23.謝罪
秋上月になり学院が再開した。学院に出現した魔物については、各関係者が調査して後への影響なしとなっている。詳しい事情は伝えられていないが、一月半近く時間が経っているので騒ぎ立てる者もいなかった。
一つ小さな騒ぎがあったのは初日のことだった。
「サルジアさん、先日は助けていただきありがとうございます。
そして、今までの非礼を謝罪させてください」
教室に入ってすぐ、プラリアがサルジアにそう言ったのだ。
「プラリア様?」
「私、ずっと大地の館が妬ましくて仕方がなかったのです。今まで何もなかった西を、素晴らしい魔法使いの館がある土地にしてしまったから。そのせいで、南は大した功績もないくせに、館を賜っていると言われるようになったと思っていたから。
だから私は、大地の館の主となったあなたにたくさん酷いことをしました。あなたには何の責任もないのに……」
サルジアはプラリアの事情を知らなかった。大地の館は師匠のもので、サルジアはその存在をずっとあるものだと思っていたので、それ以前の話をされてもいまいち飲み込めない。
ただ、プラリアは本当に反省しているように見えたので、サルジアも真剣に話を聞く。
「プラリア様、まずはご無事で何よりです。
そして私への今までの行いについては、事情もあったようですし、謝罪を受け入れます」
「サルジア」
咎めるようなアマリアに首を振って、サルジアは言葉を続ける。
「ただ、アマリアへの侮辱についても謝罪していただけますか?」
サルジア自身については、悪魔の色も持っているし、貴族でもないのだから多少仕方ないことだと思えるが、あの一件についてはサルジアも納得できていなかった。
「はい、もちろんです。
アマリアさん、あなたを貶めるような発言をしたこと、謝罪いたします。申し訳ございませんでした」
プラリアはアマリアに向かって深く礼をした。
「はい、受け入れます」
アマリアは戸惑いながらそう言った。
認識できているのは嫌味を言われたくらいなので、サルジアが何にそれほどこだわりがあるのか、アマリアはわかっていない。サルジアが言ったのは彼女がいない間に起きたことについてだからだ。
「ありがとうございます。今後も、同じ学院で学ぶ者としてよろしくお願いいたします」
サルジアが満足げに言うと、今度はプラリアが困惑する。
「あの、何か要望などはございませんか?」
「要望?なぜですか?」
「こちらの誠意をお伝えするために、何か要求いただくものだと思っておりました。そうでなくても、サルジアさんは私の命の恩人なのですから」
「それは絶対に必要なことですか?」
「い、いえ、何か取り決めがあるわけではありませんが……」
貴族に謝罪された場合のやり取りなどカシモアから習っていない。アマリアに助けを求めたが、彼女はプラリア側の認識のようで、サルジアに何か要求をするようにと目で訴えかけている。それでも発言しないのであれば、暗黙の了解程度のことなのだろうとサルジアは判断した。
「では、結構です。今後何かあった時にお力添えいただければ助かります」
アマリアは目を閉じて深呼吸をした。吐いた息が溜息のように聞こえたのには気づかないふりをする。
「わ、わかりました」
プラリアもサルジアにそう言われては、しつこく言えないのだろう。困惑しながらも自席へと戻って行った。
「サルジア、本当に何の要求もしなくて良かったの?」
授業が終わり、アマリアの部屋でお茶をしている時にそう言われた。
「そうですよサルジア様。収穫の一割を毎年大地の館に納めるように言うことだってできるのですよ」
お茶の準備をしてくれたロメリアは中々に過激なことを言う。
彼女は西で暮らす人間として、豊穣の館に思うことがあったのだろう。
「そんなこと言えないよ」
「いいえ、サルジア様にはその権利があります。
何より、都合がよすぎませんか?今までさんざん嫌がらせしておきながら、命を助けられたら今までの無礼を許してくれなんて。サルジア様がゴート村の魔物を退治したのを聞いて、身の振り方を変えただけでしょう」
「ゴート村の魔物がどうしてここで出てくるの?」
アマリアが急に疲れたように息を吐き出す。
「サルジアが倒したゴート村の魔物は、今までとは明らかに違うものだった」
「そうだね。言葉を話す魔物だった」
「ええ。もちろん院内の魔物もそうだけれど、村一つ破壊しそうな魔物を一人で退治したサルジアの評価は高いのよ。
あの後神殿への報告をしたけれど、学院内に出た魔物も、ゴート村に出た魔物も、確認されたことのない魔物で、色々と調査が進められていたの。調査には当然、高位の魔法使いも関わるから、サルジアの噂はとっくに広まってるわ」
「今まで悪魔の色だなんだとうるさかった連中が、急に態度を変えるようになったのですよ。プラリア様もそれで家の方に言われて方針を変えただけではないでしょうか」
ロメリアの言葉には棘がある。
「そういうことになってたんだね。
でも、プラリア様は本当に心から謝罪してくれたと思うよ」
「それは私も同意するわ」
「アマリア様まで?」
「ええ。私が知るあの方はかなりプライドの高いお方で、私に対しても良い印象は持っていなかったはずよ。豊穣の館は魔法関連で功績を立てる館ではないから、魔力や聖力で実力を示せる人に敵対心のようなものを持っていたんだと思うわ。
そんな方がサルジアに言われて私に謝罪するなんて、考えられなかったことですもの」
「プラリア様のことは良く知らないけど、あの後はベイリー様とも一緒にいなかったし、逆に何だかかわいそうなくらい大人しかったから、本当だと思うよ」
ロメリアは信じられないと言うような顔になりながら、「哀れみは不要ですが」と言葉を挟む。
「お二人がそう仰るならそうなのでしょうね」
「仲良くする必要はないと思うけど、誠意のこもった謝罪を受け入れないわけにはいかないよ」
「サルジアは何と言うか、基本的に素直ですよね」
アマリアの言葉にサルジアは「あんたって、本当よくも悪くも素直だよな」とラナンに言われたことを思い出した。
「そうなのかもしれない」
「けれどサルジア様、ベイリー様には気をつけてくださいね」
ロメリアは黄色い瞳がサルジアの瞳を真っ直ぐにを捉える。
「プラリア様がサルジア様に謝罪されてから離れたということは、ベイリー様自身はサルジア様をよくは思っていないでしょうから」
「うん。ただ、ベイリー様とはもともと関わりはないはずなんだよね。プラリア様との関係を切るほどの理由が何かあるのかな?」
プラリアには入学初日に聖水をかけられたが、ベイリーはサルジアの館の集いでのお披露目以降に突っかかってくるようになった。単純にプラリアと仲が良くて合わせているのだと思っていたが、彼女自身がサルジアに思うところがあるのかも知れない。
「どうせ大した理由ではないですよ。
プラリア様のサルジア様への態度があからさまだったので、接触したのでしょう。サルジア様の出自についての話も、ベイリー様が流したのではないかと思います」
「ベイリー様が?」
「ええ。杖の館の者が西をうろついていたという報告が上がっています。
あとは、カガリーという赤毛の少女にも注意してくださいね」
「カガリーさん?」
「はい。最近はベイリー様と親しくされているそうなので」
カガリーはクラスが違うのでサルジアがそういった場面を目撃したことはなかったが、二人が親しいとなると、ロメリアの推測も正しく思える。ゴート村の住人がサルジアの出自を知っていたのは、ベイリーがカガリーにそう話して、そこから村に広がったと考えれば不思議ではない。
「わかった。色々教えてくれえありがとう、ロメリア」
「いえ。まだまだ未熟で申し訳ないくらいです」
ロメリアは恥ずかしそうに照れたが、アマリアが話のところどころで頷いたり驚いたりしているのを見れば、相当にすごいことをしているのだろうというのがわかる。
(カガリーさんかぁ)
ゴート村での一件以来、カガリーは見かけていない。
魔物を退治したことには感謝されたが、村のことに口出しをしたサルジアをどう思っているかはわからない。以前のように避けられている可能性もある。ロメリアからの忠告を受けた今、サルジアには彼女の真相を探ろうとは思えなかった。
続きます。