第84話 子も子なら親も親ね
いやいやいやいや!
普通の人でも殺人鬼を素通りさせるのはマズくないかしら!?
しかも、ルサリアはアリアス教の聖女で、神具も持たされるほどの高い立場にある人間。
だというのに、である。
「他宗教を攻撃し、潰し、その財物と信者を奪う。明らかに正しい行為ではありません。私は、このようなことをやらかす人間は不要だと思います」
「せ、聖女なのに意外と激しいのね……」
「聖女はみんなに優しいというわけではありません。正しく生きている人に優しくするのです」
しれっと無表情で言うルサリア。
彼女には彼女なりの考え方があるようだった。
……それはそうとして、アルを素通りさせるのは大丈夫なの……?
しかし、アルにはその考え方は刺さったようで、なぜか満足げに笑っていた。
「ふっ、なかなかにいい考えだ。どうだ? アリアス教もお前みたいな信者がいるなら悪くないかもしれないが、我らが女神のシャノン教は素晴らしいぞ?」
カルトに勧誘するとか、人の心とかないの……?
そんな誘いを受けたルサリアは、薄く苦笑する。
「信仰を二つ持つことはできません。私はこのままで。しかし……」
次の瞬間には、苦笑から柔らかい微笑に代わっていた。
「アルバラードさんとアンタレスさんとは、良い友好関係を築いていきたいと思います」
……おかしいわね。二人を見る目がなんだか熱っぽいというかなんというか……。
もしかして、両刀……?
しかし、そんな人の機微に気づけるはずもないアルは、自信満々に頷く。
「ああ、いいだろう。見ておけ、アリアス教の醜い豚どもの首を持って帰ってくるところを」
「凶悪殺人鬼かな?」
「はい」
「はいじゃないが」
にっこりと楽しそうにほほ笑むルサリアに、私はひどく戦慄するのであった。
◆
聖女ルサリアという難関……難関……? を突破したアルとアンタレスのテロリスト勇者コンビ。
その二人は勢いよくアリアス教総本部に殴り込み……をするわけではなく。
堂々とその前で作戦会議を行っていた。
「よし、まずは出入り口を塞ごう。悪人や汚物はすぐに自分の命のことしか考えずに逃げ出そうとするものだ」
「そうですわね。出入口を崩して瓦礫で埋めてしまいましょう。その後、下から上にゆっくりと殺していきましょう。だいたい悪人はバカですから、高いところにいますから」
「うむ、その通りだ」
二人はアリアス教総本部の建物内部の図面を見ながら、ああでもないこうでもないと作戦を立てる。
ちなみに、その建物図面はルサリアから提供されたものである。
もう終わりだよ、この宗教。
当然、私が止めようとしたところで止まるはずもないので、私は傍観する。
少し離れた場所でぼーっとしながら……。
そして、最近はよくついてきている彼女に話しかけた。
「はあ……。さて、二人の勇者(一人は自称)が大量殺人計画を絶賛策定中だけど……」
ちらりと横を見ると、そこにはスケベな格好をした女がいた。
黒い髪は夜の闇のように深い色で、それがとても長い。
背中のお尻辺りまで伸びているが、癖はなくとても綺麗なものだった。
しかし、背中側と違って前髪は短く切りそろえられており、姫カットと呼ばれるものだった。
特徴的なのは、日焼けとはまた違う健康的な褐色肌と、金色の宝石のように輝く大きな瞳である。
身体にまとっている衣装は薄く、身体の線がはっきりと出ている。
……で、でかい。胸がとてもでかい。
あのよくわからないおっぱい騎士であるスピカ並ではないだろうか?
なんて厭らしい女なの、こいつ……。
そして、その褐色の肌に映えるような、身体中あちこちにつけられている金の装飾品。
どれも並のものではなく、職人が手掛けたと分かるような意匠と美しさだった。
こんな目立つ容姿をしている女、今まで遭遇したことはない。
だが、私はこの女が誰かということは、悩むことなく理解していた。
「あんたは何か思うところはないわけ?」
私がそう声をかけたのは、アルとエウスアリアが信仰しているそのもの。
女神シャノンその神であった。
私の問いかけを受けたシャノンは、じっと金色の目でこちらを見て……がっくりと肩を落とした。
「あるに決まっておるじゃろ……」
「げっそりしてる……」
心底疲れ切った働くお母さんみたいな感じだった。
キラキラと輝くような存在感を放っているのに、今はそれがくすんでいる。
本当に疲れ切っていた。
「えーと……あんた、神様でいいのよね?」
私が確認のために問いかければ、シャノンはむんと大きな胸を揺らしながら張った。
「うむ。シャノンとはわらわのことじゃ」
「うわぁ……。やっぱりかあ……」
「な、なんじゃ! なんでそんな反応なんじゃ! そんな嫌がられるようなことしとらんじゃろ!」
涙目になりながら私に抗議してくる女神シャノン。
神と話すのってそんな機会はほとんどないが、随分と感情表現が豊かである。
だって、ねえ……?
「いや、だって……アルが信仰している女神よ? 絶対にろくでもないじゃない……」
「いや、わらわはまともじゃから……! 本当じゃから!」
必死に訴えかけてくるが、まるで信用ならない。
だって、アルよ? あのアルよ? それが信仰するって……絶対にヤバい神でしょ。
「まともな奴は自分のことをまともだと言わないものよ。それに、そのゴテゴテとした黄金の装飾品。もう自己顕示欲の塊じゃない。私、全然そういう趣味ないから普通に合わないと思うわ」
「ち、違う! わらわも別に自分からこれをもって着飾ろうとしたわけではないわ!」
キラキラと輝く装飾品。
それ一つでとてつもない大金と引き換えにできるだろう。
ぶっちゃけ、ありきたりな傲慢貴族以上にアレである。
「じゃが、アルバラードが頻繁にホイホイと捧げてくるものじゃから……!」
「あー……」
なるほど、と思う。
この女神自身がこれらをかき集めたわけではなく、また所望したわけでもなさそうだ。
要は、狂信者が信仰対象に喜んでもらおうと、有難迷惑をしているだけだった。
……というか、あれらってもしかして、悪人をぶっ飛ばした際に手に入れたものを、自分がいらないからって女神に押し付けていたりする……?
さ、さすがにそこまではないわよね? ね?
「そりゃプレゼントされたら使うじゃろ? 普通、人として」
「あんた神でしょ」
変に人間っぽい女神である。
「というか、そんなに嫌だったら抑えるというか、忠告をするとかしたらいいじゃない。あんたのために既存の巨大宗教に戦争仕掛けようとするくらいなんだから、言うこと聞くでしょ」
「いやー……まあ、そうなのかもしれんけど……」
私が言えば、シャノンは頬をかきながらそっと目をそらす。
言いづらそうに口ごもったかと思うと、とんでもないことを言い出した。
「頑張ってる信者を冷めさせるようなこと、言えんじゃろ……?」
「アルに甘くない……?」
子も子なら親も親ね。
私は白目をむきながら思った。
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