第7話 どっちが悪役なんだろう
生物にとって、雷というものは非常に恐ろしい自然現象である。
なにせ、目で捉えてから避けることはできない。
にもかかわらず、一撃で命を落としかねない、恐ろしい天の怒りだ。
その巨大な音も、生物を強く委縮させる要因の一つだ。
そんな雷を自在に操ることができるのが、キースであった。
今回のように、人間の勢力圏に入り込み、たった一人で任務を任されていることからも、彼が魔族の上層部からどれほど信頼されているかが分かるだろう。
「人間がどれほど抗ったところで、俺には勝てねえよ。雷に勝ることができる生物は、いない」
戦闘能力という面だけなら、キースは魔族の中でも上位に入る。
魔力の持久力などを見ると少々劣るが、それは能力が非常に強力であるが故である。
そもそも、キースの力ならば、そんな時間のかかる戦い方なんてする必要はないし、そんな戦いになったこともなかった。
一瞬でケリはつく。今回もそうだ。
「じゃあ、さっさと死ね」
キースの頭上に膨れ上がった雷の塊。
そこから、一条の雷撃がアルバラードに襲い掛かる。
それはまさしく雷。
カッと光ったと思えば、すでにアルバラードのすぐ前に迫っていた。
認識してから避けることなんてできない。
いや、そもそも雷撃を放たれたと思うこともできず、雷に打たれて地面に転がることになる。
それが、今までキースと相対してきた者たちの末路だった。
「ふぅん」
「…………は?」
だから、気の抜けるような声と共に、その雷撃が聖剣で弾き飛ばされたのを見た時、キースは生まれて初めてというほど間抜けな顔をしてしまった。
……雷撃をはじいた?
「な、何をやってんだお前……?」
唖然として問いかける。
雷撃をはじいたということもそうだが、何よりそのやり方が問題だった。
聖剣ではじいたのである。
つまり、魔法などで無効化したわけではないから、その雷は剣を伝ってアルバラードの身体に深刻なダメージを与えているはずだった。
人体に雷は即死級のダメージを与える。
キースの使う雷はあくまで魔法のため自然現象のそれとは異なるが、それでもしびれて地面に倒れ、立ち上がれないほどの苦痛を味わわせているはずだ。
だが……。
「ふっ、効かんな」
「なにこいつ……」
ビリビリ身体をしびれさせながら、不敵な笑みを浮かべるアルバラード。
隣の精霊もガチで引いていた。
別に聖剣の加護とかは一切なく、素の身体で雷撃を受けてこれである。
この中では一番アルバラードと付き合いの長い彼女であるが、いまだにこれが何なのかよくわからなかった。
「く、クソが! 近づいてくんな!!」
ジャリジャリと地面を踏みしめて近づいてくるアルバラードに、容赦なく苛烈な雷撃を与え続ける。
いくつもの雷が光り、目にもとまらぬ速さで彼に迫る。
「ふぅん! ふぅん! ふぅん? ふぅん!」
「なんで一回疑問形挟んだの?」
しかし、それはすべて力業で聖剣を振り回すことで無効化される。
全部雷撃はアルバラードの身体に通っているのだが、全然効いていなかった。
巨大な瓦礫のついた聖剣をブンブン振り回し、大暴れしている。
「ば、馬鹿な……」
愕然とするキース。
こんな相手が現れたことなんて、もちろん一度もなかった。
雷撃を弾かれるなんて……。
いや、それだけならまだ理解できる。
試したことはないが、おそらく自分の上司もそれができてしまうだろう。
だが、この男は弾いているように見えてもろに攻撃を受けている。
それなのに、平然としているのだ。
やせ我慢でないことは明白だ。
それなら、慌てて勝負を決めに来ていたはずだからだ。
それもなく、ただ恐怖をあおるかのように、ゆっくりと歩いてくる姿は……。
「ま、魔王……!?」
「貴様、善と正義の象徴であり具現化した存在である私に対して、よくもそんな下劣な言葉を吐けるものだな」
「いや、あながち間違っていなさそう」
魔の頂点である存在を想起させる男。
絶対的悪の象徴であり、この世に災厄を齎す最悪の存在、魔王。
目の前の男が、それに類似して仕方なかった。
それが、アルバラードであった。
そう言われた本人は、非常に不服そうであったが。
「しかし、そうか。あれだけ威勢のいいことを言っておいて、強者であるかのようにふるまっておいて……」
やれやれとアルバラードは首を横に振る。
「この程度か? 魔族というものは」
「…………ッ!!」
カッとキースの頭に血が上る。
それは、その言葉に嘲りが一切含まれていないというのが大きかった。
だとしたら、つまらない挑発だと切り捨てることができただろう。
しかし、アルバラードはこれ以上ないほどの憐憫の表情を浮かべていた。
心の底から、キースを憐れんでいたのだ。
馬鹿にされるよりも、みじめに思われる方がプライドは許さない。
「しょせんは悪人。正義の前では無力ということだ」
そんなキースの心情を気にもせず、アルバラードはそう告げる。
絶対的正義。
彼の中の信念は、確固として存在し続けている。
「安心しろ。悪は私が滅ぼす。すぐにお前以外も殺してやる」
「凄い殺害予告……」
隣の精霊が白い眼を向けてくることなんて、まったく意に介していない。
本当に本心から言っているのがやばかった。
「――――――舐めるなああああああああ!!」
キースの身体から魔力が吹き荒れる。
アルバラードが本気で言っていることは、彼にも伝わってきていた。
だから、なおさら負けるわけにはいかなくなった。
「人間風情が! 他の魔族には、手出しはさせねえ!」
「どっちが正義か分からなくなってきたんだけど……」
大量殺戮を計画するラスボスを止めるために立ち向かう主人公。
精霊の眼からは、そんな風に見えてしまっていた。
「無論、私だ」
「『無論』の要素はどこ……?」
だが、やはりアルバラードは自分を信じていた。
正義とは俺であり、俺とは正義である。
本気でそう思っていた。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!」
すべての魔力を吐き出す。
出し惜しみなんてしないし、できない。
すべての魔力を、頭上にある雷の塊に注ぎ込む。
すると、コントロールができなくなり、暴走気味になる。
これこそが、キースの奥の手。
大量の魔力を注ぎ込むことで、これまで以上の破壊力と速度、手数を生み出すことができる。
問題は、制御ができないこと。それに尽きる。
うまくいかなければ、自爆しかねない。
だから、決して使うことのなかった奥の手だった。
しかし、目の前の男を……魔族を大量殺戮すると宣言した男を止めるためには、これしかない。
「勝負だ、人間!!」
「ふっ……」
「……本当、どっちが悪役なんだろう」
激突の前に、精霊が心底微妙な顔をしていた。