第79話 手遅れだわ
ふう、と満足げな笑みを浮かべているアル。
シャノン教を弾圧していた勢力をぶっ飛ばせて、かなり満足しているらしい。
まあ、どうせこれくらいでは終わらないんでしょうけど。
だって、いつもやりすぎってくらいにやるし。
「よし、エウスアリア。お前はここでさらなるシャノン教発展のために力を尽くせ。外敵は私が全部破壊してやる」
「かしこまりました。シャノン教の布教(とアルバラード様の威光を世に知らしめるための活動)を、全力をもって対応します」
「うむ、頼もしいな」
満足そうに頷くアル。
エウスアリアもたおやかに腰を曲げて頭を下げた。
どうやら、彼女はここでいったん離脱するらしい。
この街の混乱を治め、ついでに信者獲得を狙って活動をするようだ。
うん、もうそれは勝手にしてくれたらと思うんだけど……。
「……何か今小さな声でおかしなことが聞こえた気がするんだけど」
「マスターに不利益になりそうではないので、見逃しておいてあげますわ」
アンタレスもばっちり聞こえていたようだが、彼女的にはオッケーらしい。
良いんだ……。アルが変なカルト集団に祭り上げられそうになっているんだけど、良いんだ……。
……まっ、いっか! アルが私を手放すような状況になってくれたら、普通に嬉しいし!
エウスアリアはスッと寄ってきて、そっとアルの胸板に頭を預ける。
「それでは、また必ずおいでください。いつでもお待ちしております」
「うむ」
鷹揚に頷くアルに、エウスアリアはうっすらと美しい笑みを浮かべた。
薄く頬を染め、目には潤みを感じる。
目のハイライトがないのに、アルを見る目は怪しくどんよりと光っていた。
名残惜しそうに離れると、エウスアリアは小さく頭を下げて去って行った。
私はそれを見て、ポツリと感想をこぼす。
「現地妻?」
アル、女っ気が全然ないと思っていたけど、間違いだったの……!?
というか、ヤバい女が嬉々としてあるに近づいてきているような気がする。
こんな精神異常な勇者にホイホイ寄ってくる女って……。
「さて、ではさっそくこいつらの総本部に乗り込んで皆殺しを……」
「――――――アルバラードさん?」
「む……?」
また堂々とテロ発言をしようとしていたアル。
そんな彼の名前を呼ぶ女がいた。
声のした方を見ると、久しぶりの懐かしい顔があった。
こちらを見て目を丸くし、感動したように目を潤ませている女。
純朴そうで整った顔立ちの彼女は……。
「ラーシャか。久しいな」
「アルバラードさん!」
アルが声をかけると、感動したように歓声を上げて、とびかかるように抱き着くラーシャ。
うわ、すご……。こんなやばい奴に良く抱き着けるわね……。
私、絶対に無理だわ。
しかし、エウスアリアに抱き着かれたりラーシャに抱き着かれたり……忙しい男ね。
「覚えていてくれたんですね!」
至近距離でウルウルとした目を向けてくるラーシャに、アルは一切動揺した様子を見せずに、鷹揚に頷く。
「当然だ。もう少ししたら、悪人の干し首をいくつか携えて会いに行こうと思っていたんだが……」
「はた迷惑すぎる手土産!」
「嬉しい……!」
「あ、やっぱり別れる時も思ったけど、この子の脳、焼かれちゃってるわ」
最初はまともだったのになあ……。
なんだかわかれる直前くらいからちょっとおかしくなり始めていたんだよなあ、この子……。
そして、アルと会えない時間でここまで脳が……。
もうどうしようもないわね、これ……。
手遅れだわ……。
「うぎゃぁっ!? や、やっぱりおった……! だから、うちここに来たくなかったのにぃ……!」
もだえ苦しむ様子を見せるのは、ラーシャの親友(自称)であるハンナだった。
相変わらずでかい乳ねぇ。もぎ取ってやろうかしら。
そんな彼女はラーシャと違いアルとは会いたくなかったようで、嫌そうに顔を歪めている。
ハンナのことを認識したアルはというと……。
「む、ハンナか。ふむふむ」
「え、ちょ……な、なに?」
スッと彼女に近づき、ぐるぐると周りを歩きながら観察する。
自分の身体がジロジロと観察されることに居心地の悪さを感じるのか、ハンナは顔を青くしている。
これが性欲に基づくようなものなら、ハンナもまだマシだったかもしれない。
厭らしい乳をしているし、そういう目を村でも向けられたことはあるだろう。
その対処法も、すでに確立しているに違いない。
だが、アルのそれはまったくそういった欲望が混じっておらず、純粋な観察。
ハンナも悪判定一歩手前までいった錬金術師。研究者の側面がある。
自分がそういう目をしていることも知っているから、アルの目にも心当たりがあるのだろう。
「ふんふん、ふんふんふんふんふん」
「ちょっ!? なんで匂い嗅ぐんや! 気持ち悪いって!」
見られるだけならまだしも、今度はクンカクンカと匂いを嗅ぎ始める。
これにはハンナも顔を真っ赤にして飛びずさる。
うん、確かに気持ち悪いな、こいつ。
「マスターは人の匂いを嗅いで悪人かどうか調べられるんですわ」
「犬か!! ちょっ、や、やめぇ! 恥ずかしいやろ! というか、うち悪いことしてへんよ!」
アンタレスの説明に、ハンナは声を張り上げる。
その説明に、アルも満足そうに頷く。
「うむ、確かに。悪人の匂いはしないな。ちゃんと人道を歩いているようで何よりだ」
「人道って大げさな……。まあ、分かってくれたんやったら別にええけど……」
ほっと一息。
良かったわね。死体が一つ増えることにならなくて。
アルもうんうんと頷いている。
「少し汗くさいくらいだな。うむ、酸っぱい匂いがする」
「――――――」
「女に言ったらいけないことじゃないの、それ……?」
ハンナの時間が凍り付いた。
もうぴきーん、と凍り付いた。
それはそうだろう。何とも思っていない相手だとしても、異性から「お前汗くさいしなんか酸っぱい匂いするな」と言われたら、あまり他人からどう思われるかなんて気にしなさそうなハンナでさえもショックを受けるだろう。
私? 私は常にめちゃくちゃいい匂いするから大丈夫。
「しゃ、しゃあないやろ! ここまで歩いて旅してきたんやよ!? 汗くらいかくし、身体も濡れタオルで拭くくらいしかできひんし! そういうこというんやったら、ラーシャだって……」
「私がなに? ハンナ?」
「い、いや、別に……って遠い!? いつの間にそんな離れたん!?」
顔を真っ赤にしてぎゃあぎゃあと声を張り上げ、自分の身体を抱きしめるようにするハンナ。
ラーシャも道連れにしようとすれば、アルに抱き着いていた彼女はひどく遠い場所に移動していた。
声も聞こえづら!
そんな臭いかな、と自分の腋をスンスンと嗅いでいるハンナたちに声をかける。
「ところで、なんであんたたちがここに? 旅行ってわけでもないわよね? そんな裕福そうには見えなかったし」
「あんたも失礼やなぁ……。いや、まあ理由はあるんやけど……」
「理由?」
嫌そうに顔を歪めながら、ハンナが口を開いた。
「ラーシャがアリアス教に呼ばれたんや」
「あっ……」
それ、今からアルが破壊する宗教なんですけど……。
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