第68話 アン、ブラボー
「あー……こうなっちゃったかあ……」
私は頭を抱えて空を見上げた。
……もし空を飛べたら、こいつから逃げることができるのかしら?
できないだろうなあ、できないでしょうねえ。
だって、空飛ぶ魔族も平気でぶっ殺していたし。
「な、何だテメエは! 俺たちがアリアス教だと知ってやってんのか!?」
「あ、アリアス教に逆らって、タダで済むと思ってんのか? テメエはもちろん、テメエの家族や大切な人まで、全員ズタズタに引き裂かれるぜ?」
突然仲間をぶっ飛ばされたアリアス教の信者たちは、アルを見てそう怒鳴る。
……何というか、言っていることも風貌も完全にチンピラね。
別に宗教とか関係なく、アルと出会っていたらぶっ飛ばされていたんじゃないかしら。
「大丈夫だ、問題ない」
言われたら躊躇してしまいそうなほどの暴言を受けても、アルの表情は微塵も変わらない。
メンタルお化けだから、そいつ。
……というか、こいつに家族とかいるのかしら?
人間には当然親がいるものだけど、アルにそんなものがいたとは思えない。
いきなり無から生まれたんじゃない、この特異点。
「その前に、貴様ら全員ぶちのめす」
「ですわー!」
「ぐぺっ!?」
「あ、いった」
アルの言葉に呼応したアンタレスが、とりあえず近場にいたアリアス教信者をぶっ飛ばした。
おかしいわね……。豪奢なお嬢様のように見えるアンタレスが、チンピラ同然の大男をぶっ飛ばしている光景は、目がバグるわ。
「な、何だテメエは!? も、もしかして、このシャノン教の信者か!?」
「マスターはそうですが、わたくしはまったく違いますわ。あまり好きではないので」
堂々とアルの前で好きではないと言っているが、これにはアルは無反応である。
好き嫌いを言うくらいはセーフで、侮辱は一発アウト死刑となるのか。
アンタレスだから許している……ということはないでしょうね。
こいつ、気に食わなかったら長年連れ添った恋人も平気で殺しそうだし。
「だ、だったら、どうして俺の仲間を……!」
「え、だって……」
問われたアンタレスは、キョトンとしながら答えた。
「マスターの敵は、わたくしの敵ですわ。マスターが攻撃を仕掛けたということは、百パーセントあなたたちが何か悪いことをしたということですもの。だから、正義の使者たるわたくしも、当然そのお手伝いをするわけですわー!」
「ブラボー。アン、ブラボー」
パチパチと拍手をするアル。
何がブラボーだ、このバカ。
というか、アンタレスの善悪の基準が、アルがすべてってやばくない?
アルが黒と言ったら、アンタレスも平気で黒というだろう。
そして、こいつが王族でさえ悪と言えば、王族殺しを実行するに違いない。
……この世代の勇者って、マジでロクな奴いないのね。
「ふ、ふざけんな! 意味わからねえことを言ってんじゃねえ!」
「意味わからないのは貴様らだ」
「ぎゃっ!?」
騒いでいたアリアス教信者がアルにぶっ飛ばされた。
あ、腕が曲がっちゃいけない方に……。
「さて、神敵を皆殺しにするか。そして、血と臓物をささげよう」
「やっぱり邪教よね、シャノン教って」
血と臓物を求める神って、ロクな奴じゃないと思うの。
これを言ったらアルが怖いから言わないけど。
「ひっ、ひいいいいいいいいいいっ!!」
じりじりとにじり寄ってくるバカ二人に、恐怖の悲鳴を上げるアリアス教のチンピラたち。
まあ、怖いわよね。ドラゴンににじり寄られるより怖い。
「マサドさん、こっちです!」
「あぁ?」
チンピラに同情していると、逃げていた男が戻ってきた。
どうしてわざわざ地獄に戻って……。
まあ、逃げたところで追いかけられて捕まえられるんだけど。
その男は、一人の大きな男――――マサドとやらを連れていた。
「今になってアリアス教に逆らう奴がいるって?」
「はい、そうなんです! あいつらです!」
「あー……」
チンピラの言葉を聞いて、マサドは目を動かす。
倒れ伏す複数のアリアス教信者。
そして、数少ない生き残りの信者たちに、今にも襲い掛かろうとしているバカ二人。
「ぎゃっ!?」
あ、今アンタレスが我慢できずに一人ぶっ飛ばした。
「やられてんじゃねえか」
「そ、そうなんです。俺たちの仲間が……あいつら、アリアス教に喧嘩売ってきているんです! このままだと終われませんよ!」
「ははっ、お前ら終わりだ! マサドさんが来たんだからなあ!」
マサドとやらはどうにも信頼されているようで、今まで震える子犬のようになっていた信者たちが、ウキウキで煽ってくる。
でも、実情を知っている私としては、かわいそうとしか思えない。
だって、このバカ二人、それこそ魔王が相手でも嬉々として襲い掛かるような二人だし……。
仮にマサドが魔王以上に強かったとしても、決してあきらめることなく殺しにかかるだろう。
ぶっちゃけ、この二人に目をつけられた時点で、人生を謳歌することはできないのだ。
「お前らさあ……」
ため息をつくマサド。
それは、アルたちに向けられたもの……ではなく、自分を引き連れてきたアリアス教信者に向けられたものだった。
「他人の力で威張ってんじゃねえよ、だっせえな」
「ぎゃっ!?」
殴り飛ばされるアリアス教信者。
鼻から血を噴き出して地面に倒れるのを、冷たく見下ろすマサド。
仲間割れである。
躊躇なく仲間に暴力を振るう男を見て、私は……。
「うわ、こういうタイプの悪人か。……今までいっぱい見てきたわね」
あるある、そういう悪人。
悪だからこそ、何かそういう仲間割れとか好きよね。
鉄拳制裁というか、暴力は思っている以上に簡単に行使される。
まあ、相手をビビらせるには一番簡単な手段だものね。分かるわ。
残念ながら、バカ二人はビビるどころか交戦意欲をにじませているけど。
「で、アリアス教に逆らったっていうのはマジか? だとしたら、殺さねえといけねえんだが」
「安心しろ。殺されるのは貴様らだ」
うーん、この宣戦布告。
私は案の定な展開になってしまったことを、激しく嘆くのであった。
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