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オルタード ~とある魔術師の出会い~  作者: 夜風冴
第一章 未知の襲来
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第2話 人魚の涙 (1)

 雲一つない晴天と、逆光で黒く染まる数羽のカモメ。数キロ先に空と落ち合い、溶け合えるほど青い海が見える。周りにはたくさんの緑と、それをまだら模様に彩る家々の屋根が広がっている。セイクレッド・スプリングス病院は田舎町にあった。心地いい潮風が白衣を靡かせる。時期が春なのもあって、丁度いい気温だ。アイザックは周りの風景を一望しながら、目前の病院へ足を向けた。都会と比べればそれほど大きくない総合病院といった感じだ。



 病院内に入ると、ロビーのソファーで涙を流しながら身を寄せ合っている二人の女性と、落ち着きがない様子でその場をウロウロしている一人の警官らしき男性がいた。男はアイザックと目が合うと、ハッと一瞬立ち止まり、駆け寄ってきた。



 「も、もしかしてフォーレスト先生ですか?」焦りと期待で満ちた目で彼は尋ねた。



 「はい。貴方が電話をくれたリードさんですか?」



 「はい、そうです! 来てくださってありがとうございます!」



 警察からの電話だったのかと、アイザックは微妙な気持ちになる。しかし、見たところ彼はアイザックとさほど年齢の差はないようだ。顔つきからしても、おそらく新人だろう。ならば特に問題なく仕事ができそうだ。



 リードが受付にアイザックの到着を知らせると、すぐに看護師の一人がアイザックを緊急治療室へ案内した。そこでは案の定、医者たちが部屋の両側に並べられているベッドに横たわる人魚たちの治療に追われていた。患者は全部で十二人のようだ。



 「フォーレスト先生が来られました!」看護師がそう叫ぶと、医者たちの何人かがチラリとアイザックへ眼を向けた。他の医者たちはそれどころじゃないのか、患者に集中力を全て注いでいるようだ。



 ひとまず状況確認をしようと、アイザックは人魚たちの様子をザっと見て回る。虹色の輝きを放つ水色のオパールを敷き詰めたような長い尻尾が、ベッドからはみ出している。サイレンズ湾の人魚は、陸に上がれば自然と肺呼吸に切り替わるよう上半身が人間のと類似した構造に変化するはずだ。下半身も意識的に二足歩行に変えることができる。それができていないということは、それほど余裕がないのだろう。それもそのはず。人魚たちは皆、尋常ではないほどの重症を負っていた。肩、腕、脇腹、そして尻尾への損傷が激しい。肉が抉れ、骨が砕かれ、鮮血がダラダラと傷口から流れ出ている。しかも刃物で切り刻まれたり、銃弾で貫かれたりなどの分かりやすい傷跡ではない。まるで何かに乱暴に食い千切られたかの様な、人間味を一切感じない野性的な残酷さを含んだ捕食の跡が残されていた。



 サイレンズ湾は平和な場所だと聞く。ここに来る前に調べた情報によれば、観光スポットにもなっていて、人間たちはそこにいる人魚たちと良好な関係を築けているらしい。ならば、ここにいる人魚たちを襲ったのは何だ。



 疑問はいくつも浮かんでくるが、今は隅に置いておくしかない。アイザックは一番深手を負っている患者の元に行き、医者の一人の肩に手をかけた。



 「失礼。今から治療を行うので、そこをどいてください」



 「え? あ、ちょ、ちょっと――」



 医者たちの戸惑いを無視し、アイザックは彼らの間を割って入った。患者は瀕死状態。何とか止血しようという医者たちの試みを感じるが、このままでは助からない。これは時間との戦いだ。傷口に両手をかざし、力を込めながらアイザックは集中した。周りの声、物音、必要のない情報を全て遮断し、患者の体を凝視する。柔らかい若葉色の光が両手を染め、傷口を照らし始めた。



 この世の全ての生物には、生命エネルギーが流れている。それは並みの人間には視認できないものだが、魔術師であるアイザックには見える。微かに巡る、血潮のような光るエネルギー。彼は人魚の体内にも当然存在するそのエネルギーを捉えると、それを操り、細胞の再生スピードを加速させる。人魚の体の仕組みは熟知しているので、肝心なのはイメージだ。相手を健康体に戻すために、どこをどう治せばいいのか、鮮烈にイメージする。患者の生命エネルギーばかり使うと、かえって相手の体に負担をかけてしまうので、アイザックは自分自身の生命エネルギーも活用した。患者の傷口は、みるみるうちに塞がり始める。



 人魚を治療するのはインターンシップ以来だったが、問題はなさそうだ。アイザックは素早く且つ正確に作業を進めた。そして数分後、一人目の患者の治療が難なく終了した。これでコツは掴めた。ここからは治療のペースを早められるだろう。アイザックは足早に次の患者の元へ移動した。周りの医師たちの動揺や歓声は、もう彼の耳には入って来なかった。

第2話は長くなりすぎたので、3つに分けて投稿したいと思います。ぶつ切りですみません!

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