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30.悪魔の出現

 サルジアは、大地の館で休息を取っていた。闇の魔法の練習も終わり、そろそろベッドに入ろうかという頃だ。


「突然、申し訳ございません、サルジアはいませんか?」


 アマリアが大地の館を訪ねて来た。

 カシモアが中に通して、サルジアを呼んでくれた。

 応接間で待っていたアマリアの顔は青白く、額には薄っすらと汗がにじんでいる。秋も半ばを過ぎ、夜は暑さもないというのに。


「アマリア、どうかしたの?」


 アマリアは震えていた。上手く口が回らないのか、何度か息を吸ったり吐いたりして、ようやく言葉を紡ぎ出す。


「お昼、だったわ。普段は仮眠なんて取らないのだけど、とても眠くて、寮で休んでいたの。そしたら、怖い夢を見たの」


 サルジアは震えの止まらない彼女の手を握って、横に座る。


「どんな夢?」

「赤い口、が見えて、徐々に人の顔が近づいてきて、私の目を見て言ったの、ようやくだ!って」

「それって……」

「ええ、予言よ。シンリー様にいただいた薬を飲んでいたけれど、日中は効かないものだから。

 私、上手く話せていたかしら?」


 話している内にアマリアは落ち着きを取り戻していった。


「大丈夫だよ、前より鮮明な予言だったんだね」

「そうなの、起きてもまだ、あの声が耳に張りついていて。ずっと嫌な予感がするの。

 ごめんなさい、急に押しかけてしまって」

「ううん、平気だよ」


 頼ってもらえてサルジアは嬉しかった。カシモアだって、こんなひどい状態のアマリアを責めるなんてしないはずだ。


「サルジア、少しいいですか?」


 丁度カシモアが戻ってきた。アマリアのためにホットミルクを用意してくれたようだ。

 サルジアはカシモアに続いて部屋を出る。


「カシモア、どうしたの?」

「どうにも嫌な予感がするのです。アマリア様のあのご様子だと、相当ひどい予言があったのでしょう。

 ゴート村の警備は村人に追い出されてしまったと聞きますし、様子を見てきてくれませんか?」

「それは構わないよ。アマリアだって、実際に確かめた方が落ち着くかもしれないし」

「私はシンリー様を呼びに行ってきます。

 私から頼んで置いてなんですが、無理はしないでくださいね。わかっているでしょうけど」

「うん、約束する」


 カシモアとはそこで別れ、サルジアはアマリアがミルクを飲み終えてから話を持ちかけた。

 アマリア自身も行きたいということで、二人は転移の魔法でゴート村に移動した。

 夜も深い時間は月だけがただ明るく輝いている。静かな村に異変はないように見えたが、以前魔物が現れた箇所にぼんやりとした影が見える。


「アマリア、行こう!」


 息を飲んだアマリアの手を引いて、サルジアは影の元へと急いだ。

 近づくにつれ、それが人と、丸い何かであると気づく。人は見覚えのある赤毛、カガリーだ。


「サルジア、あれ、あれは……」


 懸命に足を動かしながらアマリアは怯えた声を出す。サルジアも、近づくにつれて徐々に心の中に恐怖が芽生えていく。

 丸い何かは徐々に形を変えていた。丸の下に細い柱のようなものができて、その下がまたなだらかに広がってきている。


「なんだ?もう来たのか」


 それの丸い部分の下あたりに赤い空間が生まれる。宙に浮いている丸い何かは人の顔で、そしてその下に首、肩ができていた。


「悪魔!!」


 アマリアが悲鳴を上げた。


「そうさ、俺は悪魔さ。この赤毛に呼ばれてここに来た」

「ち、違う!私、私は呼んでなんか!!」


 悪魔の前で腰を抜かしていたカガリーは、はっとしたように叫んだ。その声に反応して、悪魔は真っ赤な口を更に開けて笑う。アマリアのサルジアの手を握る力が強くなる。


にえ、本当のことだ。赤毛はお前を殺したかったんだ」

「違う!嘘言わないで!」


 サルジアは何かが引っかかっていた。


(贄、にえ……)


――ニエのくせに!フクサヨウだ!


「あなたは、前もゴート村を襲った?」

「気づいたか?久し振りだな」


 魔物はまた口を大きく開けて笑った。


「そして、カガリーさんはあなたを呼んでいないはずだよ。もし召喚されたなら、そんな不格好じゃないはずだから」

「こいつが描く魔法陣が下手だったのさ」

「下手だったら失敗するだけ」

「面白みのない奴だ」


 悪魔はつまらなさそうに首を振る。黒く長い髪がふわりと揺れた。


「まあいい、もう副作用なんて怖くない。体が完成したら、真っ先にお前を殺してやる」

「その前に、私があなたを倒すよ」


 体が完成しなければ攻撃できないのなら、その内に倒してしまえばいいだけだ。

 口を開きかけたサルジアに、真っ黒な悪魔の髪が伸びてくる。


「天におわします光の神よ、我らをお守りください」


 サルジアに届く前に、アマリアの凛とした声が響いて、サルジアとアマリアを守る結界ができる。悪魔の髪の毛は弾き飛ばされてしまった。


「アマリア」

「遅くなってごめんなさい。もう大丈夫だから」


 まだ顔色はよくないが、落ち着きを取り戻したのだろう。カガリーの周りにも結界が張られている。


「小賢しい。だが、何もできやしないさ。お前は俺を倒せない」


 サルジアは悪魔をじっと見る。

 首から胸当たりまでができているが、その身を隠すものはない。しかしどこにも紫の印は見当たらない。つまり、弱点とも言える紫色の印を破壊することで悪魔を倒すという手段は今は取れない。


「闇の神に申し上げます。この地を侵す異界の者を罰する力をお貸しください」


  悪魔はにたにたと笑っていたが、サルジアの呪文を聞いた途端、真っ赤な瞳を大きく開く。


「な、待て、どういうことだ?」

「二柱により護られた聖なる大地に許されざる者は存在せず、禁を犯して踏み入れば罰を受ける定めとなる――」

「やめろ!せっかく、やっと!やっと出てこられたのに!」

「――裁きの時間が訪れた時、彼らは跡形もなく消え去るでしょう」


 真っ暗闇を黒い光が駆け抜ける。それは恐怖に顔を歪めた悪魔を貫いた。


「うあああああ!!くそ!贄ごときに、こんな!裁きの力は使えないんじゃなかったのか!」


 悪魔はぼろぼろと身を崩し、ついには完全に消えてしまった。

 後に残ったのは、ぬかるみと、静寂だけだ。


「カガリーさん」


 サルジアは沈黙を破って、恐怖に固まったままのカガリーに声をかけた。彼女はびくりと肩をゆらしたが、サルジアを振り返ることはない。

 サルジアは次の言葉を発さず、彼女の隣に落ちている本を拾い上げた。


「これは……」

「使用を禁じられた悪魔召喚の本だわ」


 サルジアの横に立ったアマリアが言う。


「悪魔の召喚自体が禁じられているわけではないけれど、この本の内容は間違っている情報が多かったから」

「間違っている情報?」

「例えば、今開かれているのは悪魔召喚の魔法陣と書いてあるけれど、この魔法陣は悪魔を召喚できない。

 実際に魔法を発動させた人は、急に現れた悪魔に殺されてしまったというわ。何百年も前の話だけれど」

「そ、そんなはずは!

 私、悪魔なんて呼んでいないわ!気づいたら、悪魔が浮いてて!」


 急にカガリーが振り返った。


「カガリーさん、そういったお話はあとで詳しく話していただきます。

 この本は賢者の館に収められていたはずですけれど、どうしてあなたがお持ちなのかしら?」

「それは……」

「今回の事態について、証言いただく人を探さなければなりません。

 あなたはこの本を詳しくは知らなかったのでしょう。魔法を使ってしまったことは、何かしら罰があるかもしれませんが、協力いただければ多少は軽くなるかと思いますよ」


 アマリアの声は柔らかなものだった。しかし、何の感情も乗っていないようにも聞こえる。それが今のカガリーにとっては、冷静さを取り戻す助けにもなった。


「お話し、いたします」


 カガリーはしっかりと二人を見上げて言った。

 悪魔が消えてしばらくした後、カシモアとシンリーが現れた。アマリアがシンリーとカシモアに何が起こったかを話すと、シンリーはアマリアの手に渡った悪魔召喚の本に興味を持った。

 カシモアはサルジアに近寄ると、怪我の有無を確かめてから安心したように息をつく。


「ご無事で何よりです」

「アマリアが守ってくれたから」

「浄化もアマリア様が?」

「うん」


 ぬかるみは既にアマリアのお祈りによって消えていた。


「場所は覚えていますか?」

「覚えてるよ」

「では、私の後に続いて呪文を唱えてください。

 闇の神よ、この地をお守りください」


 それは闇の魔法の本にも載っていた言葉だった。


「闇の神よ、この地をお守りください」


 サルジアが続くと、悪魔の現れた辺りが一度黒く輝いた。


「今のは?」

「浄化と似たようなものでしょうね。もうここから悪魔は現れませんよ」

「本当?」

「ええ。根本的な解決はできていませんが、魔物も、しばらくは出てこられないでしょうね」


 そう言えるのは、カシモアが神の使いだからだろうか。

 きっとまだ訊ねる時ではない。サルジアは何も言わず、既に光が消えた地面をじっと見つめていた。

続きます。

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