第57話 私の夢
魔族による人類圏の街の襲撃。
それは、とてつもなく大きな事件として、人間側に捉えられていた。
元来、人間と魔族は不倶戴天の存在であり、何度も戦争を繰り広げてきた間柄である。
その戦争の大小はあれど、巨大なものだと、それこそお互いが絶滅するまで戦い続けるのではないだろうかと思われるほどの、全面戦争もあった。
しかし、ここ最近は小康状態に陥っており、局地戦争すら起きていない、歴史上例を見ないほどの平和な時代だった。
無論、国境近くでは小競り合いは何度か起きているが、それでも本格的な武力衝突にはならないようになっていた。
「でも、今回のことで、その前提が覆されたのね」
聖剣はポツリと呟いた。
別に、人類と魔族は休戦条約を結んだわけではなかった。
要は、暗黙の了解でお互い攻撃をしあわないようにしていた。
だから、戦争が起きない平和が生まれていたのである。
だが、魔族はその暗黙の了解をあっけなく破壊した。
宣戦布告があるわけではないが、明らかな武力侵攻である。
人類圏の街、しかも非戦闘員が多くいる場所を襲撃するのは、明白な敵対行為だった。
そんな事態を受けて、すぐに大規模な戦争が始まるわけではない。
そうなった場合、大きな代償を支払うことになるのは、明白だからだ。
しかし、もともとお互いにいい印象を抱いていない間柄で、攻撃を加えられた。
人類側に思うところができるのも、当然だった。
今はまだ、大規模な衝突にはなっていない。
しかし、火種は確かに残った。
この火種が爆発するのは……そう遠くはないかもしれない。
「……という感じかなぁ。全部受け売りだけど」
そう言って笑うのは、首都から派遣されたスピカである。
相変わらずとんでもなくでかい乳に、聖剣は眉を顰める。
一緒に会話をするのも嫌だ。
今回の出来事は、国どころか人類にとっても非常に重要な大事件だ。
都からも人が派遣されて、調査が行われている。
「なるほどな。だが、安心するといい。私は人類も魔族も問わず、悪だけを滅ぼす」
「どっちの陣営も攻撃してくると、協力して潰しにかかれると思うんだけどぉ。なんか自分だけでどうにかしちゃいそうなのが怖いなぁ」
嬉々として血しぶきをまき散らし、アルバラードの背後に大量に倒れ伏している人間と魔族を連想するスピカ。
全然ありえそうな未来なので、笑顔で否定しておいた。
「あなた、こんな現場検証みたいなこともしているのね。本当に騎士なの?」
「まあ、騎士団に所属してはいるんだけど、普通の騎士ではないからねぇ。あの方の専属の付き人みたいな感じ。もっと簡単に言うと、パシリかなぁ。だから、命令されたらやるしかないんだよねぇ」
スピカの場合は国から派遣されてきたというより、彼女の仕える主から命令されてやってきただけである。
国からちゃんと命令を受けた騎士は他にいるから、スピカは仕入れた情報を主に伝えるだけだ。
「あの方、ねぇ。そう言えば、ラーシャたちの村に来たのも、言っているその人物の命令だったかしら?」
「そうだよぉ。あの方、君に興味があるみたいだから、近々お誘いがあるかもねぇ。準備に手間取っているみたいだけど」
聖剣が興味を持って聞くと、スピカも隠すつもりはないのか、あっけらかんと答えた。
意味深な言葉に、聖剣は露骨に嫌そうに顔を歪める。
間違いなく面倒事だからだ。
「えー、行きたくなぁい。アル、行かないでおきましょう。スピカを使えるレベルって、かなり上の方の人間よ」
「うむ、理由がないから行かないでおこう。面倒だ」
こういう時だけは意見が一致するな。
聖剣は何とも言えない感情を抱くのであった。
「いやいや、断る方がやばい方向に進むからぁ。その時になったら、どうせ拒否権なんかないからねぇ」
あの方の素性を知って、こんなことを言える人はいないんだろうなあ、と思うスピカ。
……いや、目の前の二人なら、本当に言い出しかねない。危ない。
苦笑いしながら、彼らに告げた。
「また隠すことなく色々あけすけに話ができることを、楽しみにしているよぉ」
◆
「…………」
「…………」
死屍累々。
その場所の状況を示す言葉は、これが一番似合っていた。
場所は魔王城の一室。
ぐったりと地面に寝そべっているのは、魔王軍の顔ともいえる四天王の二人、レイフィアとルードリックであった。
恥も外聞もなく、べたーっと地面にへばりついている。
動く元気はまったくなかった。
半分死んだ目で天井を見上げていた。
「……あなた、あんな化物と戦って生きて帰ってきていたんですね」
「……まあな」
「……あの時の言葉、謝罪させていただきます」
「……気にするな。分かってくれたんだったら、それでいいさ」
二人は初めてお互いのことを認め合い、労わり合うことができた。
基本的に、魔王軍四天王は利己的な連中の集まりである。
魔族のためであるとか、仲間のためであるとか、そんな行動原理は存在しない。
むしろ、お互いが痛い目に合ってくれたら、それはそれで面白いと思うような連中だった。
だが、アルバラードという、理外の存在である化け物と相対し、命を狙われた共通の存在である。
だからこそ、初めて仲間意識というものが生まれた。
「……私たち、三人とも一回死にましたよね?」
「間違いなくな。魔王様の加護で一度死んでも蘇る魂のストックがなかったら、終わってたな。人生」
「人ではないですけどね」
レイフィア、ルードリック、そしてメリア。
この三人、実を言うと完全には逃げきれていない。
アルバラードの『死霊の嘆き』によりぶっ殺されていたのだが、魂のストックで何とか復活したのである。
裏技というか切り札を、もう使ってしまったのだった。
「人類との全面戦争。これ、今更ですけどやめた方がいいんじゃないですか? 私、絶対に嫌ですよ。あれと二度と顔を合わせたくありません」
「俺だって嫌だよ。まあ、魔王様かあいつなら……」
ルードリックの頭の中に浮かび上がる存在。
そもそも、彼らはもちろん、アルバラードの本気すら見たことがないので、どちらが勝てるとかは考えられない。
まあ、魔王の敗北は自分たちの死につながるので、信じたいのは当然魔族側の勝利なのだが。
しかし、めちゃくちゃ全面戦争したくない。
寿命は魔族の方が長いのだから、アルバラードが寿命で死ぬのを待つとかはできないのだろうか?
「(……あいつ、寿命で死ぬよな? さすがに死ぬよな? 千年先まで生きるとか、そんなことはないよな?)」
「……その時は、あなたも手伝ってもらいますよ、勇者さん」
ふとルードリックの脳裏に浮かんだ不安。
数百年後、意気揚々と人類圏に侵攻しに行ったら、満面の笑みで迎撃のため立ちはだかっているアルバラードの姿がイメージできて、震え上がった。
その横でレイフィアが一緒に逃げてきたメリアに声をかける。
「……はあ、凄かったですね。殺されかかったのに、こんな気持ちになるなんて……」
しかし、メリアは彼女の言葉をまったく聞いていなかった。
彼女の頭の中に浮かんでいるのは、アルバラードのことだけだった。
圧倒的な力。それは、理不尽なまでの暴力と同義であった。
強いと自負していた自分の誇りを、粉々に打ち砕いた男。
「私の夢、私のために、あなたは絶対に必要です。絶対に……」
そんな男を思い浮かべるメリアの顔は、まるで恋する少女のように惚けていたのであった。
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