第87話 誰一人、生かして返さん
アリアス教総本部。
荘厳な大教会は、この国の王城をも超えるほどの立派な造りだった。
多くの信者からの寄付等で建設されたそれは、アリアス教の象徴にもなっているほどだった。
そして、幹部たちはこの城のような大教会の中で暮らしている。
もちろん、出張のような形で各地方に飛ぶことはあるが、居住しているのはこの大教会だった。
なにせ、ここは信仰の総本山。幹部であるなら、ここに暮らすことがある種のステータスになっていた。
また、この場にいれば、信者たちがそれは丁寧に世話をしてくれる。
彼らがやることは、適当に会議をして自分たちの都合が良いようにアリアス教の方針を固めることだけだ。
今回、他宗教を攻撃して信者を改宗させようとしたことも、自分たちの手足を増やしたいだけ。
他宗教の財産を収奪したのも、自分たちの懐を潤したいだけ。
権力を長期間握る人間は、概して腐っていくものである。
最初は篤い信仰心を持っていた彼らも、その例にもれなかった。
そんな彼らは、今滑稽なほどに狼狽し、一つの大きな礼拝堂にいた。
「ど、どういうことですか!? こ、これは……こんなこと、本当に起きていていいのですか!?」
「いいわけあるか! し、しかし、現実に我々は攻撃を受けている!」
彼らが狼狽している理由は簡単だ。
このアリアス教総本部に、襲撃があったからだ。
堅牢な城塞のような造りをしている大教会。
そのあちこちから、大きな破壊音が鳴り響いている。
もちろん、自分たちの保身のことを第一に考える彼らは、彼らを守ろうとする熱心な信者たちを置いて逃げようと画策した。
しかし、どういうわけか外に通じる部分はすべて破壊され、瓦礫にうずもれていた。
彼らに強い力があればその瓦礫を吹き飛ばして逃げることもできたかもしれないが、この中にそんな力を持つ者は誰もいなかった。
完全に逃げ道をふさがれた鼠のように、一つの場所に集まって震え、周りに焦りを怒りに変えてぶつけることしかできていなかった。
「護衛は……懲罰部隊はどうした!?」
「迎撃に当たっていますが、続々とやられていっています!」
アリアス教の武装勢力である懲罰部隊。
当然、ここには大勢の主力が詰めているし、襲撃に対して応戦している。
が、相手が悪すぎて、彼らでは荷が重かった。
「クソ……! まさか、『血染めの勇者』と『血みどろバーサーカー』が同時に襲い掛かってくるなんて……! いったいどうして……!?」
血染めの勇者、アンタレス。
彼女の名は、とても知れ渡っている。少なくとも、後ろめたいことをしている自覚がある者には。
彼女は悪に対して苛烈に対応する。
そして、お金や男で釣ろうとしても、絶対に甘言には乗らない。
権力者からすれば、非常に厄介な相手だった。
しかし、彼女たった一人だとすると、懲罰部隊の全軍を持ってすれば抑え込むことはできたかもしれない。
それができない理由は、彼女のほかにもう一人現れたからである。
そう、自分を勇者だと強硬に主張し続けている大量殺人鬼、アルバラードである。
彼の名も、アンタレスほどではないが一部で知られている。
公式に勇者として認められていないため表舞台にはほとんど出てこないし、彼に目をつけられた者は大概が殺害されるので、誰もが知るほどの有名人ではない。
だからこそ、知る人ぞ知るという、超危険人物だった。
「聖女ルサリアはどこか!? 神具を複数保有する彼女なら、あるいは……!」
「連絡が取れません!」
「ぐっ……! 今回のことにも反対していた女が……! 覚えておけ、次に会ったら神具もすべて取り上げて、苛烈な罰を与えてやる……!」
相変わらず現体制に否定的なルサリア。
高い人気と実力からそれに対して何もできなかったが、ここまでのことが起きているのに動かなかったというのは、大きな失態となる。
美しい容姿もしている。その罰は、自分たちが直接下してやろう。
そんなことを考えて厭らしい笑みを浮かべていれば……その笑顔は凍り付く。
「ひっ!?」
ダン! と巨大な扉が破壊される。
荒々しく吹き飛ばされ、外からズカズカと入り込んでくる二人の男女と、それに引きずられる女。
「そんな心配をする必要はない。なぜなら、お前らは……」
「ここで一人残らず死ぬのですから」
聖剣を構えて悠然とたたずむ男女。
彼らは、そんな二人のことをよく知っていた。
「ぜ、『絶望』と『血染めの勇者』……!」
「うん、悪人にしか見えないんだけど……」
アルバラードとアンタレスのすぐ後ろで、引きずられていた女――――聖剣は深くため息をつくのであった。
◆
私の前で、二人の頭のネジがぶっ飛んだ勇者が、震えながらこちらを見るアリアス教幹部たちを見て会話する。
「見ろ、アンよ。私たちが討ち取らなければならない連中が、わざわざ一室に集まってくれているぞ。手間が省けるな」
「はい。彼らも自分たちの悪行を悔いているのかもしれませんわ。しっかりと殺して差し上げなければ……」
「うむ。アリアス神のことがとても好きなようなので、それの御許に送ってやろう」
「サイコパス同士の会話って本当に怖い……」
うんうんととても納得したように頷き合う二人。
何なの、こいつら……。怖すぎるでしょ……。
はたから見ている私でも怖いのに、その殺意を直接向けられている彼らの恐怖はいかほどのものか。
彼らは地面にひれ伏し、涙を流しながら許しを請う。
「ひっ、ひぃっ! た、助けてくれ! 私は違う! こいつらが勝手に進めたことなんだ! 私は反対していた!」
「き、貴様、嘘をつくな! 反対していたのは俺だ! こいつはむしろ他宗教への攻撃を推進していたぞ!」
「わ、私を助けていただければ、なんでも差し出しますよ! お、お金はもちろん、権力も……び、美男美女だって!」
必死になって周りを蹴落とし、自分だけは助けてもらおうと声を張り上げる幹部たち。
うん、お金とか性欲に訴えかける命乞いというのは、人間の中では一定の成果を上げられるものなのだろう。それは分かる。
しかし、残念。もっとアルとアンタレスのことを理解する必要があったわね。
「ふっ、安心しろ」
「そうですわ」
命乞いを受けた二人は、思わずといった様子で笑いあい、そして彼らに無慈悲に告げる。
「誰一人、生かして返さん」
「ですよねー」
案の定の返答に私なんかは諦観できるが、自分たちの命がかかっている幹部たちはそうもいかない。
悲痛な悲鳴を上げて逃げようとしているが、逃げ場がない。詰みである。
しかし、そんなとき、ゆっくりと歩いてきた男がいた。
「ふん、落ち着け、貴様ら。みっともない醜態をさらすな」
「ご、ゴードン!」
その男――――ゴードンというらしいが――――は、スラリと高い体躯から震える幹部たちを見下していた。
そう、見下ろしていたのではなく、明らかに見下していた。
手に乗るほどの形代を持ち、悠然と立っている。
幹部ではあるようだが、他の者たちとは違う雰囲気だった。
「誰だ、お前は?」
「その不敬な態度に応えてやる義理はないが……。まあ、いいだろう。今、俺は気分が良い」
おぉ……。アルに対してそんな態度をとれることに、私は拍手を送りたい。
まあ、殊勝にしていたとしても殺されそうだけど。
ゴードンは薄く笑った。
「俺はゴードン。アリアス教の教祖だ」
「そうか。死ね」
「い、行ったああああああああああ!?」
自己紹介の直後、アルが問答無用に黒い斬撃を放つ!
それらは情け容赦なく、ゴードン含めた幹部たちを飲み込んだ。
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期間限定となります。上記からも飛べるので、ぜひご覧ください。




