第9話 貴族を殺す
賊の襲撃から数日が経った。
アルが魔族の男をぶっ殺した後、すぐに他の賊の掃討に入った。
普通だったら、頼りの綱である魔族を倒したことで、相手の気概をへし折って降伏勧告するところだろう。
戦うとなれば、基本的に自分も死ぬ可能性が出てくるから、無血で解決できるのであれば、それに越したことはない。
……そう、普通なら。
アルは用心棒で強者の魔族が殺されて呆然としている賊たちの元へ行くと……問答無用でぶっ殺し始めた。
いやー、えぐい。あれはえぐいわ。
もう害虫を叩き潰していくような、作業的な感じになっていたし。
賊の反応は様々だった。
逃げようとしたり、戦おうとしたり、命乞いをしたり……。
まあ、全員ぶっ殺されたんですけどね。
逃げようとした者は背中がエビぞりになるような聖剣(瓦礫付き)のフルスイングを受け死亡。
戦おうとした者は武器ごと『ふぅん!』されて死亡。
命乞いした者は一切聞き入れられず、下げていた頭に瓦礫を叩きつけられて死亡。
うーん、この大量虐殺者。
世が世なら猟奇殺人犯として名を轟かせていそう。
……いや、ある意味手遅れか。
私は村の復興を見ながら、足をパタパタ揺らしつつ考える。
「おーい、こっちに木材持って来てくれー」
大工の元に、大量の角材を担いだアルが現れる。
「任せろ」
「うおおっ!? び、ビビった。そんなに持って大丈夫か、兄ちゃん?」
「大丈夫だ、問題ない」
「お、おお……。ありがとな」
身の丈を軽く超える巨大な角材を大量にばらまいて、アルは離れた。
ちょっと汗をかいている程度でしかないのがやばい。
私の加護もないから、単純にアルの筋力なんだけど……。
別に見た目はゴリゴリマッチョマンではないのよね。
どこからそのバカ力を出しているのかしら。キモイ。
「よくこんなしんどいことを自分から手伝おうとできるわねぇ。全然分からないわ」
「人のために何かをするというのは素晴らしいことだぞ。お前も汗をかけ」
「私、人間じゃなくて精霊だからできないわぁ」
へっと笑う私。
どうして人間なんかのために、私が汗水たらして働かなくてはならないのか。
どこにも理由がない。
……聖剣? 知らんわ。
別に聖剣だから人間を助ける義務なんてないし。多分。知らんけど。
「そうか」
「あぁっ!? 汗を私の服で拭わないでよ!」
嫌がらせだろう。アルが私に抱き着いてゴシゴシ服に顔をこすりつけてきた。
傍から見るとやばい絵面よ!
ベチベチと頭をはたいて離れさせ、自分の衣服をスンスンと鼻を鳴らして嗅ぐ。
うぅ、汗臭い……。くちゃいわ……。
「あの、お疲れ様です。少し休憩されませんか?」
そんな私たち……というか、これ絶対アル目当てね……の元に、ラーシャが水を持って来てくれた。
矢を受けていたが、すでに完治している。
ハンナが怪しい液体をぶっかけて治したらしいが、ポーションだろうか?
あれ、なかなか高いし、そもそもこんな早く傷跡すら残さず治癒できるものだっけ?
まあ、どうでもいいか。
得体のしれない液体をかけられたのは、私じゃないし。
「ああ、ありがとう」
「お礼を言うのはこちらの方です。アルバラードさんに手伝ってもらって、想定よりも何倍も早く修復が進んでいると、皆喜んでいます」
「私のやることで喜んでくれるのであれば、これ以上のことはないな」
水を飲み、ふっと笑みを浮かべるアル。
……この男の質が悪いところは、これを本気で言っていることである。
正直、こういう考え方の人間というのは、受け手側の好き嫌いが結構別れるところだろう。
ちょっとひねくれていたりする奴は、こういう思想を偽善だと馬鹿にして嫌う。
しかし、普通の人からすると……しかも、自分たちの村と命を救ってくれたという実績を持つ男が言うと……。
「…………」
ぽーっと頬を赤らめてアルを見るラーシャ。
うっわ。男の趣味わっる。
「……これは止めておいた方がいいと思うけど」
「ち、違います! 私はそういうのじゃ……!」
「うちのラーシャに変なこと言うの止めてくれる?」
目をグルグル回して、慌てて否定するラーシャ。
免疫がない彼女がそのまま倒れそうになる前に、少々刺々しさのある声が割り込んできた。
「ハンナか」
紫の豊かな髪を揺らしながら、不機嫌そうな顔をするハンナ。
アルが来るまでの間、魔族と戦って時間稼ぎをし、ラーシャを逃がした実力者。
しかし、本人曰く錬金術師らしい。
正直、あまり知らないんだけど……錬金術師って魔族を追い返せるのが普通なの?
こわ……。
そんなハンナは、呆れたように目を細める。
「ハンナか、ちゃうわ。ほんま……自分の愛人のこと、ちゃんと制御しときや」
……愛人?
アルにそんなのいたっけ?
絶対正義執行マンに、そんなのいなかった気がするんだけど。
と思っていたら、ハンナの眼は私を捉えていた。
……ほほう、なるほどなるほど。私が愛人ね。
はっはっはっ。
「誰が愛人だぶっ殺すぞ」
「な、何でそんな殺意マシマシなんや。好意なかったら、一緒に旅なんかせえへんやろ」
「ぶっ殺してやる!!」
「えぇっ!?」
私はハンナに飛び掛かり、地面に引き倒す。
こっちの事情も知らない小娘が!
絶対に許さないわ!
引きこもりを無理やり連れ出された私の気持ちが分かるか!?
「というか、あなたも手伝ったら? ラーシャは色々動いているのは知っているけど、あなたはほとんど見ないんだけど」
無駄に育っているハンナのおっぱいをビンタしながら言うと、半泣きになりながら逃げられた。
ちっ。
「あー……ほら、うちって研究とかで忙しいから」
「ふーん。あなたって、嫌われてそうね」
「き、嫌われてへんわ。な、なあ、ラーシャ?」
「…………そうだね」
「ラーシャ!?」
そりゃ、忙しい時に変な理由付けをしてそれから逃げていたら嫌われるでしょ。
まあ、致命的な感じではないのは確かだ。
結局、魔族と賊の多くはアルがぶっ殺したわけだけど、少数を倒したのはハンナだし、魔族に対し時間稼ぎをしたのも彼女だ。
感謝している者ばかりだろう。
「それに、領にも被害があったことを言っているんでしょ? 支援とかしてもらえるだろうし、ハンナが動かなくても大丈夫ね」
「ああ。ブヨブヨは、いらない」
「おい、どこ見てブヨブヨって言った。これはおっぱいや! 男が大好きなムチムチや!」
触ってみい! とアルに迫るハンナ。
貞操観念低くない?
確かに、衣服の上からも分かるほど大きな胸だ。もげればいいのに。
それを必死にアルに押し付けようとして……というか、実際に押し付けているのだが、アルの顔は微塵も変わらない。
デレデレしているアルも気持ち悪いと思うけど、こんなにも無反応なのは、それはそれでどうなのだろう……。
「それに、領には報告していますけど、支援はないと思います」
「え、どうして?」
私はポカンとしてしまう。
人間のことはよくわからないが、こういう時は公が助けてくれるものではないのか?
ラーシャは悲しそうに、ハンナは忌々しそうに顔を歪めた。
「そういう奴なんや、ここの領主は。自分勝手で気まま。ほんま貴族ってクソやで」
「そ、そこまで言ったらダメよ、ハンナ」
そう言いつつも、ラーシャは否定していない。
善良そうなこの子でもこういう態度ってことは、よっぽどの奴が領主なのね、ここ。
こういうので割を食うのは領民だものね。
まあ、私は関係ないけど。
……って言って知らんぷりしたいのだけど、非常に不本意ながら私を握っている男がいるから、そうもいかない。
それに、こんな話を聞いたら、色々と頭がぶっ飛んでいるアルは……。
「……で、その話を聞いたアルは、まさかだけど」
「ああ、さすがは愛剣。私のやるべきことを、すでに分かってくれているか」
ふっと爽やかな笑顔を浮かべるアル。
「貴族を殺す」
「ひぇぇぇ……」
なんて邪気のない笑顔で殺害予告をするのだろうか、この男は。