第81話 がっつり拷問器具ね
ぎりぎりラーシャの命がこの世に繋ぎ止められることが決定したときだった。
視界の端で赤黒い肉の塊が蠢く。
「お、ああ、お、お助けを……。アリアス様、私を、助け……!」
ズルズルと身体を引きずりながら動くのは、ひげのおじさんだった。
大きな身体を地面にこすりつけながら、この場から必死に逃げようとしている。
すご……。あれだけのダメージを負っても、まだ生きているなんて。
生命力が半端ではない。
しかし、逃げるならこっそりと静かに逃げるべきだった。
声を出して音を立てたことにより、二人の悪魔がそちらに目を向けたからだ。
「あら、まだ息の根があったんですわね。とどめを刺してきましょうか?」
「まあ待て。殺すのはいつでもできる。最大限、生きている間に利用しよう。こいつを人質に使えば、アリアス教の中枢に入りやすくなるかもしれない。その時、人質のこいつもろとも皆殺しにすればいい」
「さすがマスター……! 完璧で緻密な作戦ですわ……!」
「ふっ……」
ちなみに、この会話をしているのは自称勇者と本物勇者である。
……何なの、この世界? これが勇者で本当にいいの?
ハンナが近づいてきて耳打ちしてくる。
「なあ、あんたがツッコミせんとこのまま突っ走るで。ええの?」
「突っ込んでもそのまま突っ走るわよ」
「あっ……」
可愛そうなものを見る目で私を見るハンナ。
そんな顔を向けるんじゃないわよ。アルをけしかけるわよ。
「お、お前は……!」
そんなことを考えていると、血肉の塊から声がする。
……あのおじさん、こんなえぐい状態なのに、まだ喋られるの? すごくない?
アリアス教の人材は豊富なのかもしれない……。
「ハンナ……! ハンナじゃないか……!!」
「んぇ? ……げっ。あんた、モルムニか。顔面ボコボコすぎて分からんかったわ」
一瞬首を傾げるハンナであったが、思い当たるところがあったのか、納得したように頷いていた。
そのおじさん、モルムニって名前なのね。
アルが名前を聞く前に殺しにかかるから、知らなかったのよ。
「知り合い?」
「え? あー……まあ……」
ハンナは目をそらして言いよどむ。
それもそうだろう。私も理解できる。
なにせ、ここで下手なことを言えば、殺されてしまうかもしれないからだ。
そう、『絶望』の手によって。
「話を、聞こうか……。詳しく……」
「ひぃっ!?」
ポンと肩に手をのせられ悲鳴を上げるハンナ。
その手の重さは、想像以上のものがあっただろう。
もちろん、物理的にではなく、精神的にそう感じてしまうのだ。
うーん、アルの顔、恐ろしいほどに歪んでいるわ! 目をそらしましょう!
「ち、違う! うちは何も知らんで!!」
「な、なにを言う……! 快楽主義の錬金術師として、アリアス教で神具の解析と開発に多大な功績を残した女……! お前のおかげで、アリアス教は大きく発展したのに……!」
「全部説明するなや!!」
モルムニに怒鳴りつけるハンナであるが、どうにも彼女は天に見放されたらしい。
それこそ、シャノン教にでも入信していた方が幸せだったかもしれない。
モルムニの言葉を受けて、ハンナの肩から手を離したアルは、アンタレスとこそこそと作戦会議に入ってしまったからである。
「五寸釘……ペンチ……苦悶の梨……」
「針金……アイスピック……アイアンメイデン……」
「こらぁ、そこぉ! ブツブツ何を話して……それ全部拷問に使う気やないやろなあ!?」
いや、本当にがっつり拷問器具ね。
……ご愁傷様です。
「急にお前が消えたことで、庇護下に置いていた私の立場も悪くなったんだぞ……! 今すぐ戻ってこい……!」
「いやー……。うち、別に研究できたらよかっただけやし……。あと、何かあんたのうちを見る目がやばくなってきてたから逃げたんやで。戻るわけないやろ」
見る目というのは、やはり性欲的なものだろうか?
本当、凄いわね人間。こんな年寄りでもまだ女を犯したいとか思うのね。
まあ、ハンナの身体は厭らしいからね。無駄に胸もでかいし。
やっぱり、私がそぎ落としてあげた方がいいんじゃないかしら。それもハンナのためになりそうだわ。
「それに……」
スッと後ろを見るハンナ。
「ここで戻るって言ったら、うちは死ぬ。それは分かる」
「慧眼ね」
今までの交流とかそういうのは全然関係ないからね、本当。
アルに悪人判定されたら、地の果てまでも追いかけて殺されるわ。
……勇者とは……?
「つまり、ハンナはアリアス教に戻らないということか?」
「そ、そうや! なんや、殺される筋合いはないで! 神具やって、別に他の宗教を潰すために作ったわけちゃうし!」
身振り手振りを交えて必死に自己弁護を図るハンナ。
頑張りなさい。でなければ死ぬだけよ。
じっとハンナの顔を恐ろしい無表情で見ていたアル。
しかし、その顔がふっとほころんだ。
「ふっ……。分かっている。英断だな、ハンナ」
「え、あ……? お、おう……。なんや、はずかしいな……」
自分の頭を撫でてくるアルに、ハンナは困惑しつつもうっすらと頬を赤らめ、目をそらす。
普段はぎゃあぎゃあとアルに突っかかっているくせに、大人しく撫でられるがままになっていた。
他人からそういう感じの扱いを受けてこなかったからかもしれないわね。どうにも好き勝手生きていたようだし。
なんだか微笑ましい光景に見えるが、残念。ここには性癖を拗らせちゃった子が一人いるのだ。
「はあ、はあ……っ! 私の親友が、私の好きな人と……! はあ、はあ……ッ!」
「な、なんや? 今、何か邪悪なものが……!?」
顔を赤らめて荒い息を吐くラーシャ。
……もうだめじゃない? この子。
私は知らないわよ、関係ないし。
「は、ハンナ! この私を裏切……!!」
「もう黙れ」
「ぎゃっ!?」
まだ何かを言おうとしていたモルムニの頭部を踏みつけるアル。
……当たり前のようにしているけど、普通倒れている人の頭を踏みつけたらダメだからね? 死ぬからね?
「さて、こいつを引き連れ、本部へカチコミだ」
「おー!」
アルとアンタレスがウキウキで腕を突き上げる。
宗教戦争をこれから引き起こそうと考えているってヤバくない?
「う、うちとラーシャはここに残るからな!?」
「き、貴重なツッコミ枠が……!」
ハンナの言葉に、私は絶望するのであった。
……やはり、ルルか……?
過去作『偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~』のコミカライズ25話が、コミックユニコーン公式サイトで公開されました!
https://unicorn.comic-ryu.jp/8909/
また、『人類裏切ったら幼なじみの勇者にぶっ殺された』のコミカライズ最新話が、ニコニコ漫画で公開されました!
https://manga.nicovideo.jp/comic/73126
期間限定となります。下記からも飛べるので、ぜひご覧ください。