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28.召喚の本

 ダンスパーティが終わった後、学生たちは目に見えて元気がなくなった。授業に集中できていない者もいるが、毎年毎回のことなのか気にする教師もいなかった。

 何とかお楽しみ後の授業を終え、サルジアは週末の休みに合わせて大地の館に戻った。ダンスパーティ後は疲れもあるだろうということと、休日の館への帰還が二週に一度に落ち着いたこともある。

 カシモアはいつも通り綺麗な館にサルジアを迎えてくれた。


「お帰りなさいませ。お疲れでしょうから、先にお風呂に入られては?」

「ただいま。ありがとう、そうする」


 サルジアはカシモアに進められた通りに入浴してから食事を取った。そして食後のお茶の時間にカシモアに報告を行う。


「ダンスパーティーでは館の関係者に挨拶できたよ」

「それは良かったです。何か問題が起きたりはしませんでしたか?」

「問題というほどではないけど、リガティー様からお誘いを受けた」


 カシモアは一度身を固くしたようだが、すぐに体の力を抜く。


「お断りできました?」

「うん。アマリアが助けてくれたから」

「素敵な友を得ましたね」

「うん」


 アマリアを褒められるのは悪い気がしなかった。


「ねえカシモア、大地の館とフォリウム家は何かあるの?」

「あるといえばありますが、ないといえばありません」


 硬い声で言ったカシモアだが驚いた様子はない。フォリウム家からの誘いがあった時点で、サルジアが色々なことを耳にするのは予想できていたのだろう。


「けれど、あなたには関係のないことですよ。気にしないで問題ありません」

「カシモアには関係ある?」

「……いいえ、私にも関係のないことですね」


 カシモアの声はどこか頼りなく、悔しさが滲んでいるようにも聞こえた。


「さて、サルジア、そろそろお休みになってはどうですか?明日はシンリー様達をお招きしていますから」

「うん、そうだね」


 カシモアが詳しく教えてくれないということは、サルジアにはあまり知られたくないことなのだろうと、サルジアは無理に聞き出すことはしなかった。


 翌日は悪魔の到来に備えるため、シンリー、アマリア、ロメリアを館に迎えていた。

 シンリーは西にいるので、カシモアが馬車で迎えに行ってくれた。大地の館に立派な馬車はないが、二人までなら乗せられる装備があるらしい。アマリアとロメリアについてはサルジアが中央まで転移の魔法で迎えに行った。

 本来なら誘われた側に訪ねてもらうのだが、学期の月だということもあり、またアマリアから正式な誘いにはしないでほしいと言われていたため、このような形となった。


「ようこそ、お越しくださいました。ごゆっくりとお過ごしください」


 正式な集まりではないものの、練習するには丁度いいとカシモアが判断したため、サルジアが一緒に来たアマリアとロメリアに、館の前で出迎えの挨拶するというおかしな状況も発生してしまった。

 カシモアはいつものようにサルジアを先導してくれない。全てサルジアが指示しなければいけない。


「ではカシモア、皆さまをご案内して」

「かしこまりました」


 応接室に全員が入ったところでその練習も終了となるので、カシモアに話を進めてもらう。


「皆さま、休日にお時間いただきありがとうございます。

 既にお話を聞いている方もいらっしゃるとは思いますが、ゴート村には今警備の人が派遣されています。悪魔が現れたとしてある程度持ちこたえられるかとは思いますが、闇の魔法が一番確実に悪魔を追い返すことができます。そこで、今一度ことが起こった際の動きを確認したいのです」

「悪魔の到来もしくは魔物がゴート村で確認された場合、私に鳥を飛ばしてもらうことになっています」


 アマリアは神殿と王に掛け合ってくれていた。王立図書館を訪ねる時用事があると言っていたのはそのことだった。サルジア達と帰る前、アマリアは少しの間席を外していたので、その時に動いていたのだろうとサルジアは考えている。


「アマリア様に連絡が行った後、私にも鳥を飛ばしていただくことになっています。シンリー様には私が直接お伺いしてご連絡いたします。サルジアはアマリア様と一緒の場合は先に向かってください。休日の場合も私を置いて先に向かってくださいね」

「わかった」

「あの、私はやはり着いて行ってはダメでしょうか?」


 ロメリアがそろりと手を上げる。


「ロメリア様にはなるべく安全な場所にいていただきたいです。もし学期であれば、使えそうな先生方に救援を要請していただけると助かります」

「わかりました」


 ロメリアは自分にもできることがあるのだと安心したようで、静かに手を下ろす。


「もし既に被害が出ているようであれば、人命の救助を優先してください。サルジアも魔法に関しては惜しみなく使っていただいて問題ありません」

「闇の魔法には魔力は必要ないから?」

「ええ」


 サルジア自身使っていて、魔力が減っている感覚はなかった。カシモアは知っていることも多いのか、はっきりと肯定する。


「そしてもし、まだ悪魔が完全に出現していない場合、悪魔の退治を最優先にしてください」


 悪魔の出現方法については目撃情報も少ないが、どうやら召喚されていない悪魔は地上に姿を現すのに時間がかかるらしい。


「アマリア様は結界を張って、サルジアとご自身を守ってください。サルジアは直ぐに呪文の詠唱に入るように」

「はい」

「もし悪魔が手に負えないと判断したら、逃げてください。その内私や学院の教師が到着しますから、そこだけはお願いしますね」


 カシモアは珍しくアマリアにも言い聞かせるように言った。


「警備の人と協力するとかはだめなの?」

「だめではありませんが、彼らはあくまで見張りの役目が仕事ですからね。避難には協力してくれるでしょうが、悪魔を倒すことに関しては期待しない方がいいでしょう」

「私から王に話は伝わったはずだが、どうにも危機感のない連中が多いのさ。いつあるかもわからない悪魔の到来に、館持ちを毎日使うわけにはいかないって」


 シンリーが詰まらなさそうに言う。


「シンリー様は王とお知り合いなのですか?」

「知り合いってほどでもないね。ただ、書き物を渡してやる義理くらいはあるって話さ。今の王は私も悪く思っていないからね」


 サルジアは王立図書館でシンリーに用があると言った、二人組の男を思い出した。


(あの時の人達は、王の遣いだったんだ!)


 あの時シンリーが今日は無理だと即答していたが、そうであればどうして男が固まっていたのかも理解できる。


「危険なことをしようとしているのに変なことを言いますが、とにかく、無理はしないでください。いいですね?」

「はい」

「わかりました」


 念を押されて、サルジアとアマリアは頷きながら返事を返した。


「では、この話はここまでにして、お茶でもいかがでしょうか?」


 既にお茶会の作法はカシモアから伝授されているが、突如始まったカシモアの抜き打ちテストに、サルジアはぽかんと間の抜けた表情を晒すことになった。


 サルジアが初めての正式な形を取ったお茶会に苦戦している裏で、事態は確実に悪い方向に進んでいた。

 魔法学院にある寮の一室に、赤毛の少女が人目を気にしながら吸い込まれていった。その部屋は学生の寮とは思えないほど値の張る家具が揃えられており、少女はいつ来ても足を進めるのに躊躇してしまう。


「カガリー、そこで立っていないでこちらまで来て」


 少女――カガリーは、声の主ベイリー・ロリエの言葉に慌てて指された、ベイリーの前のソファに腰かける。

 二人の間にある机には一冊の本が置かれていた。紐で上下左右を縛られ、付属するメモには「使用禁止」と書いてある。


「ベイリー様、これは?」

「館にあった古い本よ。悪魔召喚の方法が書いてあるわ」


 カガリーは乗り出していた身を勢いよく引いた。


「あら、そんなに驚かないで。本だけでは何も起こりませんわ」

「け、けど、悪魔って……どうしてこんなものを」

「わかっているでしょう?あのサルジアという悪魔の化けの皮を剥がす為ですわ」


 ベイリーは憎々し気に言い放った。


「先週のダンスパーティー、あなたも参加していたでしょう?

 見ました?クライブ先生やアルテミシア様とダンスをして、リガティー様のお誘いは断って、やりたい放題でしたのよ?

 仮に人間だったとして、死を待つ孤児だったんでしょう?なぜ自分が貴族であるかのように振る舞えるのか理解したくもありませんわ」


 大地の館を引き継いだ以上、サルジアは館の主として、他の館の主と同じ立場となる。基本的には貴族と同じ、もしくは館を持たない貴族よりもよい扱いとなる。

 ベイリーはそのことが許せないようだった。


「プラリアさんも、あの悪魔に騙されてるのよ。魔物から助けたですって?あの悪魔が魔物を操ったに違いないですわ」


 サルジアへの態度を変えただけでなく、公の場で謝罪までしたプラリアも受け入れられなかったようである。そんな彼女は、どこで存在を知ったのか、カガリーに接触してきたのだ。


「カガリーさんだって、あの悪魔にはいい思いはないでしょう?」


 見透かしたような発言に、カガリーはどきりとする。


「サルジア様は、私の村を助けてくださいました」

「そうね、わざわざあの悪魔が村に来た日に魔物が現れ、二度目はどこからか飛んできたんでしたっけ?何ともタイミングが良すぎないかしら」


 一度目は偶然だとして、サルジアが学院内での話を聞いて動いたとは知らないカガリーには、サルジアが怪しくも見えてしまう。


「ねえ、カガリー、私は思うのよ。預言者が言っていた悪魔って、サルジアじゃないかしら?

 冬の季節が訪れる前に、とは言われていたけれど明確な時期は預言されていないわよね?サルジアは預言の後、急に姿を現したわ。ルドン・ベキアの弟子だというけれど、それまで誰の前にも姿を現したことはなかったのよね?」


 きっとサルジアが悪魔なのだと言われると、強く否定もできない。カガリー自身、そう思うようになってきていた。


「もし悪魔を召喚してサルジアが現れたら、それが何よりの証拠となりますわよね?召喚されるのは地上に最も近い悪魔ですから」

「けれどこの本、使用しないようにと書かれていますよ」

「悪魔を召喚するのは危険だからですわ」

「でしたらいけないのでは……」

「召喚して出てくるのはサルジアですよ?今まで大きな事件も起こせていないのですから、大した力も持っていないはずですわ」


 ベイリーは当然のように言うので、カガリーは疑いを持つことすら不安になってくる。


「とはいえ、これはあなたにお任せしますから、もしご使用にならなくても問題ありません」


 迷いの中に放り出されたカガリーは救いを求めるようにベイリーを見たが、彼女は慈悲深い笑みではなく冷たい瞳をしていた。


「カガリー、よくよく考えてくださいね。もちろん、この本がなくともあの悪魔の正体を皆に知らしめる方法があるのであれば、そちらでもよろしくてよ。私はただ、あなたのお手伝いをしたいだけなの」


 ただの庶民であるカガリーに別の手段などない。カガリーは机の上の本を手に取り、隠すように抱きしめながらベイリーの部屋を出た。

続きます。

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