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1.偉大なる魔法使いの死

 光の神がつくった国。羽を広げた鳥のような形をしており、東側の翼の先には聖力のわき出る泉があるといわれいてる。鳥の頭にあたる北の先には神の声を聞く神殿があり、尾にあたる南では作物がよく育つ。

 では西はどうなっているかというと、壁が築かれており、西側の翼にあたる部分には立ち入れないようになっている。人間を脅かす魔物が来たからやってくるためだ。

 その防壁のあたりは森が広がっており、住む人も少ない。行き場を失くした人が死を待つ場所だと噂される。

 しかし、その森の中には、人の住んでいる小屋があった。死を予感させる不吉なものではなく、比較的新しいものだ。周囲の木も適度に手が入れられており、小屋の周りは木々の隙間を通り抜けて、光も差し込んでくる。

 その小屋に住んでいるのは魔法使いの少女だった。師匠は王から館を賜るほどの偉大な魔法使いである。今朝方、小屋に届いた手紙には、その師匠についての話が書いてあった。


「師匠、最近来ないと思っていたら……」


 偉大なる魔法使いルドン・ベキアは一月前に世を去った。

 魔法使いは若く見えるが、人間であることには変わりない。ルドンは高齢な方であるとは聞いていた。その死を受け入れるのは彼女にとって難しいことではなかった。

 一月もその情報を得られなかったのも、彼女は師匠の弟子であり、それ以外には繋がりがないからで、むしろこうして知ることができた方が驚きだった。

 誰が親切に教えてくれたのだろう、と今更ながら封筒の差出人を見ると、名前は書かれていなかった。「大地の館」と、ルドンの住む館の名前だけが書かれている。


「ん?」


 よく見ると、封の中に一枚紙が入っているのに気づく。

 手紙よりはかなり小さな紙きれのようなそれに今初めて気がついた。

 指でつまんで引き出すと、紙に魔法陣が浮かび上がる。


「これは、転移の――」


 魔法陣から出て来た光に包まれ、目の前が真っ白になったかと思うと、次に現れた景色は彼女の小屋の中ではなかった。


「――魔法」


 彼女の小屋より天井は高く、壁も随分遠くにある。足元の柔らかな感触は敷き詰められた絨毯によるものだ。

 どう見ても金持ちの家である。


「ようこそいらっしゃいました、サルジア」


 はっと声のする方を見ると、一人の男が立っていた。

 黒い髪は腰まで長く、金の瞳は獣のように光っている。

 美しく整った顔と、皺ひとつない礼服が、この厳かな空間によく似合っている。


「どうして私の名前を……」

「それについては、場所を変えてお話ししましょう」


 男は、くるりと向きを変えて歩き出した。サルジアは数秒遅れて、その男の後を追った。


 案内されたのは、食事をとる場所だと思われる。

 長いテーブルは布や花瓶で飾られているが、どこか寂しい印象を受ける。


「どうぞ、そちらに座ってください」


 椅子の一つを指され、サルジアは大人しく従う。

 座った椅子はふわふわで、サルジアは姿勢を崩しかけた。


「あなた、本当にここが初めてなんですね」

「え?」

「いいえ、気にしないでください。

 ご挨拶が遅れましたね。私の名前はカシモアです」

「カシモア……」

「聞き覚えがありますか?」

「いいえ」


 素直に答えるとカシモアは少しだけ眉を下げた。


「まあいいでしょう。

 私は、ここ、大地の館の管理をしている者です」

「大地の、館ってことは、ここは師匠の館ですか?!」


 サルジアは大地の館を訪れたことはなかった。いつもルドンがサルジアを訪ねてくれるからだ。


「そうですよ、あなたの師匠が偉大なる魔法使い、ルドン・ベキアというならね」

「カシモアさんは、私がルドン・ベキアの弟子と知っているのですか?」

「ええ。主の弟子を見たことのある者はいませんが、その存在と名前くらいは知っています。

 それ以上のことを知ったのは、主が亡くなる直前でした。つい最近までは、弟子がどこに住んでいるのかも、どんな人間なのかも一切知らなかったのです。ここで働く者が何度探りを入れても教えてくれませんでした。

 それがどうしたわけか、死を予感した主が、急に弟子の話を持ち出したのです」


 カシモアは思い出すように目を伏せた。


「自分が死んだ後、この館を子どもに譲る。だが、子どもは館を引き継ぐには一年足りないので、それまで弟子を館の仮の主としたいと」


 サルジアは師匠に子どもがいることなんて知らなかった。


「驚いたでしょう?主に子どもがいただなんて、みな知らなかったのですよ」

「そうなんですね。でも、私が仮の主になる必要があるでしょうか?」

「あなた、何も知らないんですね」


 カシモアは金の目を丸くした。


「王に認められた館は、自分の子どもに引き継ぐことができますが、引継ぎどうこうに関わらず、存続のための条件があるのですよ」

「存続のための条件?」

「ええ。

 王に認められた館は特別です。聖力の溢れる『導きの杯』を持ち、主が年に一度、功績をあげることでその効果を存続できるのです。

 館が主を失ったり、功績を上げられなければ、『導きの杯』は効果を失い、館も取り壊されてしまいます」

「そんな」

「だから、救済措置として、仮の主を置くことが許されているのです。

 存続の条件は難しいですが、その条件を満たせるほどの人物を用意できるのであれば、それも当人の持つ力として館を存続してもよいということです。

 受け継ぐ子どもが館に相応しくなければ、そこで終わりですがね」


 カシモアの言うことを理解して、サルジアは急に顔を青くした。


「待ってください、それって、私が存続の条件を満たせなかった場合、師匠の子どもに引き継ぐことなくこの館はなくなってしまうということですか?」

「ええ、そうです」

「そんな!無理ですよ」

「と、言われましても、あなた以外にこの館の主になれる者はいないのですよ。主がそう決めたので」

「ええ?!」


 そう言われてしまえば、サルジアはこの話を受けるしかなくなる。


「大事な師匠の館を、守りたくはないですか?」


 大事な師匠。カシモアの言う通り、サルジアにとってルドンは大事な人だ。

 ただの魔法の師匠ではない。親に見捨てられたサルジアを拾い、育ててくれた、いわば親のような存在だ。


「できることなら、守りたいです」


 サルジアの言葉に、カシモアは満面の笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。

 では、まずは魔法学院に行かねばなりませんね」

「学校?!どうしてそうなるんですか?!」

「本当に世間を知りませんね。

 魔法を使うには、資格がいるのですよ。個人的な使用であれば問題ありませんが、功績を立てようと思えば、正式な資格がないと話になりません。

 ひとまず魔法学院の学生であれば、使用許可は得られます」

「あれ?そもそも功績って何ですか、魔法を使うのですか?」


 カシモアは目を細めて嫌そうな表情になる。


「気づいてしまいましたか。

 功績というのは、一番手っ取り早いので言えば、魔物を倒すことです。王に何かしら認められれば、それも功績と言えます。

 あなたは魔法使いの弟子。魔法使いの館である大地の館の主としては、魔法を使って魔物を倒すのが一番でしょう?」


 確かにサルジアは魔法使いで、魔物を倒す方法も知っているが、学校に行くとなるとまた別の話である。


「魔法学院に行かずとも、資格を得る方法はないのですか?」

「ありません。何のための施設だと思っているのですか」


 カシモアの声が鋭くなり、心なしか当たりも強くなっているようにサルジアには感じられた。


「あなたの瞳が紫だからですか?」


 唐突に、核心を突かれて、サルジアはまるで時が止まったかのように動きを止めた。


「紫は、魔物を統べる悪魔の色」


 光の神の国において、紫の色を持つ人間は存在しない――はずだった。

 ただでさえ避けられる紫を、サルジアは何故か瞳に宿してしまったのだ。


「わかってるなら――」

「言いましたよね?」


 サルジアの言葉の途中に、カシモアの低い声が割り込んだ。

 同時に、座ったままのサルジアの顎を掴んで、自身の方に顔を向けさせる。


「ルドン・ベキアの館を守りたいと」


 少し屈んだカシモアの長い髪が、サルジアを囲うように垂れている。

 無理やり向き合わされた顔は、驚くほど冷たく、サルジアは思わず悲鳴を上げそうになった。


「あ、悪魔……」

「なんとでもおっしゃってください」


 ふん、とカシモアはサルジアの顔をはなした。


「あなたはこの館の主となります。ですから、私はあなたに仕えますが、この館の管理を任された者として、館を存続できないような主は容認できません」

「とても無茶苦茶なことを言っているのでは」

「いいえ?あなたを、この館の主に相応しくなるようにちょう――教育すると言っているだけです」


 とても物騒な言葉を言いかけたような気がしたが、サルジアは気にしないことにした。せめて人間として扱われますようにと祈りながら。


「では、新しい主、これからよろしくお願いいたします」


 サルジアはとんでもない悪魔と契約してしまったかもしれないと思いながらも、差し出された手を取る以外に道はなかった。

続きます。

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