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オルタード ~とある魔術師の出会い~  作者: 夜風冴
第一章 未知の襲来
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第4話 バースマジック

 魔術師とは、皆生まれながらに魔力を持っていて、その力の扱い方を学び、習得することで、様々な魔法を使えるようになる。しかし、中には学ばずとも、生まれつきその個人特有の魔法を持ち合わせている者もいる。その多くは由緒正しい魔術師の家系の生まれで、その血筋の魔法を継承する。その継承された魔法を、バースマジックという。



 アイザックのバースマジックが目覚めたのは、彼が四歳の時だった。平均で言うと大体目覚めるのは五から七歳辺りだが、彼は通常より早かった。それでも、三歳で目覚めた姉に後れを取った事実を、未だに不満に思っている(もちろん本人には言わないが)。遅れた分を取り返す意気込みで、アイザックは幼いころから自分の魔法を研究し、鍛錬を重ね、その強度、耐久力、柔軟性を磨いてきた。



 あの日、リードと別れた後、アイザックは当然そのまま帰るつもりなど毛頭なかった。リードとマリスから得た情報だけでは足りない。まだ謎が多すぎる上に、たった二人の証言者の言葉を鵜呑みにはできない。自分の目で確かめなくては。そう思い、彼が最初に調べることにしたのが、遺体安置所にある人魚たちの遺体だった。しかし、遺体安置所に出入りできるのは一部の従業員のみだろう。さてどうするかと考えていた矢先に、アイザックはさっき会話をした院長を廊下で見かけた。看護師と何やら話をしているようだった。



 「お話し中失礼」アイザックは院長に声をかけた。



 「ん? ああ、フォーレスト先生。ダニエルくんとの話は済みましたか」



 「はい。あの、一つお伺いしたいことがあるのですが、ちょっとよろしいでしょうか?」



 「ええ、もちろん」



 アイザックは院長を人気のない廊下へ誘導し、彼と向かい合わせに立った。



 「それで、伺いたいことというのは?」院長は緊張した面持ちで尋ねた。



 「伺いたいというより頼みたいですね。どちらかというと」



 「は、はあ。一体何でしょう?」



 「大したことではありません。ただそうやって、私の目をあと二秒見てもらえればそれで」



 「え?」



 一瞬だった。院長が瞬きする前に、瞼が完全に目を覆う前に、アイザックの手から細い鎖が伸びた。それは院長の頭の外部も内部も一切傷つけず、彼の脳へと潜り込んだ。当然、その鎖は彼には見えない。アイザックにしか視認できない透明の鎖。それが院長の脳に到達した瞬間、滝の如く情報がアイザックの頭に流れ込んできた。院長の名前、家族、仕事、その他の記憶。その全てがアイザックに筒抜けとなった。だが、それらの情報は特に重要ではなかった。アイザックが必要としているのはもう一つの体。必要な映像を映してくれる目だ。



 鎖によって院長の脳に接続したアイザックは、彼の意識を奪い、自分のものとした。これで彼の目に映る情報を共有することができる。彼の言動も行動も、全てアイザックの意のままだ。これがアイザックのバースマジック。相手の脳を覗き、その意識をコントロールする力。



 『見透かす鎖クレアボヤント・チェーン



 彼の魔法はそう名付けられた。



 アイザックは廊下から動かず、院長の視界を乗っ取り、体を操作して遺体安置所へ向かわせた。院長には人魚たちの死体を調べさせられないと言われたが、それで簡単に引き下がると思ったら大間違いだ。可能ならば、検視官たちが来る前に死体の現状を確認し、人魚たちを襲った生物を特定したい。



 遺体安置所の場所は、院長の記憶を探ったときに把握した。地下の関係者以外立ち入れないエリアにある。きっとこの男が入ろうとしても、スタッフから理由を聞かれるだろう。それは面倒だ。アイザックは男の記憶をさらに辿り、地下に着くと、病理検査室へ向かった。そこには病理医たちがいる。病理医なら遺体安置所に出入りできるだろう。



 検査室にいた病理医の一人を呼び出すと、アイザックはその病理医が男の目の先にある自分の瞳を見つめるように仕向けた。五秒だ。五秒間、視線をそらさず、瞬きせずにいれば、魔法を発動させられる。アイザックは男の脳内にある鎖を引っ張り出し、男の意識との接続を切った。そして、次はその鎖を病理医の脳に繋がらせ、彼女の意識を支配した。



 急に意識が戻って混乱する院長をよそ目に、アイザックは病理医の体を使って目的地へ足を進めた。遺体安置所にたどり着くと、壁のスイッチを押してドアを開け、中へと足を踏み入れた。天井の白色LEDライトに照らされたひんやりとした部屋だった。漂うホルムアルデヒドの臭いが鼻を突く。奥には死体を保管するための冷蔵庫が配列してあり、灰色のフロアタイルの上には、袋に包まれた死体が乗ったキャスター付きの解剖台が二列並べられてあった。全部で十体。おそらく、殺された人魚たちの死体だろう。



 アイザックは病理医を操り、ゴーグル、マスク、そして手袋をつけ、死体を一つひとつチェックしていった。死体を弄ってしまえば怪しまれるだろうから、非常に残念だが、あくまで見るだけだ。見て分析する。生き残った人魚たちを治療している際は、時間をかけて傷を観察することができなかった。



 人魚たちの無残に食い千切られた体は、やはりどこか異質だった。噛まれたのであろう場所には、歯形というにはあまりにも不格好な傷が残されており、掴まれ、引っ掻かれたのであろう場所からは、狂暴性が溢れ出ていた。腕と尻尾の一部が搾り上げられたかのように潰れている。骨と肉がぐちゃぐちゃだ。何本もの刃物で切り裂かれた様な爪痕。布切れのように破られた皮膚。引きずり出された内臓。やはり彼、彼女らを襲った生物は、大きな口に鋭い歯と爪を持っているのだろう。傷の広さから、体格もかなりの大きさであることが推測できる。しかし、これほどのプレデターがここらの水域に存在するのだろうか。元はこの地域に生息している生物ではなかったのかもしれない。



 やはり傷跡を見るだけでは何の生物かは特定できないか。アイザックがそう思いかけていた時、死体の一つが彼の気を引いた。胴体はほとんど真っ二つになっていたが、拳は硬く握られており、中に何かを持っているようだった。



 (……少し触るだけだ。問題ないだろ)



 アイザックは病理医の手を伸ばさせ、死体の拳を開かせた。この人魚が死んでから、一時間半経ったくらいだろう。体温は当然失われていたが、まだ死後硬直が始まっていないおかげで、難なく手の中を調べられた。そしてアイザックは目を見張った。その人魚の手には、なんと歯のようなものが握られていたのだ。いや、〝ような〟ではない。おそらく歯だ。肉食動物が持つ犬歯と似た形をした、アイザックの掌くらいの長さの歯だ。



 きっとこの人魚が無我夢中で藻掻き、捕食者と戦っている最中に折ったのだろう。瀕死になりながらも懸命に。そして死んでもなお、今の今まで握りしめたままだった。そのような憶測が物語る、今や失われた彼女の生命力を、アイザックは少し感慨深く思った。



  他の人魚も何か持っていたり、もしくは歯や爪の欠片が体に残されているのではないかと期待を胸に探ってみたが、結局見つかったのはその一つの歯のみだった。だがそれでもかなりの収穫だと言える。人魚の死体に袋を被せ直し、全て元の状態に戻すと、病理医を遺体安置所から検査室へ移動させ、歯を検体容器の中に入れさせた。後は簡単だった。アイザックは病院のロビーに行き、ソファーに腰を下ろすと、リールを巻くように病理医を自分の元へ手繰り寄せた。彼女が目の前にやってくると、歯の容器を受け取り、病院の入口に行くと同時に彼女との接続を切った。



 病院から出ると、アイザックは容器の中の歯を眺めた。貴重なサンプルだ。虎の牙のような形をしているが、虎にしてはサイズが大きい。そもそも虎は水中で人魚を狩れるほど泳ぎが早くない。このような歯を持ち、人魚に追いつけるほど泳ぎが得意な生物なんてパッと思いつかない。リードとマリスが言っていたサイレンズ湾に落ちた乗り物のような物体についても気になる。謎の生物の出現と何か関係があるのだろうか。



 アイザックが病院から出てしばらくして、数台のパトカーとすれ違った。アイザックは容器を鞄の中に仕舞い、振り向くと、パトカーが病院の前で止まるのが見えた。どうやら警察が捜査しに来たようだ。おそらくサイレンズ湾での件についてだろう。病院に長居しすぎなくて正解だったようだ。もし警察に見つかって引き留められていたら、捜査に協力する羽目になっていたかもしれない。早くこの場を去ろうと、アイザックは魔法で杖を出し、魔法陣で再び移動することにした。行き先はもちろんサイレンズ湾だ。病院からそう遠くないので、転移するのはたやすかった。



 サイレンズ湾は人魚たちの住処なだけあって広く、太陽光を反射したクリスタルの澄んだ青さをしていた。地元の人々や観光客にとっては理想的な場所だろう。きっと夏になれば砂浜はビーチタオルやパラソルで埋め尽くされるに違いない。現在、何台ものパトカーに囲まれ、辺りをうろついているユニフォームたちを見渡しながら、アイザックは想像した。海の方には小舟が何艘か出ていた。サイレンズ湾に落ちた何らかの物体の探索のためだろうか。とにかく情報が必要だ。



 砂浜への通路は進入禁止のテープで塞がれていたので、アイザックは近くに駐車してあったパトカーの横で、誰かと連絡を取っている警察官の一人に声をかけると、『見透かす鎖クレアボヤント・チェーン』で彼の記憶を漁った。どうやらリードが言っていたことは本当のようだった。今朝、サイレンズ湾に何かが落ち、爆散した。残された破片の回収を今行っており、まだ何の破片かは確認が取れていないようだ。それに加え、警察は人魚を襲った存在を追跡中。生き残り、運よく無傷でいられた人魚たちからは、既に話を聞いたようだ。彼、彼女らが目撃した生物の特徴は、大体マリスが言っていたことと一致した。大きな体、ロブスターの甲羅のような皮膚、四本足、長く先の尖った尻尾。離れた場所で隠れていた人魚たちは、暗い海中に揺らめく黒い影と、四つの赤い光が線を引き、次々と仲間を切り裂いていく様を見たという。



 突然の襲撃の後、謎の生物は姿をくらました。人魚たちを全員避難させ、海での捜索が今行われているが、未だ行方掴めず。その生物が陸に上がった可能性を考慮して、サイレンズ湾の周辺も捜査しているようだ。



 アイザックは自分の鼓動が早まるのを感じた。この自分でも特定できない謎の生物がまだ近くにいるかもしれない。知りたい。誰よりも先に、その生物の正体を暴いてやりたい。調べ尽くしたい。警察に発見され、拘束されてしまう前に見つけなければ。



 好きな物語の最終回の手前まで来た時の興奮と焦燥感に似た気持ちに駆り立てられ、アイザックは警察官との接続を切り、足早に次の都合の良い体(パペット)を探した。幸い、海の近くにいるおかげで、周りに何羽もカモメが飛んだり、呑気に道を歩き回ったりしていた。アイザックは鎖を一羽に巻き付け、引き寄せると、そのくすんだ黄色に縁取られた墨色の瞳孔を五秒間見つめ、支配下に置いた。鳥は良い。高位置から現在地の全体図を見晴らすことができる。



 早速カモメを空へ送ると、アイザックはカモメと共有した視界で海を見下ろした。この位置からなら船たちの様子も確認できる。そのうちの一艘が、丁度何かを海から引き上げているところだったので、真上まで降りてみた。船上に乗せられた物は、大きな鉄の塊のようだった。何らかの機械のパーツ、正確には壊れた機体の表面に似ている。ミサイル単独による攻撃の類ではなさそうだ。ならやはり航空機でも落ちたのだろうか。



 アイザックはカモメに何回かサイレンズ湾を周回させたが、妙な影や動きをする生体は見当たらなかった。水中も調べた方が良いかと思ったが、これだけの船が出ていて、まだ人魚を狩れるほどの危険生物を見つけられていないとなると、もうとっくに沖へと逃げたか、もしくは陸に上がった可能性が高い。前者なら残念だが、後者なら探し出すのに好都合だ。



 カモメを陸の方に飛ばすと、アイザックは周辺の丘、林、町中を探索した。途中でもっと目が必要だと思い、『見透かす鎖クレアボヤント・チェーン』で更に三羽のカモメの意識を捕らえた。同時にコントロールできる意識は四つが限界だ。アイザックは四羽のカモメの意識を四つのモニターに映る映像として頭の中で把握し、巧みに操った。そうやって木々、草原、岩々の間や、町中の路地、家々の敷地内なども入念に調べた。しかし、探索を始めてから三十分経っても、特に目につくものは発見できなかった。大きな図体に、人魚を殺せるほどの牙や爪を持った生物が急に現れれば騒ぎになりそうなものだが、町の人々は普通にいつもの暮らしを送っているようだった。ただ、サイレンズ湾での噂は広まっているようで、所々でその話題が囁かれていた。しまいにはサイレンズ湾の周りに野次馬が集まる始末。警察はその対応にも追われ始めていた。



 捜査範囲を広げてみるか検討し始めたその時、サイレンズ湾の現場にバンが二台到着した。警察の増援でも来たのだろうかと思ったが、バンの一台から出てきたある人物を目の当たりにし、その予想は打ち砕かれた。長い癖毛のプラチナブロンドの髪を揺らし、藤色の瞳で辺りを見渡すその姿。見覚えのある自信たっぷりの笑み。間違いない。



 アンジェリカ・マーシーだ。



 アイザックは舌打ちした。よりによって今一番会いたくない人物が来てしまった。もうこの区域で迂闊にバースマジックを使えない。連中にバレたら厄介なことになる。アイザックは素早く四羽のカモメとの接続を切ると、バンから次々と出てくる人員たちに見られる前にその場を離れた。そろそろ潮時かもしれない。転移魔法で大学に戻った方が良いと思ったが、やはりどうしても諦めきれず、もう少し町中を見て回った。しかし、結局最後までサイレンズ湾に現れた謎の生物を見つけ出すことができなかった。

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