君を心配していた。悪い人に騙されているんじゃないかと。

 けれど彼女から引き継いで僕自身で調査していく内に、僕は恐ろしくなったよ。一人の少女の粗を探そうと、強硬な手段も用いる組織から人を雇い調査して、身分の偽装にも協力し、挙句かわいそうな少女を使って危険なことをさせるなんて」

「いいえ、いいえ!」

「君自身のサインのある契約書も、偽装に使われた館の装備も全て証拠として保管されている。それでもまだ自身の罪を認めないか?」

「ただ、調べただけじゃありませんか!あの悪魔がどういうものなのか!」

「調べただけならこんなところに来ないだろう。認可されていない組織との契約、身分の偽装、館の本の無断持ち出し。それだけでも十分な罪となる。

 さらに噂を操って、自分の手を汚さずに目的を達成しようとして、それが国を揺るがすほどの事態を引き起こしかけたんだ!理解しているのか、ベイリー・ロリエ!」


 ベイリーは兄に怯えたように後退ったが、決して自身の行為を認めようとはしなかった。悪魔が、私は正しいことを、と呟いている。


「これ以上は無意味ですね。

 許可のない発言についてお詫び申し上げます。続けてください」


 魔導士は困惑の後、サルジアを伺う。


「サルジア様、いかがでしょうか」

「問題ございません」


 本来であれば、みな罪を認める。そうしなければ罰が重くなるかもしれないからだ。

 こんな応酬が発生することなんてない。定型文を出されても、何がいかがかわからなくなってしまったが、サルジアも決まった言葉を返すしかなかった。

 事実、サルジアはベイリーの動きについては殆ど知らなかった。悪魔の対処についての事実くらいしか確認はできない。


「ではベイリー・ロリエ、何か言いたいことはありますか?」


 承認者は落ち着いた声でそう言った。


「私は、悪くありません!みな悪魔に騙されているのですわ!」

「わかりました、結構です。

 反省の色も一切見られません。提言通り、魔法学院の退学を申しつけます」

「た、退学?!」


 魔法使いにとって、魔法学院の退学は将来を失ったことを意味する。個人で魔法を使うことはできるが、資格がなければできないことは多い。功績を立てることも、魔法使いとしての職につくこともできない。


「そんなの、認められませんわ!」


 ベイリーは抗議したが、直ぐに警備よって退場させられた。


「以上を持って、終了いたします」


 承認者の言葉で、会は締めくくられた。

続きます。

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