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17.大切な人

 医務室では白衣を来た教師が、プラリアの怪我の手当てを引き受けてくれた。


「すまないが、ベッドを借りる。サルジアは私が看る」


 クライブの言葉に誰も反対の声を上げなかった。アマリアとロメリアは、心配そうにしながらもクライブの後に続くことはなかった。

 クライブは一番奥のベッドにサルジアを座らせて、自身の上着を羽織り直して、近くにあった椅子に腰かける。


「サルジア、落ち着いたか?」

「はい」

「手当をするから、何があったのか簡単に話してくれ。状況が知りたい」


 サルジアは起こった出来事を順番に話す。


「叫び声を聞いて向かったら、プラリア様が魔物に捕まっていて、助けるために私とアマリアの間に壁を張ってから、魔物の腕を落としました。けれど魔物は気にも留めずに壁を壊して、今度はアマリアの張った結界を破壊しようとしました。

 それで、アマリアが死んでしまったらどうしようと思って、私、考えもなしに飛び込んだんです。怪我はその時の打撲です。保護魔法が発動したので大したものではありません」

「そうか、かなり無茶をしたな」

「はい。自分でもわかっています。でも、アマリアがいなくなってしまうかもって思ったら、とても怖くなったんです。

 死んでしまったら、もう会えないから。私は、もう師匠には会えないんです。ついさっき、そのことを思い知ったんです。それってとても悲しいことですよね」


 またじわじわとサルジアの瞳に涙が溜まっていく。


「今まで、ちゃんとはわかってなかったんです。師匠がこの世にはいないということの意味を。師匠がいなくなってもうだいぶ経ったというのに」


 とうとう堪え切れなくなって、サルジアの涙が頬を流れていく。


「サルジア、君にとってルドンは大切な人だったんだろう」


 クライブは優しくサルジアの涙を拭う。


「師匠と弟子という関係性だけでなく、君たちの間にはそれ以上の絆があった」

「私、師匠が大好きでした。それでも、ずっと、その師弟関係しかないと思っていたんです」


 サルジアはずっとルドンと暮らしていたわけではない。ルドンが小屋を訪ねてくるのをただ待っていた。寂しいとは思わなかった。だって、サルジアはずっと誰かと一緒に居続けたことはなかったから。

 親には捨てられ、孤児の仲間にも追い出された。その先で拾ってくれたのがルドンだった。


「でも、最近知りました。師匠は、私が思っていたより、私のことを大切に想っていてくれてたんだと。

 私も、自分が思っている以上に、師匠が大事だったんだと」


 誰にも受け入れてもらえなかったサルジアは、気づかない内に自らに制限をかけていた。どれだけ自分が相手を好きでも、相手にとっては自分はそれほどの存在ではないのかもしれないと、無意識に人に対する好意を抑えていた。

 ルドンのことも親のようだとは思いつつ、本人にそれを伝えることはなかった。師弟の関係より先に踏み込んではいけないと、自分に言い聞かせていた。


「私、もっと、師匠とお話しすればよかった」


 けれどそれはもう叶わないことだ。


「サルジア……」


――僕は、どうしたかったんだろうね。


 クライブは、墓石を眺めながら、迷子のように呟いた友人を思い出した。


「サルジア、そんなに泣いては、目が溶けてしまう。

 もうルドンには会えないが、これから知っていってもいいはずだ。

 君が思う以上にルドンが君を想っていたのなら、ルドンについて君がまだ知らないこともあるかもしれない。それを探すのも、いいんじゃないか」

「はい、そうですね」


 サルジアは涙を拭きながら答えた。


「それに、君には今、ルドンと同じくらい大切な人ができたのだろう?」


 サルジアは少し驚いてから、納得したように頷いた。


「はい」

「それなら、その人をこれから大事にしていきなさい」

「はい、そうします」


 サルジアにとって、アマリアはいつの間にか失いたくない大切な人になっていた。


「まずは体を治すことだな。

 保護魔法が発動したのなら、下手に魔法を重ねるのはよくない。しばらくは安静にして、ゆっくりと回復を待つのがいいだろう」


 クライブはそう言って、医務室の担当教師を呼びに行った。

 サルジアは物理的な手当てをしてもらってから、ベッドで横になりそのまま眠りに落ちた。


 同じく医務室には、もう一人ベッドの使用者がいた。ロメリアとアマリアによって医務室へとたどり着いたプラリアだ。

 彼女は今日、恐ろしい体験をした。

 学院内で迷っているという人間と話していたら、その人間が急に魔物へと姿を変え、襲い掛かって来たのだ。

 近くにいた者はみな、悪魔だと叫んで逃げて行った。


「誰か!助けて!」


 必死に声を絞り出したが、恐怖に足を取られて動けないプラリアは、あっという間に魔物に捕まってしまった。

 首が締まり、息ができなくなって、死ぬのかと絶望した時、


「プラリア様?!」


 自分が忌み嫌っていた者の声が聞こえた。

 西に館を賜ったルドン・ベキアの弟子、サルジア。

 館は主に北や東に偏る。南は作物こそ豊富だが、何か功績を立てられるような人物を輩出できる場所ではなかった。それでも何もない西よりはましだと言っていたのに、西に立派な館が建ってしまった。館の主、偉大なる魔法使いルドン・ベキアは、人々から尊敬されていた。

 そこから、南に対する扱いは思わしくなくなった。豊穣の館は、派手な活躍もなく、ただ人々の生活を支えていることを功績として続いて来た。それだって大切なことなのに、何もしていないと侮られることが多くなった。それより酷い何もない西がなくなってしまったからだ。

 豊穣の館の人間は、大地の館を一方的に恨んでいた。大地の館に何の責がないとわかっていても、止められなかった。プラリアもその思いを引き継いでいた。そこに、悪魔の色を宿した子どもが大地の館の主となるとの情報が入った。その当人であるサルジアを、プラリアは受け入れることができなかった。

 功績がなく終わって、大地の館も終わればいいと思った。自分でも幼稚だとわかっていながらも、嫌がらせをした。そのどこかで彼女の逆鱗に触れたのか、今まで聞いたこともない言葉で罵られ、サルジアに恐怖を感じてもいた。


 そんな彼女は、躊躇うことなくプラリアを助けた。魔物から解放された時、プラリアにサルジアを嫌悪する感情は一切なく、ただただ救われたと安心した。

 それより驚いたのは、サルジアのその後の行動だった。

 結界はびくともしていないのに、アマリアを庇おうと飛び出し、その後涙を流しながら魔物を倒した。

 アマリアといれば、プラリアとしても手を出しにくい。だから、サルジアはそのためにアマリアを利用しているのだと思っていた。それなのに、彼女の前にいるサルジアは、友を助けようと必死な人間にしか見えなかった。

 自分に嫌がらせをした人間を助け、友人を大切に想う人を、もう悪魔だとは思えなくなっていた。


「私、謝らなくてはいけませんね」


 サルジアにとっては今更な話かもしれない。それでもプラリアは自分の今までの行動を謝りたかった。

 同じ空間の、いくつかのカーテンを隔てた先にいるサルジアは、彼女の謝罪を受け入れてくれるだろうか。



*



 カガリーは一人学院内を歩いていた。特例入学の彼女に好き好んで話しかける者はいない。

 貴族が基本となっている魔法学院で、その身分でなく入学した者を特例入学生と呼ぶ。特例入学生は少なくはないが多くもない。そして、幅がある。

 特例入学生を見分けるのは簡単だ。ほとんどが、指定の制服を纏っていないからだ。それでも、代わりに申請した衣服はそれぞれ異なっており、そこから各人の経済状況が見て取れる。多くは制服に似せて作ったローブやドレスを纏っており、カガリーのようにスカートだけ色を揃えている者は滅多にいない。つまり、ほとんどはそれほどの物を用意できる資金を持っていると言える。

 悪魔だと噂されていたサルジアは、赤いローブを着ていたが、装飾自体は少なく、カガリー自身に近い立場なのだと思っていた。他の学生のように気取ったところはなく、カガリーを見て鼻で笑うわけでもない。大地の館の主だと知った時には驚いたが、館は貴族の特権というわけでもない(実態はそれに近いが)。だから、相談を持ち掛けられた。

 魔物を退治してもらってからは、特に関わりなく過ごしていた。クラスが同じわけでもないので、会う機会は少ない。クラスが違うということは、身分が違うのだと気づいたのは入学してしばらく経ってからだった。そこからはなるべく彼女を避けて過ごしていた。

 しかし最近になって、ある噂をよく耳にするようになった。


「サルジアは孤児だったみたいよ」

「孤児?ただの庶民ではなくて?」

「ええ、何でも、あの死を待つ森に捨てられたんですって」

「よりによって、あの西の森の孤児なんですの?」

「けれど、魔法の腕は確かだと聞きましたわ」

「理解できませんわよね。やはり、彼女は悪魔なのですよ。だから孤児のくせに魔法を使えるのです」


 ひそひそと女学生が囁き合っている声を、カガリーは拾ってしまっていた。


「サルジア様が、孤児……」


 孤児と言えば、親に見捨てられた者だ。たいていは集団になって、よその家から食べ物を奪って生きていく。ゴート村でも、稀に作物が盗まれることがあった。


「まさか、そんなはずないわ」


 カガリーの村を救ってくれたサルジアは、善人のように見えた。しかし、カガリーの瞳は揺らいでいた。


「ああ、カガリー、探しましたよ」


 急に教師に声をかけられてびくりと振り返る。カガリーの後を追って来ていた教師は、心配そうな顔をしながら、カガリーに伝言を伝える。

 カガリーは、サルジアのことなんて頭からすっかり抜けてしまうほどの衝撃を受け、顔を真っ青にした。

続きます。

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