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オルタード ~とある魔術師の出会い~  作者: 夜風冴
第一章 未知の襲来
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第1話 依頼

 広大な迷路のような図書館の通路を、男はひたすら導かれるように歩いて行く。辺りは静まり返っていて、他には誰もいないようだ。その分、男の足音が大きく感じる。心地良い静寂だ。この大量の本や資料で敷き詰められている空間を独占している気分になる。



 両側に並ぶ本棚に目をやりながら、男は確信を持って歩み続ける。周りの本にも興味が湧くが、探し求めているものは別にある。そうだ、そのためにここに来たのだと、彼は自分に言い聞かせる。



 上を見上げると、様々な天井画が建物内を彩っている。丸い天井の中心にある絵には、海辺の岩場に腰掛け、横たわるかのように、薄い布を纏った天使たちが、雲の上で戯れている。その雲の一番上には炎が咲いていて、その火炎の花びらを優雅に広げている。その中から一羽の赤い鳥が飛び出していくのを天使たちは見守っているようだ。その様子を雲の下の海ではボートに乗った人間たちが見上げている。あの美しい鳥には、当分届きそうにない。



 男は少し足取りを早め、奥へ奥へと無数の本棚の間を通りながら進む。すると、本棚で円く囲われた奇妙なスペースにたどり着く。よく見ると、床には長い蛇の絵が、そのスペースを囲むように描かれている。彼は蛇を跨ぎ、その空間の真ん中あたりに立つと、周りの本棚を見渡した。一冊の本が目に入る。他の本と見た目はあまり変わらないのに、何故か心が強く惹かれる。彼だけに見える輝きを放っているようだ。



 男は本の方に歩み寄り、手を伸ばした。本の背表紙に触れ、そっと引き出す。古そうな表紙には何も書かれておらず、紙は黄ばんでいる。だが、彼は予感していた。この本こそ、自分が求めている真実へ導いてくれると。



 緊張で少し指先が震える。男はゴクリと唾を飲み、恐る恐る本を開こうとした。丁度その時、何かが頬に触れた。いや、というより、押し付けられる感じだ。何か尖ったものが頬をグリグリと刺激してくる。



 何だ、邪魔をするな。今大事なところなんだ。男は顔を顰め、頬を突く何かを振り払おうとし、目を開けた。すると、いきなり視界に見知った顔が飛び込んできた。



 「やあ、アイザック。やっとお目覚めかい?」



 ワイシャツとスーツベストの上に薄手のコートを羽織った、ネイビーブルーのショートカットの人物が、笑みを浮かべながら男を見下ろしていた。モノクルの奥の瞳は、心底愉快だとでも言うかのようだ。おそらく彼女が頬を突いていたものの正体だろう。アイザックは辺りを見回した。白い天井、すぐ横の黒い表面のテーブル、色んな形の容器、箱、瓶が置かれたテーブルの棚。いつの間にか手中にあった本は消え、自分がいる場所も図書館ではなく、いつもの大学の研究室だった。



 (……夢か……)



 アイザックはため息をつき、手の甲で軽く目を擦る。夢でもいいから、せめて本の中身を確認したかった。あと一歩だったというのに。何とも目覚めが悪い。



 「それにしても器用な寝方をするね、君は。また研究室で寝泊まりかい? 私の予想だと、今日で一週間目かな?」



 彼女の言う通り、アイザックは研究室用の椅子を五つ並べて、その上に仰向けになってさっきまで寝ていた。彼の白衣はブランケット代わりにされていた。



 「……まだ五日目だ」そう答えると、アイザックは体を起こし、伸びをした。



 「そんな風に寝ていてよく途中で転げ落ちないね」



 「落ちる時もある」



 「あるんだ……」



 「そんなことより」



 アイザックは立ち上がり、白衣を着ると、改めて自分の眠りを妨げた友人の方へ向き直った。



 「何の用だ、ミネルヴァ。研究室には鍵をかけていたはずだが、どうやって入ってきた? まあ、大方見当はつくが」



 ミネルヴァは当然のようにこの三階の研究室の窓を指さした。下ろしていたはずのブラインドが上がっており、眩しい朝日が暗く狭い部屋を白く照らす。



 「もちろん、窓からさ。今日は天気が良いよ。君も研究室に籠りっぱなしじゃなくて、もっと外に出て自然と触れ合うと良い。写真とか実験用の植物や動物とかじゃなくてね」



 アイザックは自分の腕時計を確認した。もうすぐ朝の七時だ。今日は午前中にラボの授業を一つ受け持っている。その準備をしなければと、彼はテーブルに置いてある自分のパソコンを閉じ、本や資料やらを纏め始める。



 「君は俺に説教するためにわざわざここに来たのか? いらない心配だ。話が済んだならお引き取り願おう。俺は忙しい。」



 「いやいや、まだ話は終わってないよ」ミネルヴァは慌てて切り出した。「君、寝てて気づかなかっただろ。何回か電話がきたはずだよ。依頼関係の。私はアスター教授に頼まれて、それを君に伝えに来たんだ」



 「依頼? こんな朝早くにか?」



 「ああ。急用のようだよ」



 怪訝に思いながらも、アイザックは自分の鞄の中を探り、携帯を取り出した。着信履歴を調べると、確かに同じ人物から電話が何通か来ていた。とりあえず折り返しの電話を掛けると、相手はすぐに出た。



 「はい、もしもし!」力強い、しかしどこか緊張感のある声が電話越しから響いた。



 「もしもし、アイザック・フォーレストです。先程はお電話に出られず申し訳ございませんでした。ご用件は何でしょうか?」



 「あ! フォーレスト先生ですか! よかった! はい、実は緊急で、あの、今からセイクレッド・スプリングス病院まで来てくれませんか?」



 要件は何かと聞いたのに、碌な説明もせずにまず頼みごとをしてくるとは。若干苛つきながらも、アイザックは落ち着いた声で返す。



 「何かあったのですか? あと、お名前は?」



 「あ、すみません! 自分は、ダニエル・リードと言います。実は先程、病院に患者が数人運び来られまして、全員重症で……それに患者はみんな人魚なんです!」



 「人魚?」



 「はい! でも病院には人魚の生体に詳しいお医者様が少なくて……ですから、すぐに病院の方まで来てくれませんか? フォーレスト先生の力をお借りしたいんです!」



 喋れば喋るほど、リードという男の声から必死さが滲み出てくるのが分かる。よほど現場の状況が芳しくないのだろう。それにしても緊急の患者が全員人魚とは。生きている人魚を直接診ることができるのは貴重な機会だ。こういう依頼が毎回来てくれればいものをと、アイザックは頭の中でぼやいた。



 「患者たちはどこ出身の人魚なんですか?」



 「あ、サイレンズ湾です!」



 「サイレンズ湾……分かりました。セイクレッド・スプリングス病院でしたよね。すぐに向かいます」



 「あ、ありがとうございます! 病院の方々にもそうお伝えしておきます!」



 「はい、では後ほど」



 電話を切ると、アイザックはひとまずパソコンと研究資料を鞄に詰め、携帯でセイクレッド・スプリングス病院の場所を調べた。サイレンズ湾に一番近い病院のようだ。



 「また治療の依頼かい? しかも今度は人魚の。珍しいね。人魚って警戒心が強い種族が多いのに。良いなー、私も同行したいよ」



 ミネルヴァはアイザックが並べた椅子の一つに座り、隣のテーブルに頬杖をつきながら、羨ましそうに彼を見た。



 「君が来たら仕事の邪魔になるから却下だ。という訳で、俺は今日の授業の指導はできない。代理を探すよう教授に伝えてくれ」



 「もう伝わってるよ。君が電話に出ないから、先に教授の方に連絡が行ってるよ。代理は探しておくから行っておいでだってさ」



 「そうか」



 あの教授は話が早くて助かる。アイザックはそう思いながら、鞄を肩に下げ、片手を前に出した。すると、翠色の光が掌から生まれ、そこから短剣のついた二本の銀色の鎖が飛び出した。鎖は蛇のように二重螺旋状に絡み合い、先の短剣が交差すると、その上に翠色の水晶玉が構築される。光が消えるころには、アイザックの手には先端に水晶玉のついた鎖で形成された杖が握られていた。



 「では行ってくる。後は任せた」



 「えー、もう、仕方ないなあ」



 ミネルヴァは面倒くさそうにテーブルに放置してある使い終わった実験用の道具に目をやり、ため息をついた。アイザックはそんな彼女の反応を一切気にせず、杖を床に突き立てると、足元に円状の光が現れ、転移用の魔法陣が描かれた。



 「あ、そういえばネットで噂になってるんだけど」ミネルヴァは思い出したように言った。「今朝、夜明け前に謎の物体がサイレンズ湾に落ちて爆発したんだって」



 「謎の物体?」



 「そう。隕石が落下したのかもしれないだとか、どっかの国がミサイルを撃ち込んできたんじゃないかって、ちょっとした騒ぎになってるよ。もしかしたら……君の依頼はその件と何か関係があるのかもしれないね」



 片づけをする代わりに後で色々教えてくれよと、ミネルヴァは好奇心で瞳をキラキラとさせている。このままでは本当に一緒について来そうだと思い、アイザックは手早く杖で軽く床を叩き、魔法陣を発動させた。光の渦に包まれながら、彼女が話した〝謎の物体〟について思いを馳せる。確かに少し興味がそそられる。仕事のついでに調べてみてもいいかと、アイザックは再び携帯を鞄から取り出した。

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