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10.全知の魔法使い

 全知の魔法使いは、防魔の壁のある森に住んでいた。森の奥深くではないが、ただでさえ魔物が出るとされる西の、それも防魔の壁近くの森には誰も近寄りたがらないだろう。

 サルジアは大地の館の近く、どちらかと言えば森の北寄りに小屋をもらっていたが、全知の魔法使いは中央辺りに居を構えていた。

 屋敷のように広くはないが、小屋ほど小さくもない。農家の家二つ分ほどの大きさだった。サルジアの小屋より日当たりの悪い場所であるためか、外壁にはところどころ苔が生えている。


「サルジア様、ベルを鳴らして頂けますか?」


 案内してくれたロメリアはどこか暗い印象を受ける家に怯むことなく、ドアの前に立つ。

 ドアの上部にはベルがつけられており、そこから紐が伸びている。その紐を引けば、ベルが鳴るようになっているのだろう。


「鳴らすことに意味があるのですか?」

「ええ。その音を聞いて、全知の魔法使いは家に招き入れるか決めるのです。色々な魔法を複合して、依頼人の人となりをベルでわかるようにしているのですって」

「依頼人……それなら、アマリアが鳴らすべきだね」


 今回用事があるのはアマリアの方だ。ロメリアはすみません、と言ってアマリアに場所を譲る。

 アマリアは不安そうな顔をしつつも。ゆっくりと紐を引く。

 からん、と柔らかな音が鳴ると、カチリ、と何かが外れた音がして、ドアがゆっくりと中に向かって開く。


「お入り、お嬢さん方」


 家の中から届いた声は、少し掠れ気味だが、全てを包み込むような落ち着きのある声だった。

 三人で中に入ると、ドアは独りでに閉まった。

 家の中は暗く、昼だというのに蝋燭が活躍していた。広い空間のはずだが、壁一面に設置された棚には本や道具が不規則に詰められており、狭くも感じる。部屋の奥はカーテンで仕切られており、その手前に大きめの机があった。入り口からその机を挟んだ向かい側に、椅子に座った一人の女性がいた。

 柔らかにカールした黒い艶のある髪は、腰辺りまであるのだろう、机で先が見えない。前髪に少し隠れた瞳は深い青だった。


「シンリー様、こんにちは」


 前に出たロメリアは全知の魔法使いに親し気に声をかけた。


「こんにちは、ロメリア。久しぶりの正しいベルの音を聞いたから、誰が案内したのかすぐわかったよ」

「紐がついていようが、あれを呼び鈴だとわかる人は多くないですよ。ただのドアベルにしか見えませんから」

「そうかね?私はつい紐を引いてしまうような人間が好きなのさ」

「そんなこといって、音色が気に入らなかったら手酷く追い返すじゃないですか」

「当たり前だろう?嫌な奴に顔を合わす義理なんてないんだからね」


 怖いイメージを持っていたサルジアとアマリアは、肩の力が抜けた。


「こんにちは、全知の魔法使い。私はアマリア・ウェルギーと申します」


 正式な挨拶を崩したアマリアに、シンリーはにこりと微笑んだ。


「こんにちは、悩めるお嬢さん」

「こんにちは。私はサルジアと申します」


 シンリーの視線が自分に移ったのに気づいて、サルジアも挨拶をした。

 シンリーは満足げに頷いて立ち上がる。

 女性ではかなり背の高い方なのだろう、立ち上がったシンリーは二人に視線を合わせるように少し屈む。彼女の身にまとう真っ黒なドレスの裾が床についたが、気にする素振りはない。


「こんにちは。私はシンリー・ショウラン。全知の魔法使いとも呼ばれているが、堅苦しいからシンリーと呼んでほしいね。

 さて、久々の来客で椅子がなかったね」


 パチン、とシンリーが指を鳴らすと、三人の前に木の椅子が現れた。


「三脚となると中々種類が揃わなくてね。座り心地は悪いかもしれないが、それで勘弁しておくれ」


 シンリーは椅子に座り直しながら言った。三人は大人しく、用意された椅子に座る。


「それで?アマリア嬢、私に何のご相談かな?」

「それは――」


 アマリアは悪魔の到来の預言、そして自身の予言、言葉を話す魔物について説明した。


「なるほどね。お嬢さん、最近()()()()()があって疲れてるだろう。まずは休めるように、予言については対処できる薬を処方してあげよう」

「予言に対しての薬があるのですか?」

「ああ。預言の館の主でもあるお嬢さんは、相当聖力が多いんだろうね。予言者でもそう頻繁に予言はできないし、そこまではっきりした予言はできないはずだ。他の予言者なら、せいぜい赤い靄が見える程度だろう。

 お嬢さんが毎晩予言を行ってしまうのは、それを光の神が望んでいるからだろうね。でも既にお嬢さんは正しく予言できている。これ以上同じ予言を繰り返しても意味はない、聖力を一時的に封じて未来を見えないようにする」

「そんなこと、できるのでしょうか?」

「正しい知識を持っていればね。心配しなくていい、寝る前に飲んで短時間抑えるだけの薬さ。活動時はいつもと変わらず聖力を使えるよ」


 アマリアの顔から不安が消える。


「ありがとうございます!」


 話す魔物を倒してから一月以上経っている。夜眠れない状態が続くのは精神的に負担が大きかったのだろう。


「うん、いい顔になった。

 そうしたら、預言について話そうか」

「良いのですか?」

「もちろんさ。それも聞きたかったんだろう?」


 シンリーが頷くと、アマリアの左隣に座っていたロメリアが身を固くする。


「シンリー様、何を企んでらっしゃるのです?」

「企む?人聞きの悪いことを言わないでおくれよ」

「いつもは進んで人の話なんて聞かないじゃないですか!怪しすぎます」

「おやおや、酷い言い草だねえ。私はただ今回のお客様を気に入っただけだよ。機嫌が良けりゃ、何だってしてやりたくなる性分なんだ。

 それよりロメリア、あんたはここから先の話は聞かない方がいいかもしれないよ」


 シンリーの言葉に、ロメリアは姿勢を正す。


「禁止しないということは、私にとって全く悪い話ではないということですよね。

 私の夢にも関わることでしょうか」


 彼女の言う夢は、今回アマリアが相談したものとは違うものを指しているのだとサルジアは気づいた。


「そうだね。今の状態じゃあむしろ遠ざかる。けれど、先に承諾を得て、危険を共に乗り越えれば、あんたが最も望む形に収まるだろう」

「だったら、聞きます」


 きっぱりと言い切ったのを見て、シンリーはアマリアに苦笑いを見せる。


「すまないね、アマリア嬢。この子も聞いて大丈夫かい?」

「もちろんです。聞かれても問題ないので、先ほど相談させていただきました」

「ふふ、ありがとう。それでは、話を進めよう。

 最初に、魔物とは何か。わかるかな?」


 シンリーはサルジアを見て言った。急に話を振られて驚いたが、サルジアは考えて答えを出す。


「動物に似た、人に害をなす生き物」

「他には?」

「人に害をなさない魔物は、魔獣とされて、魔力と引き換えに人の言うことを聞いてくれる」

「そうすると、最初に言ったことと矛盾すると思わないかい?他にはどうだい?君が感じることでもいい」

「感じること……魔物は違うように感じられる。動物に似ているのに、動物とは違うとわかる。人とも何か違うものだと思う」

「いいね。次は、魔物に関連するものといえば、何を思い浮かべる?」


 サルジアは言葉に詰まった。魔物と言えば、次かその次くらいには、その存在を思い浮かべるだろう。


「悪魔、ですね」


 無意識に自分が避けていたことに気づいて恥ずかしくなるが、サルジア以外は気にしていないように見えた。


「そうだ、悪魔だ。悪魔は魔物を統べるとも言われているね。

 ではアマリア嬢、悪魔と魔物の違いは?」

「悪魔は魔物と違い、人に近い姿をしていて、話すこともできます。悪魔には聖水も効きません。姿を現すのも魔物に比べて非常に稀で、ほとんどは召喚されて地上に現れます。」

「そうだね。

 話が飛ぶけど、こういう魔物とは何か、悪魔とは何かってのは人々にとって重要じゃない。魔物は西から来る、だから壁を作る。魔物は人に危害を加える、だから排除する。危害を加えないなら、上手く利用する。それで済むし、そちらの方が重要だ。生きていくためにはね。

 だから、魔物とは何か、悪魔とは何かってのは議論されてこなかった。危害を加えるわからないものを魔物と呼んだ。そしてその特徴とずれるものを悪魔と呼んだ。

 それは理解できる。だが、いつから魔物と悪魔は区別されたのだろうか。人に似ようが動物に似ようが、害をなす理解できないものなら、全て魔物と呼んでもおかしくはないだろう。

 それに悪魔は()()()現れる。これはどうしてわかったんだ?魔物は西に現れる、だから西から来るものだってのはわかる。では悪魔は?どこからやってきたかは、わからないだろう?召喚すれば、目の前に現れる。ではなぜ普段は地上にいないとわかるのか」

「それは、光の神が預言者に伝えられたからでは?」


 アマリアの言葉にシンリーは頷く。


「そうだね、基本的な話はそれで片が付く。神様は何でもご存じだからね。

 だが私はそうは考えない。悪魔が地上に現れると告げたのは預言者だ。嘘をついているとかの話ではなく、人が伝えたからそうなっているのではないかと、私は思っている。

 預言者がそうそう預言を伝えないのも、それがそう簡単にできるものではないからじゃないだろうか」

「それは、そう聞いたことがあります。光の神もそう頻繁に言葉を交わしには来られないと」

「そして、預言も実は人間には理解しにくい形でしか伝わっていないのではないかと思うよ。

 聖力の多いアマリア嬢でさえ、ぼやけた未来しか見えない。いくら神と直接会っても、その真意を伝達するのは難しいんじゃないだろうか。

 神と直接会えない予言者が未来を視られるのは、それが神が一番人に伝えやすい方法だからはないかい?そもそもきちんと話をできるのなら、預言ももっと詳細なものになるだろう。冬の季節が来る前に、ってのは随分とざっくりした預言だ」

「そうかも、知れませんね……」


 アマリアにも思い当たる節はあるのか、深く思案しながら肯定する。


「おっと、違う方に行きすぎたね。

 つまりは、人は悪魔とは魔物とは何かを定義づけるために思考することはない。それなのに悪魔と魔物を分けるのは、そして悪魔が地上にいないと知っているのは、悪魔がそう言ったからじゃないかと思っている。悪魔は喋るからね。

 そして既に悪魔は地上に現れてくると知っているから、預言者はその前提で人々に預言を告げる。人の理解に沿って、事象を解釈している。

 さて、ここから先は、というか今までも、私の推測に過ぎない。悪魔と魔物について、そして預言について私の推測を述べさせてもらおう」


続きます。

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