第75話 私が妄信しているのは
方向性が固まったからか、アルたちはさっそくとばかりに動き出した。
どうやら、作戦会議をしているらしい。
アルとアンタレスは一つの地図を覗き込みながら、ブツブツと会話している。
アルは真剣そのものの表情だが、アンタレスはドロドロに濁った瞳をキラキラと輝かせながら、楽しそうに鼻歌を歌っている。
アルと何かできるのが楽しくて仕方ないのだろう。
なんなの、あのバイオレンス忠犬は……。
どういう過程があれば、アルにあれほど懐くことができるのか。
……あ、やっぱり聞きたくない。どうせろくでもないから。
「よし、まずはこの街にいるアリアス教の支部をすべて潰そう。どうやら、近くの街には本部もあるらしい。ここの不愉快な連中を抹殺した後は、その本部にカチコミだ」
「マスターとの共同作業……。わたくし、全力でお手伝いさせていただきますわ!」
楽しそうに大規模テロ計画を立案している二人。
えぇ……。本当になんでこんな男が聖剣である私と適合性があるのぉ……?
なんだか私もおかしいみたいじゃない。
私ほど素晴らしい聖剣は存在しないというのに。
二人の計画策定には加わらず、何やらせわしなく動いているエウスアリアに問いかける。
「ねえ。アルたち、あんなこと言っているけどいいの? 今のうちに止めておかないと、本当に最後の最後まで行っちゃうわよ?」
私の問いかけを受けたエウスアリアは、キョトンとしながら首を傾げて。
「え? それの何がいけないのですか?」
「あ、私が悪かったみたいね。あなたたち、似た者同士だものね」
そうだった。
アルが信仰しているカルトの教祖だったわ、こいつ。
何なら、アルと同じくらいアリアス教に怒りを覚えていても不思議ではない。
せわしなく動いていたのって、テロ活動に活用する物資を運んでいたのね……。
「それにしても、そんなにシャノンっていう神様のことが好きなのね。私、人のことそんなに好きになったことないから分からないわ」
「……あれ? アルバラード様から聖剣って聞いていたはずなんですけど、私の聞き間違いですか?」
ふう、と息を吐きながら独り言を呟く。
宗教って人間は好きよね。
私は生まれながらにして完璧で個にして最高の存在だから、宗教なんて信仰しないから分からないのよ。
人を好きになったことなんて……ある……あったかしら……?
「ああ、シャノン様のことですか? もちろん、心の底から慕っておりますよ」
「へー、なんで? あ、ちなみに私に勧誘なんてしないでよ? 私、人間じゃなくて聖剣だから」
「聖剣とは思えない数々の言動がありますが、そこは置いておきましょう。それで、私がシャノン様を信仰する理由ですが……」
一瞬呆れたような顔を見せたエウスアリアだったが、私の質問に対してあっさりと答えた。
「あの子、可愛いんですもの」
「……可愛い?」
うっとりと頬を染めて笑みを浮かべるエウスアリア。
見た目が良いからなんだかエロいんだけど、目がドロドロすぎて怖い。
や、ヤンデレ……?
しかも、信仰対象に対する評価が可愛いっておかしくない?
「もう、なんというか……小動物みたいな可愛さがありまして。やりたいことはあるのに、結果的にはそれがうまくいくのに、過程が全然自分の思い通りにならずにおかしな方向から突き進んで悶絶していたり……」
「それって、だいたいアルのせいじゃない?」
遠回りせず、目的地まで壁をぶち破って突き進んでいくような男だし。
信仰対象の胃を痛めさせる信者とはいったい……。
「いつも現界して、私に愚痴っているんですよ。かわいいですよね」
「神が現界……? それってよくあるの……?」
「よくありますよ?」
「あるんだ!?」
思わずぎょっとしてしまう。
私は神について詳しくないけど、そんなホイホイと信者の前に出てきてもいいの?
なんだかとんでもなく騒ぎになってしまいそうな気がするんだけど……。
というか、信者に愚痴りに来ないでよ。
「まあ、さすがに一般の信徒の前とかには出てこないですけどね。大騒ぎになりますし。私は教祖という高い立場だからということはあるでしょう」
光栄に思っているようで、その笑みは綺麗だった。
まあ、信仰している神が自分のことを信頼して何度も目の前に現れてくれて、しかも直接会話をしてくれるなら喜ぶのは当たり前か。
「へー。なんというか、もっと神に妄信しているのかと思ったら、意外と違うのね。アルがあんなのだから、教祖なんてもっとやばいのかと思ったわ」
「ふふ、誤解が解けてよかったです」
にっこりと微笑むエウスアリア。
見た目……というか目が怖いけど、そんな危険な女じゃないのかも……?
そもそも、私はアルバラードという特級の危険人物と常日頃行動を共にさせられているのだ。
ちょっと目が怖い女がなんだ。
私がそう思っていると、エウスアリアは看過できない言葉を吐いた。
「ぶっちゃけ、私が妄信しているのはアルバラード様ですから」
「…………ん?」
え、なに? 聞こえない。
言葉としては私の耳に届いているけど、脳が受け入れない。
妄信……? アルバラード……?
「見てください、これ」
エウスアリアはうっきうきで楽しそうに懐から分厚い本を取り出す。
いや、どこから出したの?
シスター服でそんな分厚い本が入る場所あるの?
その本の表紙を見ると、教典と書かれてあった。
「な、なに? 教典?」
「はい、そうです」
コクリと頷くエウスアリア。
「私が書き記した、アルバラード様の言葉や偉業をまとめたものです」
「……うん?」
「これを使って、アルバラード様のすばらしさを広めたいですねぇ……。アンタレス様とは、とても気が合いそうです。シャノン教には興味なさそうですが、こちらには興味を示してくれそうですし」
「…………うん????」
「アルバラード様とこうしてお話しすることができて、嬉ションしてしまいそうです……」
うっとりとした様子で天井を見上げるエウスアリア。
私はそれを見て、くるりと振り返り、いまだにテロ計画を策定しているアルに叫んだ。
「…………アルー! 早くここから離れた方がいいかもー!」




