21.悪魔と契約
カシモアが予想した半月よりは早く、王都に向かうことができた。夏下月の一週目に王都への立ち入り及び、王立図書館への入館許可が下りた。
転移の魔法で移動しようとしたサルジアはカシモアに叱られ、預言の館の馬車を借りることになった。流石に馬車でも西から東は遠すぎるので、中央まではカシモアとサルジアの転移魔法を繰り返して、アマリア、シンリーとは中央で落ち合った。
「本来であれば大地の館の馬車を出すべきなのですが、私とサルジアだけならともかく、シンリー様やアマリア様をお連れするには、馬が非力過ぎますからね。
アマリア様、本当にありがとうございます」
「いえ、私自身、王都に用事があったので、大したことではありませんよ。流石に、大型馬車は用意できませんでしたが」
定員は四名なので、ロメリアはお留守番となっている。
「それに、カシモア様がサルジアの側近としてついてきてくださったので、私の方は従者を連れずに済んでいるのです。私の方がお礼を言わなければなりません」
「アマリアは従者を連れるのが好きじゃないの?」
「ラナンなら喜んで連れて来るけど、あまりウェルギーの使用人とは仲が良くないの」
「そっか」
アマリアはウェルギーに養子として迎えられている。サルジアには想像できない事情もあるのだろう。
「従者なんていなくたって、アマリア嬢には頼りがいのあるお友達がいるだろう?」
「わかるのですか?」
シンリーが言うお友達はサルジアではないだろう。アマリアは驚いたようにシンリーを見る。
「見えはしないが、何となくわかるよ」
「何の話?」
「アマリア嬢には、光の精霊が味方についてるって話さ」
「光の精霊?」
聞き馴染みのない言葉に、サルジアはただ言われたまま繰り返すしかできなかった。
「珍しいですね。預言者でも精霊を味方につけるものはいないと言われていますから」
どうやらカシモアも知っているらしく、サルジアだけが会話に置いていかれる。
「そんなに珍しいの?」
「ええ、光の精霊は光の女神の使いとも言われていて、聖力の強いところに存在します。北にある神殿がそうですね。特にこれといったことをするわけではないのですが、光の精霊が気に入った人間には力を貸してくれるのですよ。そもそも、神殿よりも興味を惹かれるほどの聖力がなければ一緒についてきてはくれませんがね。ですからアマリア様はとても特殊な方だと思いますよ」
「そうなんだ」
「アマリア様が従者を連れていないのに制服を着られるのは、そういう理由があったからなんですね。
魔法学院の制服は一人で着るのは難しいですから、不思議に思っていたのですよ」
魔法学院の制服は後ろでリボンを結ぶような形になっている。一人で綺麗に着るのは難しいだろう。
「まさかそういったところを見られているとは思いませんでしたわ」
アマリアは照れ臭そうに笑った。
話が盛り上がっている内に、馬車は目的地に到着した。
馬車から出ると、大きな門がそびえ立っていた。
「この先が王都です。または、光の館といいます」
「ええ!光の館が王都なの?!」
サルジアの驚きを三人は微笑んで受け止める。
「光の館、つまり王の館には光の神のベールがあります。そのベールのおかげで、聖力のわき出る泉が維持されていると言われています」
「知らなかった……」
「王都に向かうことになるとは思ってもいませんでした。秋学期になれば魔法学院でも習うでしょうから、サルジアには教えていませんでしたね」
優先順位を間違えたかもしれません、とカシモアは教育内容を見直し始めた。
「今は王族に会った時の礼の仕方だけわかっていれば問題ないですよ。こちらは授業で習っているはずですよね?」
射貫くような金の瞳に、サルジアはこくこくと頷いた。礼儀作法は神殿でのものも含めて、何度も復習している。ぎこちない返事しかできないのは自信がないからだ。
「カシモア、あまり主をいじめるんじゃないよ」
「いじめてなんていませんよ」
心外そうに言うカシモアだが、眼光の鋭さにはアマリアも姿勢を正していた。外から見ればカシモアの厳しさは怖くも見える。
「サルジア、手続きをするのでこちらへ」
「うん」
カシモアとサルジアは門番の横にいる、伝言役のもとに向かう。
「大地の館のサルジアです。図書館への立ち入り許可をいただいております」
カシモアは王都からの返信の書状を役人に渡す。
「サルジア様、確認いたしますので少々お待ちください」
役人は脇に抱えていたリストをめくり、サルジアの名前があることを確認する。
「確認が取れました。四名で申請いただいておりますね」
役人は後ろで待っているアマリアとシンリーを見る。
「門を開けますのでお通りください」
役人が門番に合図すると、門番は脇に控え、門がゆっくりと開く。
カシモアが役人から書類を返してもらった後、四人は中へと入った。
カシモアは光の館と言っていたが、王都の方がしっくりとくる。中には街が広がっており、人々が暮らしていた。
「カシモア、街みたいだよ」
「ええ、街ですね。しかし基本的にこの中は全て光の館の所有です。実態としては普通の街と変わりませんが、ここの建物は全て貸し出されているようなものなのです」
「へえぇ」
規模が大きすぎてサルジアは感嘆するしかできなかった。
「図書館は王の住まいの近くですから、馬車で移動しますよ」
カシモアは近くに控えていた御者に声をかけ、馬車を動かしてもらった。
「王都の馬車は普通の馬なんだね」
「魔獣も元は魔物ですから、北でも普通の馬を使った馬車が多いですよ」
「でもウェルギーの馬車は魔獣だったね」
「ええ、外に出る時には魔獣の馬車を使えるの。預言の館から神殿までなら、普通の馬の馬車しか乗れないのよ」
「そうなんだ」
サルジアにとっては目に映るもの、聞く話すべてが新しく感じられた。
「ふふ、ルドンも中々厄介な性質だねえ」
シンリーは呆れたような、仕方がないといいたいような顔で言った。
「なぜ師匠の話が?」
「いいや?気にしなくて大丈夫さ」
「シンリー様、彼には彼なりの考えがあったのです」
「ああ、わかってる。不器用な子だからね」
アマリアとサルジアは顔を見合わせて首を傾げた。
馬車で街を抜けると、次第に建物の大きさも間隔も広くなっていく。
「この辺りは主要な施設が並んでいます。更に奥に行くと、光の館の主の住まいに辿りつきますよ」
道も広くなり、時折馬車ともすれ違う。歩いている人はほとんどいなかった。
しばらくして馬車は止まり、図書館に辿りついた。
門でもう一度書類の確認を行ってから、サルジア達は図書館の入り口に辿りついた。
「すごい……」
立派な家程の大きさをした図書館は、汚れを知らない白色で、随所に彫刻が施されていた。
中に入ると、床には絨毯が敷き詰められており、四人の足音も吸い込まれてしまう。静寂の中を進むと奥に扉が見える。入り口から入ってすぐの場所はソファが置かれており、待合室のようにもなっていた。
奥の扉に辿りつく前に、他の利用者がサルジア達の前を横切って行く。
「サルジア、後ろへ」
カシモアが囁き声で言って、サルジアの前に立つ。
「カシモア?」
「用事がなければ挨拶は必要ありません。ここはそういう場所ですから」
それならばわざわざ隠れる必要もないだろうと思うが、サルジアは大人しくカシモアの後ろを歩くことにした。ちらりと一行を覗き見ると、金髪の男性に緑の瞳をした男性が見えたが、視線が合うことはなかった。
そして、どうやらそれとは別と思われる二人組が、サルジア達に向かってきた。
「突然申し訳ございません」
先頭に立っていた、三十代くらいの男性が深い礼をする。
「どなたにご用件が?」
「全知の魔法使い、シンリー・ショウラン様に」
カシモアはサルジアの手を引きながら、道を開け、後ろを歩いていたシンリーに話を渡す。
「おや、初めましてだねえ。私に何か用かい?前置きはいいから話してごらん」
「は。シンリー様にお力をお借りしたいことがございます」
「今日は無理だね」
シンリーの言葉に、男は目を見開いて固まってしまった。
「知りたいことはわかってる。文を書くから、それを渡しておくれ。会って話したけりゃ正式に招待を送ってもらわないと困るね」
男の後ろに立っていた、四十代くらいの男性が固まっている男の前に歩み出る。
「かしこまりました。文をいただけるだけでもありがたいことでございます」
「サルジア、ちょっと待っててもらえるかい?」
「はい、大丈夫です」
「それじゃ、後で。ほら、あんたも行くんだよ」
シンリーは固まっていた男の肩を叩いてから、別室へと歩いて行った。その後に、二人組も続いていく。
「写本の部屋にでも向かわれたのでしょうか。我々は先に関連する資料を集めておきましょう」
「カシモア、さっきの人達は?」
「後で教えて差し上げます。今は書物に集中してください」
「わかった」
アマリアは動揺していないように見えるので、またサルジアだけが知らないことなのだろう。
本題はこの扉を進んだ先にあるので、サルジアはいったん忘れることにした。
扉の奥には本棚がずらりと並んでおり、部屋の端に閲覧できる場所がある。人はまったくいないわけでもなく、音は聞こえないが透明な壁の個室の中では、何かを議論しているような人たちも見える。
カシモアはそのままサルジアの前を歩き、迷うことなく、個室の一つに入る。
「この中では話しても問題ありません」
「申請の時に書いた部屋?」
「ええ。ほとんどの書物はここにあります。魔法学院にも多くの蔵書がありますが、古い資料も閲覧するのであればここに来るのが一番です。研究者もよく使うので、こういった個室が設けられています」
「神殿とはまた違っていて面白いですね」
「アマリアも来るのは初めて?」
「ええ。王都には来たことがあるけど、図書館は初めてだわ」
ここに来るまではいたって普通に見えたが、アマリアも物珍しそうに室内を見回している。中には丸机と四脚の椅子があり、外からは透明に見えたが中からは白い壁が見える。
「こういった個室があるのは珍しいですが、他は変わりませんよ。
魔法に関する書棚から、なるべく古い本を探していただけますか?私は別の書棚から関連しそうなものを探してきます」
「わかった」
「わかりました」
サルジアとアマリア、カシモアは一度分かれて書棚から本を探して戻って来た。
古い物の中でも、悪魔に関連しそうなものを二、三冊借りてきたが、どちらかというと魔法より悪魔に詳しい本となってしまった。
「悪魔との契約、ですか……」
カシモアはタイトルを読み上げた後、ページを捲った。
「アマリア様は悪魔にお詳しいのですか?」
「いいえ。一般的なことは知っているつもりですが、預言があってから調べ始めましたので」
「悪魔が確認されるのは百年に一度くらいですからね。そうそう調べる人もいないでしょう」
カシモアはある所でページを捲るのをやめ、本を机の中央に置く。
「悪魔とは何か、ここに書かれていることが殆どだと思いますよ」
開かれたページには悪魔の目撃情報を元に書かれた挿絵と、特徴のような文が書かれていた。
「人に近い姿をしており、話すこともできる。爪や耳は尖っているが注視しないとわかりづらい。聖水は効かず、魔物を凶暴化させる。魔物を従わせていることもある。紫色の印を持っている。
悪魔が現れた場合、土地が荒れ、魔物が凶暴化し、人々は逃げることしかできない。悪魔を退けるには悪魔の持つ紫色の印を破壊する必要がある」
カシモアが読み上げる内容はサルジアも知っているものだった。
「紫色の印を破壊すれば、悪魔は倒れるのですね」
「知らずとも、攻撃すればいずれ破壊されますから、あまり伝わっていないのでしょうね」
「カシモア様はお詳しいのですね」
「私は、悪魔について研究していましたから」
カシモアの瞳は遠くを見ていたが、何かに気がついたのか、はっとサルジアを見る。
「サルジアは知っていたのですか?」
「うん、師匠から悪魔については教えてもらっていたから」
「そうですか……」
カシモアは笑みを浮かべたが、一瞬のことで、サルジア達は気づかなかった。
「召喚した悪魔は契約に縛られるから、凶暴ではないんだよね?」
「そうですね、基本的に人間には害を加えません」
カシモアは更にページをめくった。
「かなり昔ですが、現れた悪魔が人間に持ちかけたそうです。
悪魔と契約すれば、どんなに難しい魔法でも発動させられます。しかし、代償も必要となります。悪魔によって要求は様々ですが、基本的には人体の一部、もしくは魔力ですね」
「そこまでは知らなかった」
「あとは逆の場合もありますね」
「逆?」
「悪魔が要求する場合です。これも基本的には同じですが、悪魔に無理やり契約を結ばされた場合、人は大きな対価を得るとされています」
良い話のように聞こえるがカシモアの表情は厳しかった。
「悪魔が無理な要求をした場合、人間は契約を取りやめることができます。悪魔側もそうですね。代償に納得しなければ契約は成立しません。
しかし、悪魔が無理やり契約を行った例があるのです。人間側は一時的に強大な魔力を得ました。けれど、代償として持っていかれたのは人間の心臓だったのです」
魔力を得たところで、命を奪われては何にもならない。
サルジアとアマリアは言葉を失ってしまった。
「こういった例がそれ以外に見られないのは、悪魔側もそれなりにダメージがあるからではないかと言われています。これ以降、悪魔を召喚しようとする人間は激減したので、詳しくはわかりませんがね」
しん、とした個室内で、カシモアはサルジアに向き合う。
「悪魔とは、こういう存在です。サルジア、あなたとは全く違う生き物なのです。あなたの瞳は紫色ですが、ただそれだけです。他に紫の色を持つ人間はいませんが、紫色の花だって咲くのですよ?
あなたは悪魔ではありません。よいですね?」
「うん」
サルジア自身、悪魔の話題を避けていることは自覚していた。カシモアはそれをわかっていて、今この話をしてくれたのかもしれない。
「さて、では私の持ってきた本についても中を見てみましょうか」
ちょうどその時、個室がノックされる。カシモアが出ると、入る前に別れたシンリーが立っていた。
「お待たせしたね」
シンリーは空いている席に座ると、カシモアの持ってきた本を見つけて微笑む。
「先にあたりをつけているとは、さすが優秀なカシモア・プラタナだ」
「からかうのはやめてください」
「からかってなんかいないさ。私が言ってたのは、あんたが持ってきた本だからね」
本のタイトルは「闇の魔法について」だった。
続きます。