26.ダンスのお相手
音楽が始まると、部屋の中央の空間に次々と二人組が進んでいく。
「サルジア、ここからは一緒にいられないから、また食事の時に会いましょう」
「うん」
アマリアは直ぐに人に囲まれてしまった。
最初はロメリアと一緒に相手を探そうとしていたのだが、彼女はとても嫌そうな顔をしながら、同じ髪の色をした三年生とダンススペースに行ってしまった。サルジアと目が合うと、申し訳なさそうな顔になる。
(あれは、お兄さんかな?)
どことなく服の意匠が似ていた。
サルジアの周りには彼女の様子を伺う人達もいるが、声をかけてくる様子はない。
(どうしよう。館の関係者には挨拶しないといけないから、誰か探した方がいいのかな)
ダンスを踊る必要はないと言われているため、それほど自信のないサルジアはできれば踊りたくなかった。今挨拶すればダンスを踊ることになるのは目に見えているため、できれば行きたくない。
「サルジア、踊らないのか?」
声をかけてくれたのはクライブだった。
「先生!参加されていたんですね」
「ああ、教師も参加できるからな。相手がいないなら、一緒に踊らないか?」
「上手く踊れないのですが……」
「それは問題ない。話したいこともあるから、嫌でなければどうだろうか?」
「ぜひお願いします」
サルジアは差し出されたクライブの手を取って、部屋の中央に向かった。丁度曲が変わったところで、タイミングが良い。サルジアは頭の中で練習を思い出してからダンスを始めることができた。
「上手く踊れないと言っていたが、十分上手いじゃないか」
「先生のおかげですよ」
クライブは褒めてくれたが、それは彼のリードが上手いおかげだとサルジアは思う。
カシモアは常に同じではなく、リードの方法を変えて練習をしてくれた。学生であれば、ダンスに慣れている人も多くはないので、当たりが悪かった時に(酷い言い方だとサルジアは思った)こけてしまわないようにとのことだ。
「ルドンに習ったのか?」
「いいえ。カシモアが練習相手になってくれました」
「そうか」
クライブの表情が硬くなったのには気づかないふりをする。
「サルジア、君はシンリー・ショウランと関わりがあるのか?」
「シンリー様ですか?」
その言葉だけでクライブには答えがわかったようだ。
「君はアマリアさんと悪魔の到来の預言について調査をしている。そして全知の魔法使いとも協力している。そうだな?」
「はい。先生はご存じだったんですね」
「君には知らされていないかもしれないが、今君が首を突っ込んでいる事件は、かなり大きなものだ。
預言のあった年に魔物が増え、西ではないところでも目撃され、更には言葉を話す、一時的に人の姿を取れる魔物が現れた。今までにないことだ。
魔物の出現や退治については、神殿への報告も義務付けられている。当然、国の調査も入る。それなりの立場にある者なら知っているよ。
全知の魔法使いについては、西から動いたとの話があった。もしかしたら、君が動かしたんじゃないかと思ったんだ」
「別に私が動かしたわけではないのですが」
シンリーの仮説を確信に近い形に変えたことで彼女が動いたのだから、その手伝いならしたかもしれない。
「ともかく、君はこの件に深く関わっているということだ。学生の興味本位ではなく。
サルジア、もしまた魔物が出たら君はどうする?」
「それは、退治しに行きますね」
「そうだろうな。私がそれを止めることはできない。だが、秋月の間は無理に飛び出すことはしないでくれないか。
今は全知の魔法使いの助言もあり、ゴート村付近に人が派遣されている。もし何かあったとしても対応できる」
「それだと預言の対象の時期を過ぎてしまいます」
冬の季節が訪れる前に悪魔が現れると言われている。残すところはもう秋中月と秋下月しかない。
「私は、大地の館の主として、館を存続させる必要があります」
ルドンは大地の館を子どもに譲ることを望んだ。しかし子どもが館を引き継ぐには一年足りないので、仮の主としてサルジアが大地の館を引き継いだ。大事な師匠の願いを叶えるためにも、サルジアは功績を立てることに関して譲歩することはできない。
「この件ではない別のところで功績を立ててはくれないか。君は既に異形の魔物を倒している。館の存続に必要な功績には、この件でなくても足りるだろう」
ゴート村での二度目の魔物の退治が終わった後、サルジアの評判が良くなったことを考えれば、クライブの言うことも嘘ではないのだろう。サルジアは既にある程度の功績を立てられている。
「もしかしたら、そうなのかもしれません。
でも、私はこの件を解決したいのです。アマリアと一緒に進めてきたことですから」
最初は館の存続のために、アマリアの提案に乗った。けれど、共に時間を過ごすにつれて、アマリアはサルジアにとって大切な友となった。悪魔の到来を阻止するところまで、二人で達成したい。
クライブは何か言いかけたが、真っすぐなサルジアの瞳を見て、その言葉を飲み込んだ。
「君の気持ちはわかった。私のわがままだった、申し訳ない。
ただ、決して無理はしないでくれ」
「はい。それは気をつけます」
アマリアもカシモアも、そしてクライブだって、サルジアを心配してくれるのだ。
「それなら安心だ。上手くいくよう祈っている」
曲が終わり、サルジアとクライブは礼をしてわかれた。
次の相手もいなさそうなので、中心から抜けようとしたサルジアだったが、
「大地の館の主、サルジア様、どうか私と踊っていただけないでしょうか」
目の前に人が現れたため、足を止める。
ふわりとした金髪に、青い瞳。礼服は青の色が使われており、二年生だということがわかる。
次の曲が始まり、中心部ではまたダンスがスタートしたが、人々はちらちらと端の方にいるサルジア達を見ている。
「初めまして、アルテミシア・ストレリチアと申します」
その名を聞いて、なぜ注目を集めているのか理解する。
(光の館の!)
大地の館の主の就任を報告した際、光の館の主からも挨拶があった。カシモアがことさら丁寧に対応していたのを具合の悪い中見ていた記憶がある。そして、目の前の青年はその主にそっくりだった。
「アルテミシア様、お初にお目にかかります。大地の館の主、サルジアです」
「踊りながらお話しでもどうでしょうか?」
カシモアには誘われたら踊るように言われている。サルジアは差し出された手を取った。
アルテミシアは平均よりも高い身長だったが、大人であるカシモアやクライブに比べれば低い。体格差が少なくなる分サルジアとしても踊りやすかった。
「陛下からお話は伺っていました。最近はご活躍も耳に入っております。こうしてお話しできてとても嬉しいです」
アルテミシアは他の貴族よりもサルジアに対して丁寧に話す。
「一年生との交流はこのダンスパーティーまでありませんでしたから。食事の際に挨拶できればと思いましたが、クライブ先生と踊られていたので、申し込ませていただきました」
話がどこまで広がっているかはわからないが、サルジアは貴族ではない。アルテミシアはサルジアがダンスを踊れない可能性も考慮して、後で挨拶をと考えてくれたのだろう。
「私こそ、このような機会をいただき光栄でございます」
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ」
「ありがとうございます、殿下」
「サルジアさん、どうか名前で呼んでください。ここは魔法学院ですから」
「はい、アルテミシア様」
「もう少し気楽に呼んでいただいて構わないですよ」
アルテミシアはサルジアに合わせるように、砕けた話し方に移る。
「あの、やはり殿下とお呼びしても良いでしょうか?」
「長いですからね、構いません。ですが、仲良くなれたらどうか呼び捨ててくださいね」
王の一族を呼び捨てることなどできようか。サルジアは笑顔でごまかすことしかできなかった。
アルテミシアはどうやら本当に挨拶をしたかっただけのようで、クライブとは違い、ほとんどの時間はダンスに集中した。
「ではサルジアさん、またお話ししましょう」
「はい、ありがとうございました」
ダンスが終わった後、礼をして別れると、どっと疲労が襲ってくる。サルジアは今度こそ輪から抜けようと大急ぎで壁に向かって歩いた。
続きます。