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29.カガリー

 カガリーはただの村の子どもだった。少しだけ違ったのは、彼女には魔法を使えるだけの力があったということだ。村には学びの館から派遣された人が数年に一度文字を教えに来てくれる。その際に、彼女の力がわかったのだった。

 最初はそれだけだった。もし希望するなら魔法学院に入学することもできると言われていたが、特例入学と言っても入学のためや勉学のためのお金はかかる。誰もカガリーが学院に入学するなんて思ってもいなかった。

 それが変わったのは魔法学院の入学まで一年を切ったころだった。普段滅多に見ない魔物が村に姿を現した。その頃、ルドン・ベキアは丁度魔物の退治の依頼を受けておらず、村人は慌てて北や東に助けを求めたが、結局魔法使いがやってきたのは魔物が去ってからだった。

 南の豊穣の館の主は魔法使いだが、魔法の功績によって館を維持しているわけではない。もしまた魔物が出て、今回のように運よく被害をさけられなかったら、村はどうなってしまうのか。不安に思った村人たちは、カガリーに魔法を学ばせることにした。


「カガリー、あんただけが頼りなんだ」


 村の人達はみなそう言った。

 入学のために必要なお金は村で出すことになり、カガリーの家は仕事を減らしてもらえるようになった。カガリーは入学までの間、村で買った魔法書を読みながら魔法を学んだ。魔法陣なんて描いたこともなかったが、魔力を流せば魔法が使えるという体験はカガリーにとって純粋に楽しくもあった。

 しかし、入学が近づくにつれ、悠長に学んでもいられなくなった。魔物が頻繁に姿を現すようになったのだ。村人に乞われて、カガリーは習いたての魔法を使った。弱い魔物はそのまま消えてくれたが、何度も魔法で攻撃しないといけない魔物もいた。もし次の攻撃で倒れてくれなければ、と恐ろしい想像をすることも何度もあった。だが、魔物を退治したあと抱きしめてくれる母の腕の中で、安心すると同時に、こんな怖い思いを家族にさせたくないという気持ちが強くなった。

 入学してからも常に村が襲われていないか不安だった。入学するすぐ前には喋る魔物まで出てきていたのだ。誰かに相談したいが、貴族の多い魔法学院ではカガリーが声をかけられる人はいなかった。意外だったのは、特例入学の半数が貴族にも迫るほどの富を持つ人間だったことだ。彼らはカガリーをまるで虫でも見るかのような目で見ていた。

 そんな中、カガリーにとっては救いの神が現れた。クラスをこえた合同授業で、魔法陣を使わずに魔法を使う少女がいた。サルジアというその少女は、カガリーでも知っているようなアマリア・ウェルギーと共に行動しているにもかかわらず、制服をまとってはいなかった。加えて、紫色の瞳をしているので、人々からあまりよくない目で見られていた。


「サルジア様、私、カガリーと言います。少しお話しできないでしょうか?」


 喉から手が出るほど欲しかった魔法を使える、相談できる人。アマリアまで話を聞いて協力してくれたため、カガリーが恐れていた言葉を話す魔物はすぐに退治された。後で聞けば、彼女は館の主だったのだという。

 その後で、彼女が孤児だと知り、彼女への尊敬は一気に崩れ去った。気持ちの整理がつかぬまま、村に魔物が出たとの知らせが入り、カガリーは村へと急いだ。こんな時、サルジアのように転移の魔法が使えればいいのに、と思った。

 村は酷い有様で、カガリーは家の中にあったもの、自分で持ち帰った教本を開いて、片っ端から魔法を試した。ただの一体なのに、どれだけ魔法を使っても倒れてはくれない。それどころか、防御のための魔法も壊され、どうにもならない事態にカガリーは絶望していた。


「カガリーさん、代わります」


 サルジアが現れてカガリーは救われた気持ちになった。どうでもいい噂なんて頭になかった。ただただ、村を助けてくれたサルジアに感謝するのみだった。

 サルジアが来るまで懸命に頑張っていたカガリーだが、村の人は彼女に落胆しているようだった。


「カガリー、どういうことだ」

「お前がここにいたら、誰が魔物を倒すと言うんだ」


 私だって頑張ったのに、と言いかけて、サルジアに言われるがままに避難した自分の行動を思い出し何も言えなくなる。サルジアが魔物を退治できたからよかったものの、もし彼女が失敗したら、カガリーは家族を失っていたかもしれないのだ。


「今回の魔物は、特別危険だったのです。だから私が代わりに対応して、カガリーには隠れるようにと言ったのです」


 話しを聞きつけてやってきたサルジアは、カガリーを庇おうとしてくれた。逃げた自分にも優しい人だなと思ったカガリーだが、次の言葉で声を失う。


「それがどうしたんです?あなたは元孤児でしょう」


 村の人達は、サルジアが孤児であることを知っていたのだ。


「この子は親もいるのに、元孤児に後れを取るなんて……」


 村の人たちは、まるで出来損ないとでも言いたそうな瞳でカガリーを見ていた。頼れるのはカガリーだけだと言ってくれた人たちが。孤児に劣るカガリーを責めるような目で。


「失礼ですが、私の師匠はルドン・ベキアです」


 サルジアも、特に否定をせずに話を続ける。その後の話をカガリーはあまり覚えていない。


「サルジア様、ありがとうございます。けれど、この村のことはこの村で決めます。

 今回は、私がサルジア様に責任を押し付けて逃げたのです」


 これ以上サルジアにこの村に踏み込まれたくなかった。


「カガリーさん、」

「今回は本当にありがとうございました。

 私は家族が、この村が無事であればそれでよいのです」


 そこ言葉に嘘はない。またあの魔物が現れたら怖いだろうが、きっと家族を守るためならカガリーは何だってできる。家族は、この村はカガリーが守る。その覚悟の裏にどうしようもない暗い感情もあることにカガリーは気づいていたが、抗えなかった。


(サルジア様は大地の館の弟子だもの、当然魔法だってずっと上手に使えるわ。

 でもどうしても納得できない。ただの庶民じゃなく、防魔の壁辺りの孤児だった。ただ死を待つばかりの運命だったはずなのに、彼女は偉大なる魔法使いの弟子になって、今や私の村の英雄なんて……)


 その気持ちを見透かされたのか、ベイリー・ロリエがカガリーに近づいてきた。彼女はするりとカガリーの心の内に入り込んで、その結果、カガリーは今、使用を禁じられた悪魔召喚の本を持っている。


(使っちゃダメなのはわかってる、でも……)


 カガリーの暗い気持ちは大きく育って、彼女の意志では抑えきれないほどになっていた。


――見ました?クライブ先生やアルテミシア様とダンスをして、リガティー様のお誘いは断って、やりたい放題でしたのよ?

――仮に人間だったとして、死を待つ孤児だったんでしょう?なぜ自分が貴族であるかのように振る舞えるのか理解したくもありませんわ

――預言者が言っていた悪魔って、サルジアじゃないかしら?


 ベイリーの言葉はカガリーにとって甘い甘い蜜だった。そうであったらいいのに、そうであれば自分のこの惨めな気持ちもなくなるのに。

 気づけばカガリーは村に帰っていた。休日とはいえ学期中に戻ってきたカガリーを不審がる村人もいる中、母はカガリーを気遣うように優しく接してくれた。


――もし悪魔を召喚してサルジアが現れたら、それが何よりの証拠となりますわよね?


 孤児にも劣る娘の母だなんて、思われたくなかった。

 カガリーは気づけば以前喋る魔物が現れた辺りに立っていた。秋中月の半ばまでは警備がいたそうだが、村人の抗議によって今は引き上げられていた。どうやら、警備の中に悪魔に魂を売った人がいるという噂があったらしい。カガリーには都合の良いことだった。

 持ってきた召喚の本をぎゅっと抱きしめる。


――もちろん、この本がなくともあの悪魔の正体を皆に知らしめる方法があるのであれば、そちらでもよろしくてよ。


 きっと今、この方法しかない。ベイリーという貴族が協力してくれているのだから、間違いなんてないはずだ。

 カガリーは地面に無心で魔法陣を描いた。夜も遅い時間、明かりは月だけだったが、カガリーには本に書かれた魔法陣がよく見えた。

 書き終わっても、魔力を流さない限り魔法は発動しない。


(今、魔力を流し込んだら、悪魔が現れる。きっと、サルジア様が来るはずだわ。驚いた顔をするかしら。それとも、転移の魔法で来たと、ごまかされるかしら。そんなこと、許さないわ。あの紫の瞳が見えたら、大きな声で叫ぶの。彼女が逃げる前に、村のみんなに正体を見てもらわなきゃ)


 気分は昂っているが、あと一歩、カガリーは踏み出せない。


(でも、別の悪魔が現れたら?)


 サルジアに大した力はないとベイリーは言っていた。カガリーを気遣うふりも見せたサルジアが、急にカガリーを襲ってくるとは思えない。けれど、もしサルジアではなくただの悪魔が現れたとしたら、カガリーは村に危険を持ち込んだことになる。


「どうした?やらないのか?」


 迷っている彼女の耳に、楽し気な声が届く。

 気づけば、魔法陣のすぐ横に、羊と人間の半々の顔が闇の中浮かんでいた。


「きゃあ!!」

「騒ぐな、騒ぐな。

 俺を呼びたくてこの魔法陣を描いたんじゃないのか?」


 魔物とも言い難い何かは、カガリーの周りをふわりふわりと漂う。


「わ、私、まだ何も、」

「そうだ。俺はお前に召喚されたわけじゃない。けど、それもいいだろう。お前なら、俺にとって制約にならないはずだ」

「どういうこと?」

「だってお前は人に危害を加えたいんだろう?俺は喜んで協力する。

 どうだ?召喚しないか?お前の腕をくれるなら、契約を結んでやってもいいぞ」

「ひっ!」


 カガリーは思わず自分の身を守るように腕を胸の前に引き寄せた。


「そ、そんな恐ろしいこと、できない」

「恐ろしいのはどれだ?腕を失うことか?それなら髪でもいい。赤毛は珍しいからな!」


 けたけたと笑う化け物に、カガリーはつい惹かれてしまう。恐ろしいはずなのに、それがひどく魅力的なものに見える。


「髪でもいいの?」

「興味を持ったか?ああ、もちろん。

 恐れることはない。俺達は契約を交わすんだ。お前に力を貸す以外、俺はできない。お前が攻撃したい奴以外に、害はない」


 カガリーにとって都合のいい言葉に、体を守っていたはずの腕が胴を離れ、指先が魔法陣に伸びる。爪の先が魔法陣の円に触れた瞬間、カガリーの体から魔力が抜き取られた。

 魔法陣が光を帯びる。


「はは!あはははは!よくやった、よくやったぞ!!」


 化け物の笑い声が響く中、魔法陣の周りの土がどんどん形を崩していく。


「何?!何が起こってるの?!」


 魔法陣は消え去り、後には泥のような地面が残るのみ。サルジアが現れることも、まして、悪魔が現れることもなかった。


「礼を言ってやってもいいぞ、人間!」


 化け物の笑い声は大きくなっていく。

 歪な頭はぐるりと回って、徐々に人の形に近づき、首まで生えてくる。


「ようやく、出てこられる」


 回転が止むと、化け物はもう、人の顔をしていた。

 カガリーは叫ぶこともできず、目の前の光景をただ瞳に映すことしかできなかった。

続きます。

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