第82話 万病に効く薬ですわ
聖都・リアス。
美しく整備された都市は人を引き付ける魅力があるが、あまり観光客はやってこない。
その理由は、聖都リアスはアリアス教の総本山であり、街の住人のほとんどがアリアス教徒である宗教都市だからだ。
聖地として扱われているこの場に他宗教の人間が入ることは原則として許されない。
だから、観光客が多くやってくることはなく、各地に散らばっているアリアス教徒が巡礼にやってくるくらいである。
その街の一番立派な建物が、アリアス教の総本部である。
「……平和だな」
豪奢な礼拝堂でポツリと呟く男。
宗教でありながら武装集団を抱えているアリアス教の、懲罰部隊に属する男。
名を、クリスと言った。
精悍な顔立ちで、信仰心も篤く、高い戦闘能力を持つ。
アリアス教の中でも将来有望な男として知られていた。
「私たちにとってはそうですが、他の宗教にとってはどうでしょうか? この街はほとんどがアリアス教信者で固められているので何も起きていませんが、他の街では相当にひどいようですよ」
「確かに同志が増えるのは良いことだが、私もあまりこのやり方は良いとは思えないな……。信仰とは本来自由であるべきだ。でなければ、国が国教を定めれば、私たちもアリアス教を捨てなければならなくなる」
クリスは部下の男にそう言ってため息をつく。
現在、アリアス教は大規模な他宗教への攻撃を行っている。
もともと、非常に大きな宗教勢力だったアリアス教。
懲罰部隊という強力な武装集団も抱えているため、その軍事力は他宗教とは比べものにならない。
いまだに一度も起きていないが、仮に国家との戦争が起こったとしても、ある程度戦うことができるだろう。
大国ならさすがに分からないが、小国であれば逆に勝利してしまうことだって十分に考えられる。
そんな国家の軍事力に匹敵する力を持つアリアス教だからこそ、他宗教を攻撃しても順調に事が進んでいた。
しかし、クリスはそのことに対してあまりいい感情を持っていなかった。
幹部ではあるが、アリアス教の方向性を固めるほどの大幹部ではないため、この意思決定に口をはさむことはできない。
「そんなことが起こりえないと思っているのでしょう、上層部は。自分たちがやり返されるとは、微塵も考えていない」
「そうだな……。まあ、すでに始まってしまったものは仕方ない。私たちは聖女様に従って動くだけだ」
「ええ」
二人して頷き合う。
クリスたちが信頼しているのは、アリアス教の聖女である。
高い身分にもかかわらず特別待遇を求めず、他の一般信徒と同じように活動している。
よく教会の炊き出しなどの奉仕活動にも取り組んでいる。
その人に対して優しく接する姿は、クリスたちに感銘を受けさせていた。
彼女のために活動しようと強く決意していると……。
「うぉっ!?」
耳を劈くような爆音と衝撃が起こった。
強烈な衝撃に飛び上がる。
それが、一つのみならず、複数発生していた。
「な、なんだ!?」
状況を探りに行った部下。
すぐに戻ってきて、青白くさせた顔をクリスに向けた。
「しゅ、襲撃です!」
「襲撃……!? いったい誰が……」
つい先ほど他宗教への攻撃の話をしたばかりだ。
その報復ということも考えられるだろうが、しかしここは聖都リアスである。
アリアス教の総本山であるこの場所で、まさか報復をするだろうか?
少なくとも、実行者は殺されるだろう。
あまりにも大胆な報復に驚いていると、さらに衝撃の言葉が続いた。
「あ、あの男です。あの悪名高い男が、堂々と正面から……!」
「だから、それは誰だ!?」
クリスの詰問に、部下はぐっと喉を引きつらせて、しかし何とかその名前を絞り出した。
「『血みどろバーサーカー』です……」
「なん、だと……?」
◆
襲い掛かってくるのは、アリアス教の武装勢力、懲罰部隊。
恐ろしい名前の通り、全員が優れた戦士のようで、その身のこなしは素晴らしいものがあった。
しかも、ここはアリアス教の総本山である聖都リアス。
他の街とは比べものにならないほど多くの信者が詰めており、そこを襲撃する……しかも、たった数人でなんて、ありえないはずだった。
それを実行し、襲い掛かってくる懲罰部隊を蹴散らし、何なら逃げようとした懲罰部隊もぶっ飛ばしているのが、アルとアンタレスだった。
私? 死んだ目でずっと背中を追いかけているけど、なにか?
「見ろ、人がゴミのようだ」
「それが勇者の言葉なの……?」
逃げ惑う人間を見てこんな感想を抱くのが、自称勇者の理由だよ、あんた。
そして、私は一生認めることはない。
だって、そもそも働きたくないもの……。
「悪党の悲鳴はやはり心が癒されますわね……。万病に効く薬ですわ」
「悲鳴を薬とかいう勇者が存在するの……?」
そして、そんなアルから薫陶を受けたアンタレスもまたひどい言いようだった。
というか、こいつの場合はガチものの勇者である。聖剣も認めて使用されているし。
あんた、実体化しないで黙っていたら何とかなると思っていたら嘘だからね。
少なくとも、私は他の連中に言いふらしてやる。
『ッ!?!?!?』
アンタレスの持つ聖剣から抗議の意思が飛んでくるが無視である。
全然表に出てこないあんたが悪い。
「いいか、愛剣」
「愛剣って言うな」
そんな私に、アルが物分かりの悪い子供に話しかけるように声をかけてくる。
いちいち愛剣って呼ぶな。
「他人の信仰の自由を害そうとする輩は悪人だ。生かしておくわけにはいかない。それを誅するのは、正義の象徴たる勇者として当然のことなのだ」
「そうかな……? そうかも……」
自信満々に言うものだから、それが正しいことなのかと勘違いしてしまいそうになる。
いや、まあ確かに信仰の自由って人間にとっては大切なものらしいし、それを奪おうとするのは悪か……?
その対処法が殺すになっているのが怖いところなんだけど。
そんな私たちのもとに駆けつけてきたのは、立派な装いの戦士だった。
「ほ、本当に来たのか、『頭のおかしい正義狂い』……!」
「とんでもない二つ名つけられてるじゃない」
勇者とは思えない二つ名なんだけど、それは……。
アルは一切気にする様子を見せずに、現れた戦士に問いかける。
「お前は?」
「私はクリス! アリアス教懲罰部隊の部隊長だ。なぜこのようなことをする!?」
おお、まっとうな怒りだ。
だって、あっちからすれば単純にテロ行為だもんね。
いきなり街を破壊してご満悦なんだもの。
でも、アルの理論からすると、これは悪人を懲らしめるためのものだから、正義の行いになるのよね。
テロと正義。うーん、考え出したら面倒くさそうだし、もう止めましょう。
そもそも、私人間じゃないからどうでもいいし。
私を使わないでいてくれたら、それでいいのよ。
「そうか、クリス。心当たりがあるだろう? 私がいちいち全部言うことをしなくともな」
「そ、それは……」
言いよどむクリス。
そこは言葉に詰まったらだめなのよ……。じゃないと、アルの正義狂いをさらに刺激しちゃうだけなんだから……。
嘘でもいいから、自分は絶対に悪くないという態度を貫き通さなければいけないのだ。
ちなみに、そうしたら『言葉で言っても分からないなら力で分からせるしかない』と判断したアルにぶっ飛ばされるんだけどね。
え? 結局ぶっ飛ばされる?
そりゃそうでしょ。アルだもん。
「ゆえに、問答無用。悪は滅ぼす」
ぐおっと、瓦礫付きの聖剣から黒いものがあふれ出す。
……瓦礫付きってもう見慣れてきたわ。
凄い血を吸ってきたものね、あの瓦礫。
そして、当たり前のように私の力を行使していることに、もう何も言わない。
知らん。怖いもん……。
「くっ……!? 私も懲罰部隊の部隊長! 簡単にやられは……!」
「死ねぇ! 『死霊の嘆き』!」
「問答無用ね」
クリスが構えて格好いい言葉を吐こうとしていたのに、そもそもアルに聞く気がなかった。
大地をえぐり取り、大気が悲鳴を上げる。
そんな悍ましい斬撃が、クリスに襲い掛かった!
「ぐあああああああああああああああああああああああ!?」
悲鳴を上げながら黒い奔流に飲み込まれるクリス!
ああ! 強そうなイケメンだったのに、こんなあっけなく……!?
というか、アルが無慈悲すぎる……。
アルの悍ましい斬撃はクリスどころかその先にあった立派な教会の一部も消し飛ばす。
……あ、まだクリスは消し飛んでいなかったわ。
地面を這いつくばってピクピクしていた。よかったわね、生きていて。
「よし、後はこの無駄な建物を破壊するぞ」
「はいですわ!」
そして、それくらいではこのバーサーカーコンビは止まらない。
うっきうきで破壊活動を継続しようとする。
……いや、私は止めないけど? 知らないもん、本当。
だから、こいつらバカ二人を止めるのは、別の人間の役割だった。
「そこまでは止めてもらえますか? 周りの被害があるので」
「お前は……」
冷たく、耳に通るような綺麗な女の声。
悍ましい力を振るったアルに、その女は平然と声をかける。
彼女は、全身を覆い隠すようなシスター服を身にまとい、しずしずと歩いてアルの前に立った。
「お久しぶりです」
それは、いつか教会の前で炊き出しを行っていた心優しい――――考え方はヤバかったけど――――シスターのルサリアだった。
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また、『人類裏切ったら幼なじみの勇者にぶっ殺された』のコミカライズ最新話が、ニコニコ漫画で公開されました!
https://manga.nicovideo.jp/comic/73126
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