第62話 当然ぶち殺すが
なぜか少し誇らしげなアルを視界に入れないようにしながら、アンタレスに聞いてみる。
ぶっちゃけ、付き合いの長さで言うと彼女の方が長いし、知っていることも多いだろう。
そもそも、私はシャノン教という宗教すら知らなかった。
「ねえ、シャノン教って知ってる……?」
「もちろんですわ。マスターのことにおいて、わたくしが知らないことなど……そうそうありませんわ!」
「いくつかはあるってことね。身の程を知っているようで何よりだわ」
何でも知っているとか言われたら、そっちの方が怖かった。
ゴリゴリのストーカーになるもの。
「で、シャノン教って?」
「世界にいくつかある、メジャーでない宗教の一つですわね。わたくしも信者ではないのであまり詳しくは知らないのですけれど……土着の宗教という可能性もありますわね」
その返答に、目を丸くして驚かされた。
シャノン教が小さな宗教ということではない。
確かに、メジャーではないいくつかの小さな宗教も、確かに存在するからだ。
そんな宗教とアルがどういう出会いをしたのかは気になる。
それも、ちゃんとアルに信仰させるなんて、どんな経緯があったのだろうか。
というよりも、今は気になったのは、アンタレスがその宗教を信仰していないということである。
何でもかんでもアルの後をついていきそうな感じの、忠犬ぶりを感じていたのに。
「へー、あんたは入っていないのね。アルがすることなすこと全肯定して真似しそうなものなのに……」
「確かに、すべてマスターの真似をしたいのですが……。どうにも……」
「ん?」
何だかちょっと嫌そうに顔を歪めるアンタレス。
いつもニコニコ悪人をぶち殺す彼女にしては、珍しい反応だ。
しかも、口ごもるだなんて……。
他人の気持ちを一度も鑑みたことがないような彼女なのに……。
「というか、本当に信仰しているの? そんなそぶり、今まで一度も見たことがなかったんだけれど」
冗談かとも思うのだが、アルがそういうことを言うタイプではないしなあ……。
しかし、一度も宗教色を出したことがないと思うんだけれど……。
「基本的にお前が寝ているときにしているからな、礼拝は」
「礼拝……?」
「ああ、これだ」
アルは懐をゴソゴソとあさり、小さな球体を取り出す。
そして、それを無造作に地面に投げ捨てると……。
「えっ!? ナニコレ!?」
ポンと軽快な音と共に現れたのは、いくつかの構造物であった。
壇があり、その中央には小さいながらも精巧に作られた像がある。
そして、それにささげられているであろう供物がいくつもある。
簡素ではあるのだが、笑えないレベルの神聖さがあった。
かなりの崇拝を込められて作られたのであろう。
そして、同じく崇拝を込められて使われてきたのであろう。
それが伝わってくるような、立派なものだった。
「私お手製の、携帯式祭壇だ」
「携帯式祭壇!?」
そんなものがあるの!?
しかもお手製!? そんな器用だったっけ!?
「というか、禍々しすぎない? これ、祭壇って言えるの?」
私がそう言ったのには、理由がある。
神聖さは確かにある。荘厳な感じでもある。
でも、何と言うか……悍ましい。
何かドクロとか供えられているんだけど。
なにこれ、邪教?
呪殺用の道具じゃん……。
「わが神は血と臓物を好いておられるからな」
「邪神?」
アルが邪神崇拝者だった……?
この世の終わりね。さようなら、今世。よろしく、来世。
「いや、わらわのためにしてくれたのは嬉しいのじゃが……。そんな血なまぐさい趣味はないのじゃぁ……」
「え?」
ギョッとして振り返るが、そこには誰もいない。
視界の端に、褐色肌のスケベな女が現れたように見えたのだが……。
一度も聞いたことがない声だったので、かなり驚かされた。
「どうされましたの?」
「い、今誰かいなかった?」
「わたくしは気づきませんでしたが……」
おそらく誰かいたとは思うのだけれど、アンタレスが不思議そうに首をかしげていることから、もしかしたら私の気のせいかもしれない。
私よりも修羅場を潜り抜けている彼女が気づけていなかったのだから。
……戦うための武器である聖剣よりも戦い慣れているって、どういうことかしら……。
まあ、気のせいということにしておこう。
でないと、今姿がまったく見えないから、幽霊みたいで怖いし。
「ちょうどそこらに転がっているし、ついでに礼拝をしておこう」
そう言うと、転がっている賊の死体を弄り始める。
ひぇ……蛮族……。
さすがの私も気分が悪くなるグロ描写になるので、目を反らしてアンタレスに話しかける。
まさか、やべーと思っていた奴が会話のオアシスになるなんてね。
「それにしても、アルが宗教を信仰しているなんてねぇ。しかも、割とがっつり……」
「かなり熱心ですわよ。毎日欠かすことはなかったですから」
「ふーん。まあ、無理やり勧誘とかはしていないみたいだし、別にいいんじゃない? 好きにするくらい」
アルレベルの戦闘能力があって狂信者となるとかなりやばいバーサーカーの完成となるが、今のところ宗教関連でアルがぶっ飛んだことはない。
つまり、たまにいる狂信者と比べると、話のできる狂信者ということになる。
……信仰している宗教は、あからさまに邪教だけれども。
教義とかどうなっているのかしら。ちょっと気になるわ。
でも、こういうのって興味を示したらここぞとばかりに引きずり込もうとしてくるものだから、絶対に口には出さない。
「まあ、そのシャノン教に攻撃を仕掛けたりしたら、そいつらは大変な目に合うわね。アルがいるし」
「わたくしは信者ではありませんが、もちろんマスターの味方になりますわ!」
アルだけでも相当やばいのに、これにアンタレスもくっついてくるとか……。
そんなことをしたら、文字通り髪の毛一本この世には残らないわね。
「心配するだけ無駄だと思うけどね! そんなバカ、いないだろうし!」
自分で言っていてなんだが、そんなことはありえるはずがないわ。
アルとアンタレスが全力で攻撃してくるような地獄そのものを、自力で引き寄せるバカがどこにいるのだろうか?
まあ、アルがシャノン教とやらに入信していることを知らずに攻撃を仕掛けてくる可能性もあるけれど……そんなことをする理由がどこにもないものね!
「そうだな。そんなことがあれば、神敵として当然ぶち殺すが」
「ひょええ……」
まっ、絶対ないから大丈夫でしょ!
私はそう確信するのであった。




