第86話 アル……あんた、頑張りなさいね……
どうやら作戦会議が終わったようで、アルとアンタレスがこっちに近づいてくる。
その雰囲気を感じ取った瞬間、シャノンはいつの間にか消えていた。
あんなにでろでろに甘くなっているんだったら、直接会えばいいのに……。
そう思ったが、おそらく直接会ってしまうと我慢ができなくなるんだろうな、色々と。
今まで以上に贔屓とかしそうだし、そこは最低限超えてはいけないラインだと思って自重しているのだろう。
なるほど、神にしては我慢強い。
……でも、なぜだろう。近い将来、そのラインを飛び越えてしまいそうな予感がするのは……。
近づいてきたアルは、怪訝そうな顔をしていた。
「む? 何やら清浄にして美しい気配の残り香があるのだが……。愛剣、何か知らないか?」
まあ、私にシャノンを庇う理由はどこにもないのだけど、どこかから必死に頼み込んでくる気配が感じられるので、仕方なく庇ってやることにする。
これ、貸し1つね。
「知らないわ。あと、愛剣って二度と呼ぶなよ」
「ふっ、照れ屋さんめ」
「違うわよ!」
私が本気で怒っているのに、まあまあといなされる屈辱感は凄い!
どんだけポジティブなのよ! うっとうしい!
まあ、いくらこいつに話しても無駄なので、私は諦めて違うことを話題にする。
「で、無差別大量殺人計画はできたの?」
「なんだその悍ましい計画は……。私が痛い目に合わせないといけないようだな、その計画を作った悪党は」
「自決するの……?」
本気で誰か分からないといった風のアル。
どうして自覚がないの……?
どうやら今は目の前にいるシャノン教の敵、アリアス教の幹部たちを最優先にしているらしい。
大量殺人計画首謀者のことは置いておき、アルはアンタレスに決然とした表情で言った。
「まあ、いいか。さて、私はとりあえず作戦通り、他の出入り口を破壊してくる。アン、お前も任せるぞ」
「ええ、お任せください! すぐに成し遂げて、マスターに合流しますわ!」
どん、と胸を叩いてアピールするアンタレス。
うーん、この……。おら、アンタレスの持っている聖剣。あんたも何か言いなさいよ。
しかし、相変わらずうんともすんとも言わず、アルが嬉しそうに頷いていた。
「うむ、頼もしいな。さすがは愛弟子」
「あぁっ……! その言葉だけで、生まれてきた甲斐があったと言えますわ……!」
「言えないでしょ……」
くねくねと身体をよじらせるアンタレスを見て、思わずつぶやいてしまう。
どんな人生なのよ、アルに褒められるための人生って……。
「それじゃ、また後で」
「行ってらっしゃいませ、マスター!」
背中を向けて去って行くアルに、アンタレスはブンブンと元気に手を振って見送った。
本当、大型犬みたいね、アンタレスって。
どうやら、大量殺人計画の第一歩は、逃げ道を物理的に塞ぎにかかるらしい。
うーん、この計画殺人……。
私はアルについていく元気がなくてその場にとどまっていると、アンタレスが不思議そうに首を傾げてこちらを見てきた。
光のない瞳だから怖いのよ、あんたの目。
「……あら? あなたはマスターについて行かないのですか?」
「ちょっとくらいなら独立行動ができるのよ。あいつが私の力を使う時や離れすぎた時は無理やり引きずられるけどね」
そうでなかったら、とっくにアルの元から逃げ出している。
くっ……! 聖剣としての私が、自由に行動できたらいいのに……!
私の答えを受けて、アンタレスは納得したようにコクコクと頷いていた。
「そうなんですわね。わたくしの聖剣はなかなか人前に姿をさらしてくれないので、さみしいものですわ」
「どれくらい出てきていないの?」
「どれくらい、でしょう……? 最初、初めて出会った時はお話したのですけど……。わたくしが聖剣を使いながら悪人を拷問しているときくらいからお話しした記憶がありませんわね……」
「…………」
不思議そうに首を傾げるアンタレスに、私は黙り込んでその聖剣を見る。
逃げるなああああああ! 責任から逃げるなあああああああ!!
私だってアルから逃げたいわよ! なんであんただけ引きこもって逃げてんのよ!!
卑怯者おおおおおおお!
「そ、そういえば、あんたはアルとどういう関係なの?」
「? 偉大な師匠と愚かな弟子ですわ」
「ああ、そうじゃなくて。出会いとかどうなのかなって思って」
不思議そうに首を傾げるアンタレスに、慌てて補足する。
アルが偉大っていう時点で、私とは気が合わないのは確定的に明らか。
エウスアリアとは仲良くなれそうなのよね、アンタレスって。
……いや、仲良くなったらダメね。
狂信者と強大な武力持ちが一緒になったら、地獄しか生まれないわ。
しかし、気になるのがアルとアンタレスの出会いである。
どうやったらこの二人が巡り合って、意気投合したのか。
少しボタンを掛け違えれば、不俱戴天の仇として殺し合いすらしてそう。
「んー。別にお話しするのは構いませんけど、あまり愉快な話ではありませんわよ? わたくしも、喋っていて何とも思いませんが、逆に楽しいとも思いませんし」
「あ、じゃあ簡潔に」
楽しくない話なら興味ないし……。
普段の現実も憂鬱なのに、これ以上ややこしいことを増やされても困るし……。
そんな私の答えを聞いて、アンタレスはにっこりと微笑んだ。
「そういう人の心を何とも思っていないところ、嫌いじゃないですわ。悪に染まった瞬間ぶち殺しますわね」
ひぇ……。笑顔で言うことじゃない……。
というか、私って一応無機物なんだけど。殺すの? 本当に?
しかも、聖剣なんだけど。殺すの?
「んー、そうですわね……。簡潔にと言いますと……」
指で頬を支えながら少し考える仕草を見せたアンタレス。
楽しそう……ではないが、何でもないようなことを話すような表情を浮かべた。
「わたくし、こういう身なりですが、もともとは貴族のお嬢様だったんですの。と言っても、領地も持たない弱くて小さな家だったんですけど」
「へー! そうなんだ。まあ、髪型とか肌とか、お上品できれいだものね」
「ふふ、ありがとうございますわ」
クスクスと楽し気にほほ笑むアンタレス。
確かに驚きではあるが、そんなに強烈な衝撃はなかった。
というのも、手入れが大変そうなロールした長い髪や真っ白な肌などは、裕福でない家庭ではそもそも得られないようなものだからである。
……それが、今では笑顔で人を殺すようなデンジャラスな勇者に……。
何があったらこんなことになるのか……。
ひどく困惑している私に、アンタレスが続けた。
「まあ、貴族だったのは7歳までなんですけどね」
「…………え?」
「7歳の時、金銭目当ての強盗団に襲われましたわ」
「……うん?」
私は首を傾げる。
おかしいな……。今、そんな軽く言っていいことではないことが聞こえてきたような……。
「両親は殺されましたわ。父は虐待され、母も男の欲望で弄ばれた末に殺されましたわ。わたくしの場合は、幸いロリコンはいなかったようで、ただ物理的な暴力だけでした。まあ、それでも歯を抜かれたり爪を剥がれたり、色々あったんですけどね」
「あ、あの……護衛とか……」
「零細貴族でしたから、あまり数はいないけどいたんですけどね。強盗団に賄賂を渡されて、むしろ迎え入れていましたわ。ふふ、親しくさせていただいていた方もいたんですけどね。わたくしの勘違いだったみたいです」
もう何も言えない……。
いくら私でも、さすがにこのレベルの不幸は笑えないかも……。
なんだろう……ちょっとした不幸くらいが一番見ていて面白いのよ。
財布を落としたとか、そんなの。
これ、ちょっとレベルが違うじゃん……。
「抵抗できない子供を虐げるのが好きだったみたいですわ。殺されることなく、サンドバッグのように扱われました。だいたい、3年くらいですわね」
「う、うん……」
私、その時何をしていたんだろう……。
たぶん、地面に突き刺さったまま引きこもりお気楽生活ね。
うーん、心が痛い……。
「そんなとき、わたくしを助けてくれたのがマスター……アルバラード様だったのです」
先ほどまでは無機質な声音だったのに、急に感情がこもる。
温かい……というよりも、熱すら感じるレベルの感情が。
これで、アンタレスがアルのことを忠犬のように慕う理由が分かった。
それはそうなるだろう。何年も続いた地獄から解放した男のことを、好意的に思わないはずがない。
「わたくしと両親を殺した強盗団はもちろんのこと、賄賂を受け取って裏切った護衛たちも殺してくれて……。そして、汚らしい子供だったわたくしを抱きしめてくれて……」
殺してくれて、という言葉は凄く重たく感じるのだが、しかし彼女の受けてきたことが事実なのであれば、それも納得してしまう。
「そして、わたくしに力を与えてくれたのです。弱いから奪われた。だから、今度は強くなって、弱者を虐げる悪人どもを皆殺しにしようと……そう思って、わたくしは……」
かちゃり、と彼女が持つ聖剣が鳴る。
……なるほど。だから、こいつはアンタレスにずっと付き従っているのか。
ただの人を拷問殺人する女だったら、さすがに聖剣の担い手として認めないものね。
「だから、わたくしのすべてはマスターのものなのですわ。マスターがいるからこそ、わたくしは生きていられる。だから、わたくしはマスターのすることはすべて肯定しますし、マスターに一生ついていきますし、マスターのために生きていくと決めたのです」
「…………」
ドロリ、と。
もともと光を宿していない瞳が、さらに濃く闇を纏ったように思えた。
自分を地獄から救って、自分の大切なものを殺した相手を代わりに報復で殺害し、とどめに今後の生きていくための力を与えてくれた男。
アンタレスにとってその男こそが、アルバラードなのだ。
「これが、わたくしとマスターの出会いですが……ご理解いただけました?」
「…………はい」
にっこりと微笑むアンタレスに、私はうつむきながら答える。
聞かなきゃよかった……! 色々と……!
聞いても楽しいことはないというのは、本当だった。
ごめん……ごめん、アンタレス……!
「アン、私の方は終わったが……ん? なんだこの空気?」
不思議そうな顔をして戻ってくるアル。
いつもは憎たらしい顔なのに、今はとても待ち望んでいた顔だった。
私はアルの傍に寄って行き、彼の肩をポンと叩いた。
「アル……あんた、頑張りなさいね……」
「……なにが?」
「なんでもないですわ」
そう言って笑うアンタレスの顔は、満面の笑顔だった。
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