11.ロメリアの申し出
推測だろうが、アマリアとサルジアにとっては貴重な話だ。全知の魔法使いと呼ばれるシンリーの話は、悪魔の到来を阻止する手掛かりになるかもしれない。
「悪魔と魔物は、大元は一緒じゃないかと思っている。
悪魔の言うことが正しければ、悪魔は地上にいない。召喚されれば地上に出現することができる。
召喚されなくとも、何か抜け道がある。そして、抜け道はただの抜け道であって、正式な形ではないから、悪魔も正式な形を取れない。そうした正式な形を取れなかった悪魔が、魔物なのではないかと思っている。
悪魔も魔物も地上ではないどこかから現れている。そして、抜け道は西に多く、だから私達が魔物と呼ぶものは西から現れる」
「悪魔も魔物も、同じ……」
「あくまで、私の推測だがね。
なぜ私が裏もきちんと取れていない推測を君たちに話しているかというと、私の推測がもし正しかった場合、とんでもないことが起きていると予想されるからだ」
シンリーは机に肘をついて前かがみになる。
「悪魔は召喚されて地上に出てくる。そして魔物は抜け道を通って、不完全な姿で現れた悪魔。
もしそうなら、預言者の言っていた悪魔は、召喚されていない、つまり抜け道を通って現れる、悪魔」
「召喚されていない悪魔は契約にも縛られず、人に害をもたらす……けれど、そうした悪魔は、今までも稀とは言え出現していますよね」
「そうだね。私の知る限りでも三度は出現している。ただ、その時はそれ以外の異常事態は起きていないんだ。魔物は変わらず西から来ていた。喋る魔物のように、いきなり中央に現れることなんてなかった。
以前は何かしらの条件が重なった時、運よく完全な姿で地上に出られたものが悪魔だと思っていた。実際に、三回とも悪魔は西で目撃された。抜け道の多い西なら、何かしらそういうことが発生してもおかしくないと」
「今は、西ではなく中央に現れる魔物、喋る魔物が出ていますね」
「つまり、今までとは違い、中央に抜け道ができたんじゃないかと思うんだ。
だから中央に魔物が現れた。そして、喋る魔物がそこから出てきたのは――」
「その抜け道が、完全な姿で通れるものに近いということですか?」
アマリアとシンリーの会話を聞いていたサルジアは急に背筋が冷たくなった。
悪魔は喋り、姿も人に似ている。
サルジアが退治した喋る魔物は、動物のようで動物ではなく、人のように二本の足で立っていた。
「そうなんじゃないかと思っている。
西は元から魔物の出現も多い。運よく抜け道が重なるかなんかで、悪魔として出現できるのもわからなくはない。頻度も高くない。
だが、今回は話が違う。急に中央に魔物が現れ、目撃回数が増え、そしてついに喋る魔物が出た。抜け道が拡大されているように思う。このまま時が過ぎれば、そこから悪魔が出てくるようになるかもしれない」
邪魔にならないようにと、大人しく話を聞いていたロメリアの喉から小さな悲鳴が漏れる。
「アマリア嬢、私は残念ながら預言者の告げる内容を聞ける立場にないし、西は中央からの話が回るのが遅い。
つまり、中央の状況も、預言も今日初めて聞いたんだ。これでも私は酷く狼狽しているよ」
シンリーの表情は崩れていないが、顔色が悪いようにも見える。
「それで珍しくシンリー様からお話しを持ちかけたのですね」
「そうだよロメリア。顔が真っ青だが、大丈夫かい?」
「覚悟はしていましたから、大丈夫です。
けれど、これからどうすればよいのです?シンリー様はここから動けないですよね?」
「ああ、いや、少し前に動けるようにはなったよ」
「それなら!」
「悪いがね、ロメリア。私に解決できるわけではないよ。
私は全知の魔法使い。全能ではないんだ」
シンリーは寂しそうに微笑んだ。
「それにこれは私の推測が間違っていなければ、の話だ。
私が動けば、事は大きくなる。今まで西から動かなかった私が中央に、それも異変が起きている場所に向かえば、どうなるかわかるだろう?」
きっと人々は何かとんでもないことが起きたのだと思うだろう。それが本当であれば、人の心を乱してでも向かう必要があるだろうが、全てはシンリーの推測に過ぎない。推測の段階で、いたずらに人々の不安を煽ることはできない。
「シンリー様、ぜひ、私達に調査させてください」
アマリアが立ち上がって言った。黄金の瞳は真っすぐにシンリーを見ている。
「もともと、悪魔の到来を防ぎたいと願っていたのです。推測であったとしても、参考になるお話が聞けて大変うれしく思っております」
「アマリア嬢、すまないが頼めるかい?私も、今まで以上に関連する知識を仕入れておく。多少はサポートできるはずだ」
「ありがたい限りです」
シンリーはサルジアに視線を移す。
「君はどうする?」
「私も、アマリアと一緒に行動します」
既にアマリアの言った私達にサルジアは含まれているのだが、シンリーには悪魔を無意識に避けるサルジアに気づかれていたのかもしれない。
悪魔の到来を防ぐのは、館を存続するための功績に相応しいと言える。それを目指すことに何の支障もないはずだった。だが、事態が遠い未来、ぼんやりとした預言ではなく、推測とは言え具体的になり身近になるとサルジアの心の内に恐怖が生まれていた。
それでも、やると言ってしまえば、自然と恐怖は薄れていった。
「では、よろしく頼むよ」
シンリーの家を出る前に、彼女は約束通り、アマリアの予言を止めるための薬をくれた。お代は今回のこともあるのでなしでいいとのことだった。
停留所まではロメリアが再び案内を務めてくれた。
「サルジア様、馬車が来るにはもう少しかかるでしょう。私にお時間をいただけないでしょうか」
ロメリアは停留所から立ち去らず、そう言った。
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
ロメリアはサルジアの目を見つめて口を開く。
「サルジア様、私は大地の館に仕えさせていただきたいと思っております」
急な話に理解が追いつかないサルジアを置いて、ロメリアは語りだす。
「私、幼い頃から館仕えが夢でした。この西の地に館を賜ってくださったルドン様も尊敬しておりました。ですから、将来は、大地の館に仕えたいと思っていたのです。
急にこんなことを言われてお困りになるのはわかります。けれど、私に一度機会をいただけないでしょうか。先程のお話、私に手伝わせていただきたいのです。そして、もし私の力が仕える者として問題ないと判断いただけたら、雇っていただきたいのです」
サルジアが理解を進めている間に、アマリアがロメリアに問う。
「お手伝いいただけるのはありがたいですけれど、それならばロメリアさんも功績を得られます。
流石にそれだけで、とはいかないでしょうけれど、館を賜る功績の蓄えとなるのではないでしょうか?」
館仕えを夢としていたとして、彼女が行きの馬車で語っていた、館を西に賜りたいという願いも嘘ではないはずだ。館に仕えるよりも、館を賜る方が大きな栄誉になる。
「私に功績は必要ありません。アマリア様が仰るように、館を賜るための実績となり、館に仕えるにはむしろ邪魔になるくらいです。ですから、最初からあくまで館仕えの候補として、お手伝いさせていただきたいのです」
――今の状態じゃあむしろ遠ざかる。けれど、先に承諾を得て、危険を共に乗り越えれば、あんたが最も望む形に収まるだろう。
シンリーの言っていたことはこのことだったのだと、サルジアは理解した。そして、そうであれば、ロメリアが館を賜るより、館に仕えることを取る人なのだろう。
「西には、きっと、私の兄弟がまた新たな館を賜るに違いありません。みな優秀ですから。
私は、そうではなく、偉大なる魔法使いルドン・ベキアの遺した大地の館に仕えたいと望むのです。館を賜るより、大地の館に仕えることの方が私には嬉しく感じられるのです」
ロメリアの言葉に嘘はないだろうとサルジアは思った。
「私にとってもありがたいお話ですが、良いのですか?大地の館の主は、今は私になっているのです」
話しぶりからしても、ルドンに対して思い入れが強いのだろうとわかる。そんな彼女が、いくらルドンが遺した館とはいえ、結果的には未だ何の功績もない、悪魔の色を持つサルジアに仕える理由がわからなかった。
「もちろん、私は先代の主、ルドン・ベキアを尊敬しています。だから大地の館に仕えたいと思っていました。例えもうあのお方はいらっしゃらなくても、遺してくださった館にはやはり仕えたいと思うのです。
ですがどうか、誤解しないでください。私は、今の主がサルジア様と知った上で、今申し出ているのです。貴方はきっと、良き主になられるだろうという予感がするのです」
ロメリアの言葉がどこまで本当かはわからない。それでも、悪魔の色を持つサルジアを主とする館に仕えたいと申し出るのであれば、大地の館に対する思い入れは強く、また、サルジアを嫌悪しているわけではないのもわかる。
「アマリア、今回の件、ロメリア様にも手伝ってもらっていい?」
カシモアにはサルジアが雇う人を選ぶようにと言われている。ちょうど同年代の同性を探してもいた。
すぐに決断するわけにはいかないが、都合のよいことに、ロメリアから判断するための時間を提案してもらっている。
「もちろんよ、サルジア。人が増える分にはありがたいわ」
シンリーの話を聞いて、事態の深刻さを理解した今、悪魔の到来を防ぐというアマリアの目的がいかに難しく危険なことであるかがわかる。それを理解してなお、協力してくれる人というのも滅多には現れないだろう。アマリアは快く許してくれた。
「ではロメリア様、よろしくお願いいたします」
今のサルジアにとって、ロメリアはとてもありがたい存在だ。
それに、大地の館に仕えてもらうなら、師匠を尊敬してくれる人が良いと、サルジアは胸の中で喜んだ。
続きます。