第78話 ツッコミが必要だ……!
「さて、話は全て聞かせてもらった」
ふっと笑みを浮かべるアル。
え? 聞いてた? いつも人の話全然聞かないくせに?
アルの言葉に、ひげのおじさんが驚愕の声を漏らす。
「な、なに!? ここは懲罰部隊が警備していたんだぞ? 間諜が入り込む余地なんてないはずだ!」
「シャノン教にはそういうことにも特化した人材がいます。情報は武器。その気になれば、今日の国王の下着の色でさえわかりますよ」
「一宗教勢力の情報網ヤバすぎない? 半分テロ組織じゃないの」
エウスアリアにドン引きする。
というか、国王の下着の色を知ってどうするの……? どうでもよくない……?
まあ、それだけプライベートのことも把握しているということは、それ以外の重要なものも分かっているという脅しなのだろうけど……。
アルはエウスアリアに優しく微笑みかけた。キモイ。
「よくぞそこまで勢力を育てたな、エウスアリア。我らが神もお喜びになっていることだろう……!」
「あぁ……っ! アルバラード様から直接お褒めの言葉を……!? ゆ、夢……? いや、現実……! 膀胱を刺激するこの快楽は現実……!」
「こんな気持ち悪い現実か夢かの確かめる方法あったんだ。世も末ね」
ビクンビクンと震えるエウスアリアを見て、私は一歩も二歩も下がる。
いや、気持ち悪い……。
夢かどうかを確認するなら、頬を指でつねるとか、そういう対応しなさいよ。
なんで尿意で確認しているのよ。
「どのような理由があろうと、他宗教を弾圧していいわけがない。弾圧する場合は、私が決める。お前らにそんなことを決める権利はない」
「いや、アルにもないと思うんだけど……」
胸を張って言うことじゃないわよね?
必要なら他宗教弾圧するって言ってるもんね? 悪魔かな?
「しかも、シャノン教を弾圧しようなどと……言語道断。百回八つ裂きにしても我慢ならん」
「私怨じゃん……」
シャノン教以外だったら、場合によっては見逃しそう。
でも、シャノン教ならどんな理由があっても許さなそう。
「さらに、自分の私腹を肥やすためにだと……? 生かしておく価値はないな、ゴミめ。殺してやる」
「そうですわね。だいたい地位の高い人間は腐っていることが多いですわ。競争相手を蹴落としたり汚い手段を使って潰したりするせいですわね。わたくしの経験上、地位の高い奴は殺しても後からほこりが出てくるから大丈夫ですわ! 殺しましょう!」
殺す殺すと、バカの一つ覚えのように同じ脅迫を繰り返すアルとアンタレス。
……あ、脅迫ではないわね。だって、本気で殺すから。
そんな二人を見て、私はふっと冷たい笑みを浮かべてエウスアリアに言う。
「ねえ。これが今代の勇者よ。凄くない?」
「素晴らしいと思います……」
「あっ、ダメだ。まともな考えをしているの、私だけだわ。ルルとアランが恋しいわ……」
ツッコミ……! ツッコミが必要だ……!
私以外にもしっかりとした常識人が……!
というか、なんで私がいちいち人間の常識を伝えないといけないのよ! 知らないわよ! 勝手にやっとけ!
「さて、十分に時間を与えてやった。命乞いも不要みたいだから、そこはさすがだな。悪党の誇りを感じる」
「えぇっ!?」
ぎょっとするひげのおじさん。
ダメよ、アルのぶっ飛びぶりに圧倒されて呆然としているだけは。
じゃないと、どんどんと話が進んでいくんだから。しかも、自分にとって都合が悪い風に。
「ま、待て! 待ってくれ! 求めるものなら何でも……!!」
今更になって必死にアルに訴えようとするが、当然遅い。
アルは問答無用で私を振り上げていた。
「死ぬがいい。『死霊の嘆き』!」
「ぬああああああああああああああああああああああああ!?」
……だから、その技なに?
◆
「わひゃっ!?」
ビクン! と身体をはねさせるのは、ラーシャについて街までやってきていたハンナである。
飛び跳ねる仕草でブルンと胸部が揺れるが、普段冷たい目を向けてくるラーシャはそちらに視線をやらない。
巨大な轟音とともに空に大きく伸びている黒い光に、強烈に目を奪われていた。
日常生活とはあまりにも乖離した異質な異常現象に、街の人々はそれから少しでも離れようと逃げ出している。
しかし、ラーシャは足を止め、じっとそれを見上げていた。
「な、なんや!? いきなりでっかい音するし……。というか、あの黒い柱はなんや……?」
「あれは……」
「な、なあ、ラーシャ。帰ろうや。なんか普通ちゃうで、ここ。おとなしくうちらの村でのんびり過ごそうや……。それに、何かあの黒い柱、見覚えがあるというかトラウマが刺激されるというか……」
もじもじとしながらハンナが言う。
彼女の本能が強烈に訴えかけてきていた。
あれには近づくな、と。絶対にプラスにならないことが待っているから、今すぐ背を向けて逃げ出せ、と。
理由は分からない。明確な理由はない。だからこそ、その本能には従うべきだと思った。
しかし、本能で何かを察知したのは、ハンナだけではないのだ。
「行こう、ハンナ! 私、あそこに行かなきゃいけない気がする!」
「いや、絶対そんなことないし、何かろくでもないことしか待っていない気がするから、うち行きたくな……あああああああああああああ!?」
今まで感じたことのないほどのラーシャの強烈な筋力によって、抵抗むなしく引きずられていくハンナ。
次からは研究だけじゃなくてもっとちゃんと外で運動しよう。
そんなことを、涙を流しながら思うハンナであった。
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