第6話 これは愛剣。信頼しあっているパートナーだ
アルに引っ張られて地面に落ちる。
……私の加護とか一切ないから、普通に自然落下している。
かなりの高さから着地したはずなのに、骨折どころか足がしびれた様子すら見せていない。
本当、こいつって何なの……?
「えーと……誰や?」
魔族と相対していた女が、アルを見て怪訝そうに顔を歪めていた。
見る限り、動き回って戦えるようなタイプではないだろう。
あの大きな胸が邪魔に違いない。
後で切除してあげよう。邪魔だろう。
聖剣としての仕事の一つだ。遠慮しなくていい。
「ふっ……」
「なんで意味深に笑ってるだけなんや……」
何も答えないアルに、さらに困惑を深める女。
それ、格好いいと思っているのよ。バカにしないであげて。
馬鹿にしていいのは私だけだし。
女の眼は、アルから抱きかかえられているラーシャに向けられた。
「ら、ラーシャ!?」
「は、ハンナ……」
どうやら、既知のようだった。
まあ、同じ村に住んでいたし、顔見知りではあるか。
慌てて近寄ってくる女――――ハンナに、アルは危険性を感じなかったのか、怪我に響かないようにラーシャを渡した。
「知り合いか? なら、彼女を頼む。傷を負っている」
「分かったで! ほりゃあ!」
「きゃぁっ!?」
即決即断。
ハンナは懐から液体の入った瓶を取り出すと、中身をラーシャにぶちまけた。
宣戦布告かしら?
しかし、そんなことはなかったようで、医者に見せる必要があった肩の傷がみるみるとふさがった。
あー、ポーションの類ね。
これだけ効果が強いとかなり希少な気もするけど、それでも躊躇することなく使える間柄なのね。
私なら絶対他人に希少なアイテムなんて使わないわ。
まあ、それはいいのだけれど……。
液体を頭からかけられたわけだから、衣服が身体に張り付いて……。
「……スケスケになってエッチになっているわ」
「あ、ああ!?」
ラーシャの見た目がかなり扇情的なことになっていた。
慌てて胸元を手で隠そうとしている。
……ちっ。村娘のくせになかなかでかいじゃないの。
しかし、そんな場所に注意を向けている男は、ここには誰もいなかった。
「大丈夫よ。アルはそういうのに興味を抱かない、悪人抹殺マシーンだから」
「うちのラーシャに魅力がないと?」
「アル! やばいわ! こいつ面倒くさい奴よ!」
このクソ巨乳、私を凄い目で見てきているわ!
そんな目を向けてきてもいいのかしら? アルをぶつけるわよ。
「まだ抵抗するような奴が残っていたのか。本当、人間どもは何をやってんだか……。相変わらず無能な種族だ」
「種族で見下すのは良くないな」
「身体能力も魔力も知力も、すべて劣る種族を見下すなってのは無理な話だろ?」
「そうか。まあ、お前が人間を見下していようがしていまいが、そんなことはどうでもいい」
アルと魔族の会話が始まっていた。
とてもじゃないが、友好的なそれではない。
お互いが、お互いを潰すべき相手だと、すでに認識しているのだろう。
「お前たちのしていることは、明確な悪だ。私が手ずから懲罰を下し、生きてきたことを後悔させてやろう」
アルの考える懲罰内容が怖い。
生きてきたことを後悔させてやるって言う勇者ってなに? そんなの見たことないんだけど。
どうしてそんな思考回路で自分が勇者だと確信できているのかが分からないわ。
「面白いじゃねえか。やってみろよ」
「ふっ、いくぞ、愛剣」
「愛剣って呼ぶな」
切っ先に巨大な瓦礫がこびりついた『私』を構え、アルは魔族と戦い始めるのであった。
◆
魔族の男は、キースと言った。
彼の役割は、この賊たちの用心棒である。
「(魔族の俺が、人間の犯罪者の用心棒をするなんてな。意味わからねえ……)」
キース本人でさえ、そう思っている。
一般的な魔族の例にもれず、人類を見下している彼が、まさか人間に友好的に接する羽目になるとは。
「(あの方の命令でなかったら、今すぐにでも皆殺しにしてやりたいが……)」
そんなキースが用心棒を引き受けているのは、金のためではなく、ひとえに自分の上司からの命令だからである。
これが何の役に立つのかはさっぱり分からないが、あの方のすることに間違いはない。
だから、苛立ちを抑えながら、キースは賊の用心棒に徹していた。
「このつまらねえ仕事も、早く終わらせたいものだな。だから、さっさと死んでくれていいぞ」
「死ぬのはお前だ、悪め。皆殺しにしてやる」
「自称でも勇者が言っていい言葉じゃないんだけど……」
やけに好戦的な乱入者――――アルバラードと相対する。
彼が手に持っているのは、立派な造りの剣だ。
さぞ名のある刀匠が作ったものだろうと、キースは判断した。
武具について専門性を持っているわけではないが、彼も戦場で戦う男。
優れた武器くらいは分かる。
ただ……。
「なんで切っ先に瓦礫がこびりついているんだ……?」
多少汚れがあるというのは分かる。
血と鉄で汚れる戦場で使われるのが武器だ。
手入れしていないのは武人として情けないの一言だが、汚れているのであれば分かる。
なのに、アルバラードの持つ武器についているのは、汚れではなく瓦礫だった。
あまりにもおかしい。
「なんだ、その武器……?」
「ちょっと! まるで私がおかしいみたいになっているわ! アル、ちゃんと説明しなさい! あなたが無理やり引き抜いたからだって!」
「これは愛剣。信頼しあっているパートナーだ」
「なんで息を吐くように嘘を言うの……?」
酷く困惑した様子でアルバラードを見る精霊。
なぜかキースを見る目が熱い。
恋慕とかそういうものではなく、『こいつぶっ殺してくれ』という期待の眼である。
仲間じゃないのかこいつら……? と思いつつも、その期待に応えてやることにする。
まあ、その女も殺すわけだが。
「さあ、やろうぜ。人間とは格が違う魔族の力、見せてやるよ」
そう言うキースの頭上には、轟々とうなりを上げる雷の塊が出来上がっていた。