第61話 聞いたことがないカルト!?
「ぐ、あ……」
「いてぇ……いてぇよ……」
「――――――」
あ、一人死んだ。
私はぼんやりと目の前で広がっている死屍累々を眺めていた。
倒れ伏す十数人の人間たち。
どうやら、賊のようなことをしていたらしく、これからいざターゲットを襲おうとしていたところに、背後からやべー奴二人に襲い掛かられたということだった。
戦いは数というところが、非常に大きな勝因となる。
単純に、いくら強くても数が不利なら、負けることもある。
今回は、こっちのやべー奴が二人で、相手の賊は十数人もいる。
単純に十倍近く差がある。
だいたい、三倍の差があったら、数が少ない方は勝てる確率が極端に低くなる。
今回は、さらにその三倍以上の数の差があった。
いくら強かろうとも、さすがにそれではどうすることもできず、数の暴力で敗北するしかないだろうが……。
「ふん。歯ごたえのない悪人たちですわね」
「うむ。しかし、それほどアンが成長したということだろう。見事だ」
「はうわっ! 嬉しいですわ、マスター!」
「……こいつら、ちょっと強い程度じゃすまないレベルなのよねぇ」
いや、アンタレスが強いのは分かるのよ。
聖剣の力も存分に使えるし。
アルは何? ろくに聖剣の力を使えないのに、腕力と自力の暴力だけでぼこぼこにしているんだけど。
何なのこいつ、マジで。
「うっ、うぁぁぁ……! た、助け……助けて……」
「それは、今まであなたが殺してきた相手に顔向けできる言葉ですの?」
血だらけになって地面でもがいている男の傍により、ニコニコと笑顔で話しかけるアンタレス。
笑顔で話せるような状況じゃないのよねぇ……。
今にも死にそうな人間が助けを懇願しているのに、死にかけの虫を観察するような感じで助け舟を出さずにじっと見ているアンタレス。
怖い……。
「今まで、自分たちの欲望を満たすためだけに、たくさんの悪事を働いたでしょう? 他人の財産を、他人の命を、散々に暴力で奪い取ってきたのでしょう? ならば、今度は自分が奪われる番になっただけですわ。そのくらいの覚悟、あるからこそ賊なんてしていたのでしょう?」
「いや、たぶんそこまで考えて賊をやっている奴はほとんどいないと思うわよ」
そんな殊勝な考え方を持つ人間は、賊なんかにはならないだろう。
残念なことに、この賊たちの運命は今日までと決まっていたのだ。
アルたちに感づかれなければ、もうちょっと長生きできただろうに。
と言っても、賊の末路なんてろくでもないことしかないけどね。
「だいたい、誰があなたを助けますの? あなたのお仲間は、そこらに沈んでいますわ。ふふっ、害虫みたいでかわいいですわね」
「どういう倫理観しているの、この子?」
怖いよぉ……。アンタレスの倫理観と人間性が怖いよぉ……。
何より、そんな彼女に成長させたアルが怖い。
本当、何なのこいつ……。
そんな恐ろしい死神に見下ろされた賊は、小さく呟いた。
「助けて、神様……」
「神はそう簡単に人を助けてくれませんわよ」
「ひょええ……」
首を刺して今度こそ息の根を止めるアンタレス。
顔色一つ変えないで人の命を奪うのは、ベテランの殺人鬼である。
まあ、人間のことだし、どうでもいいか。
私は気を取り直して、気になったことを聞いてみる。
「人間って、本当にいざ追い詰められたら神頼みをしたがるわよね。神に助けてもらうより、自分で何とかしようと足掻いた方がいいでしょうに」
「まあ、実際に神が存在するからですわね。全体数で見ると数少ないですけれど、実際に救われた人もいますしね。わたくしは助けてもらえませんでしたが」
「そ、それは置いておいて……」
アンタレスもなかなか深い闇を持っているようだ。
もちろん、首を突っ込むつもりは毛頭ない。
今更どうすることもできないだろうし、すでにアルが何とかしているだろう。
だからこそ、彼女みたいなやばい奴がこれだけ懐いているわけで。
……ぶっちゃけ、他人の過去なんか興味ない。面倒くさいし。
アンタレスの言う通り、実際に神が存在して、実際に神の御業で救われた人間がいると、宗教が力を持つ理由もよくわかる。
「結構、信仰する神によっても違うわよね?」
「わたくしもあまり詳しくありませんが、全然違うと思いますわ。色々な神がいて、その数に応じて様々な恩恵がありますわ。今殺した害虫がどんな神を信仰していたかは知りませんが、救われないということはその程度の価値しかないということでしょう」
色々な人間がいるように、色々な神がいる。
積極的に信者を助けようとする神がいれば、そうでない神もいる。
まあ、基本的に信仰されている数とかが神の力になるみたいだから、助けようとするものだとは思うけれど……。
「何でもかんでも頼まれれば応えていたら、神も超忙しいしね。そりゃ、信者の区別もつけるわよね。平等じゃないというのは、信者たちからすると悲しいことかもしれないけれど」
「信心深い者だったり、寄進をする者だったり……。まあ、その神のためにどれほど尽くしているかは、判断基準の一つでしょう」
だからこそ、のめり込む人はかなり宗教にのめり込んでいる。
逆に、まったく関係を持たないようにする者も一定数いる。
ひたすらに祈りをささげて他人に助けを求め、しかもそれで本当に助けてもらえるか分からない。
そんなことをするくらいだったら、その時間を自分の研鑽に当てて、自力で道を切り開いていこうとする者。
そういった者たちは、基本的に神を信仰したりはしない。
「まあ、ここにいる奴らは一切関係なさそうな話だけどねー。アルも、別に宗教なんて信仰していないでしょ?」
その最たる例が、アルだろう。
他力本願とは、まさに正反対の男。
自力ですべてを何とかしようとして、実際に何とかする男。
からかい混じりに聞くと、アルはじっと無表情でこちらを見つめ、当たり前のように言葉を返してきた。
「しているぞ」
「ほらね。だから、私たちには一切関係な……しているの?」
き、聞き間違い?
私は唖然として聞き返すと、アルは気分を害した様子もなく、コクリと頷いた。
「ああ、シャノン教」
聞いたことがないカルト!?




