第64話 マジでむかつくわ
ギルドで改めて実感していたけれど、外に出れば、この街がさらに荒廃していることを強く突きつけられる。
パッと見でも、人の往来などが少なくなっていることが分かるし、人の顔に元気がない。
それに、街の建物も時折倒壊しているものもあって、まるで戦争中の街みたいだ。
魔族が攻めてきた、勇者会議が毎年行われていた街ほどではないが、しかし良くない雰囲気は流れていた。
わぁ……めちゃくちゃ早くここを出て行きたい……。
アルとアンタレスは興味を示す前に、何とか……!
人間のために働くなんて論外だし、うまいこといってくれないだろうか?
「あら、炊き出しですわね」
宿に向かって歩いていると、ちょっとした広場で行列ができていた。
美味しそうな匂いも漂ってくることから、アンタレスの言う通り炊き出しが行われているのだろう。
割と珍しいことだ。平時ではほとんど行われない。
基本的に、自分のことは自分がするのであって、国などが保護することはないからである。
こういうのが行われるのは、本当に珍しい慈善団体がやっていたり、あるいは平時でない場合だけだろう。
……先ほどのギルドの受付嬢の反応を見ているから、余計に嫌になってきた。
バカ二人、首を突っ込むんじゃないわよ。
勝手に突っ込んでもいいけど、その時は私のことはちゃんと置いて行きなさい。
「うむ、素晴らしいことだ。だが、実だけを与えるのは良くないな。やはり、どういう風にすればお金を稼ぎ、食事をとることができるかを教えるべきだ」
「え、アルにそんなことはできないでしょ?」
誰かを教え導くなんてこと、アルからは一番かけ離れたものである。
殺すか殺さないか、どちらかしかないでしょうに。
「できますわ! 何せ、わたくしを育て、導いてくれましたもの。わたくしが生きた証拠ですわ!」
「うん、だからできないじゃん」
自信満々に、自分のこと以上に胸を張るアンタレス。
それを見る私の表情は、真顔だった。
アルがろくに人を育てられない生き証人がアンタレスである。
もともと、彼女がどのような性格だったのか、どのような人生を送ってきたのかはさっぱり分からないが、最後の仕上げを施したのはアルだろう。
……アルに人を育てさせたら、アンタレスみたいなのが何人も生まれるということになる。
いや、地獄でしょ。
私は人間じゃないけど、間違いなく大量殺人犯が複数誕生することになる。
こわっ。
「とはいえ、せっかくの善意を批判するつもりは毛頭ない。素晴らしいことであることは事実だからな」
「そうねー。私なら絶対にしないけど。他人のために時間を費やし、お金を払うなんて考えられないわ」
利他精神、慈善活動。
この二つは、私がまったく理解できないものだろう。
なんだ、利他って。自分の財産と時間は、自分のためだけに使うべきだろう。
まあ、私じゃなく他人が自分のそれらを使うのであれば、別にどうでもいいけど。
ただし、私にも強制しようとしてきたら許さん。
「スープ、いりますか?」
「む?」
炊き出しをしている場所の近くに居座って、そちらをじっと見ていたからだろう。
理解できない慈善活動をしていたシスターの一人が、こちらに近づいてきてスープの入った椀を差し出してきた。
表情は無表情で、冷たく感じるのだが、声音と雰囲気は優しい。
それはいい。それはいいのだが……。
「(なんでこいつも身体がスケベなのよ……)」
シスター服越しにも分かるほど、女の身体はエッチだった。
肌の露出を極端に減らした清楚な服であるはずなのに、肌がほとんど見えないからこそ、色気に満ちたものだった。
大きく盛り上がった胸部、安産型であろう臀部。
そして、清楚でなければならず、神にすべてをささげたという背徳感を醸し出す黒いシスター服。
……なんだ、このスケベは。
シスターでスケベとはどういうことなのよ。ふざけんな。
どいつもこいつも……! アルと行動してから、こんな女ばっかじゃない! 死ね!
「すまない。別に貰おうと思って見ていたわけではないんだ。他の必要な人にあげてほしい」
善人みたいなことを言うな。
「そうですか? でも、たくさん用意してあるので、あなたの分もちゃんとありますよ。あなたたちに渡して他の人にいきわたらなくなることはないので、遠慮なく食べてください。残ってしまった方が、捨てないといけないのでもったいないです」
「でしたら、貰いますわ!」
なおも温かそうなスープを差し出してくるシスター。
アンタレスはウキウキでそれを貰っていた。
はー……赤の他人からの食事なんて、よく受け取ることができるわね。
私は人間じゃないから食事も不要だけれど、人間だったら絶対に無理だったわ。気持ち悪いし。
「美味しいですわ!」
「ありがとうございます。私たちが一生懸命、朝早くから作ったんです。やっぱり、人が喜んでくれる姿を見られるのは、こちらが嬉しくなりますね」
嬉しくなるとは言っていても、やはり無表情である。
しかし、纏う雰囲気はぽわーっと柔らかいものになっているから、嘘ではないのだろう。
……表情に感情が出ないって、面倒くさい女ね。
「こんなことは、どれくらいやっているの?」
「さすがに毎日はできませんが、定期的にやっています。今は大変な時期ですから……。私が言えるような立場でもないんですけどね」
「…………?」
何やら意味深なことを言うシスター。
こういう、答えを言わないくせに他人を不安にさせるような言動をする奴って何なのかしら。
マジでむかつくわ。
「どのような事情があるにせよ、今こうして人に手を差し伸べていることはいいことですわ! 胸を張ってくださいまし」
「そう言ってもらえると、とても嬉しいですね。もっと頑張ろうと思えます」
「シスターみたいだし、どこかの宗教の人? そこが炊き出しとかしているのね。博愛的な宗教なのね」
最近、アルがシャノン教なる邪教信者ということが分かったので、思わず尋ねてしまう。
宗教とか、今まで全然興味なかったし。
まあ、引きこもっていたからだけどさ。
聖剣が宗教を信仰するというのもおかしな話よね。
そんな私の言葉に、シスターは誇らしげにするのではなく、少し恥ずかしさをこらえるように視線をそらした。
「……いえ、どうでしょう。もちろん、私は神を信仰していますが、その組織が主導して炊き出しをしているわけではないので。これも、私の自己満足でしているだけのことです」
「そうなの?」
組織としてやっていないということは、本当にこのシスターたちの自発的な行動ということになる。
……やばいわね。これ、じゃあ自費?
えげつなさすぎるわ。私なら絶対にしない。
「ええ、自己紹介がまだでした」
シスターはそう言うと、綺麗にお辞儀をした。
「私、アリアス教のシスターをしております、ルサリアです。よろしくお願いしますね」
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