第56話 だが、次はない
「あ、引きずり出された……」
私から見ると、アルが何もない場所を急に凝視し始めたり、急に移動し始めたり、急に私を振りかざして暴れ始めるから、訳が分からなかった。
しかし、空間に亀裂が入ると、そこを無理やりこじ開けて、中からメリアを引っ張り出していた。
首根っこを掴まれてブランブランと揺れる様は、いたずらをして咎められている猫のよう。
「わあああああああああ! きゃああああああああああああああああ!!」
「もう意味をなさない悲鳴になっているわね。ガチのやつじゃん……」
しかし、メリアがガチの大泣きをしているものだから、悲惨さが半端ない。
まあ、普通次元を超えて襲い掛かってくるとは思わないわよね。
分かるわ。絶対に怖いもの。私は経験したくないわね。
「さあ、ようやく顔をしっかりと合わせられたな。そして、これが最後だ」
「おかしいですよ! 絶対おかしいですよ! なんで感知できない世界に無理やり入り込んでくることができるんですか! もう嫌! なにこいつ!」
「やっとこっち側にきたわね、勇者メリア」
ぎゃんぎゃんと泣きわめくメリアを見て、ほっこりする。
何だか気取っていて自分は他人とは違います、感を出していたからね。
いい気味だわ。すべての人類はアルに泣かされる羽目になるべきよ。
だいたい、私だけが振り回されて辛い思いをするなんて、そもそもおかしいものね。
これからも、積極的に押し付けていきましょう。
「さて、残念ながら、これが最後だ。お前の思想、世界平和は私が引き継ごう。無論、やり方は違うがな」
アルは、メリアと道を違えているものの、世界平和という最終目標は一致している。
過程だけが違うのだ。
メリアは人類の数を減らし、自分による徹底管理を行って平和を目指す。
アルはとりあえず悪と判断した人間をぶち殺して回り、その恐怖による支配で悪が芽生えなくなる平和を目指す。
……あれ? この二人、どっちが正義? どっちも悪だったりする?
そんなことを考えている間に、アルは私を振り上げてメリアを見下ろしていた。
「だから、安心して死ぬがいい」
「わああああああああああああああああああ!!」
メリアのガチの悲鳴が響き渡る。
そして、ここに裏切り者の勇者の惨殺体が出来上がる……はずだった。
「――――――!?」
ドプン、と黒いものが地面から吹き上がった。
底なし沼のような、重たい空気。
周りにあるものを、ゾプゾプと沈めていく。
とはいえ、いきなりこの場所に底なし沼ができたわけではない。
「影!?」
そう、影だ。
太陽光が差しているから、建物などのおかげで影がいくつもできていた。
その影が蠢き、周りのものを沈めていっているのである。
「うわっ、気持ちわるっ……」
思わずそう言ってしまう。
いや、だって……本当に気持ち悪いんだもの……。
「むっ? あの魔族の姿もないな……」
いつの間にか、レイフィアの姿はなくなっていた。
意識も失っていたから、この影に抵抗することなく飲み込まれていったのだろう。
まあ、別にあいつが死のうがどうでもいいのだけれど……。
「影で取り込んでいるのね。そう言えば、こんな力を使っていた奴、最近いなかったっけ?」
「……いたな。殺したはずだったが、生きていたか」
これが自然現象であるはずがない。
誰かの力だ。
そして、私たちは先日、影を操る者と相対し、アルがボコボコにした。
そいつの所属している組織などを考えると、これは明らかにレイフィアたちを助けるために行われているものだろう。
さて、どうするのかと悩んでいると……。
「そこだ」
「ほわあああああああああああ!?」
アルが聖剣をぶん投げた。
私をそんなに雑に扱ってんじゃないわよ!
ひときわ濃く見える影にそれがぶつかりそうになると、そこから悲鳴を上げて一人の男が飛び出してきた。
まだ身体のいくつかに包帯を巻いている痛々しい姿の魔族。
魔王軍四天王の一人、ルードリックだった。
一回、アルにボコボコにされた奴である。
「なんで俺の居場所が分かるんだよ! 一切外に出ていなかっただろうが! 意味わからねえよ!」
ルードリックは最初からガチ泣きだった。
メリアと一緒だわ。
でも、最初は何か強キャラみたいな感じで出てきていたのに、すんごいしなびたわね。
ギャップを狙っているのかしら? かわいくないわよ。
「存在から意味が分からないのが、アルよ」
「なんでパートナーからそんなこと言われているんだよ、こいつぅ!」
パートナーじゃねえって言ってんだろうが! ぶっ殺すぞ! アルが!
「アルバラードさん!」
「む?」
声をかけてきたのは、先程までギャン泣きしていたメリアだった。
すでに身体の大部分が影に沈んでいる。
アルの身体が一切影に入っていないことを見ると、これは攻撃というよりも、逃走手段として使うつもりのようだ。
影の中を移動できるのならば、かなり有効な力だ。
さすがは魔王軍四天王に選ばれるだけはある。
……でも、アルって次元が違う亜空間の中の敵を感知して攻撃を仕掛けられるレベルのバグキャラよ。大丈夫かしら?
「殺されかけて分かりました。あなたは、この世界でも有数の実力者。少なくとも、私はあなたよりも強い人と出会ったことがありません」
私もない。
というか、こんなむちゃくちゃな奴が何人もいたら地獄だし、アルよりやばい奴がいたら世界の終わりである。
「だからこそ、敵対ではなく、協調を選びたい。時間がないから、私の思想を完璧に理解してもらえなかっただけだと思います。……というか、思いたいです」
ぶっちゃけ、アルともう二度と戦いたくないんでしょうね。
分かるわ。魔王軍四天王の二人にトラウマを負わせ、人類を裏切った勇者であるメリアに二度と戦いたくないと言わせる男。
……なんだ、こいつ。
「次に会うとき、私はあなたを殺しません。私の思想に賛同してもらえるように、全力を尽くします」
「そうか」
敵対ではなく、懐柔を選ぶ。
まったく悪くないとは思うんだけど、アルが懐柔されるとは思えないのよねぇ……。
金とか女とか、普通の人間の男が揺らいでしまうようなものがある。
賄賂やハニートラップが古来から使われているのは、それだけ有効だからである。
なお、アルにはまったく通用しない模様。
「だが、次はない」
アルの持つ聖剣から、ブワッとあふれ出る圧倒的な負の魔力。
……あれ? 私、力を使っていいって許可したっけ?
なんで私自身の許可がないのに、私の力の一端を使えているの?
い、いやいや、気のせいでしょ。使えるはずがないんだから……。
「『死霊の嘆き』」
「あれぇ!? 私、力を使うの許可したっけぇ!?」
それは間違いなく私の力だった!
えぇぇぇぇ!? いつ使っていいって言ったっけ!?
もう私の知らないところで、私の力を使いこなしているの!?
「うわああああああああああああ!?」
私が唖然としている中、メリアとルードリックは、圧倒的な負の暴力に押しつぶされて消えるのであった。
魔王軍四天王と勇者をまとめてぶっ飛ばした男。
……異名が増えるわね!
「ふっ。すべて消滅するのは、やはり気持ちがいいな」
「大悪党?」
言っていることがむちゃくちゃなんだけど。
一刻も早く監獄にぶち込まれるべき思想をしているわ。
「にゃっ!? どうしてこんなことになっているの!?」
「さすがマスター。最高ですわぁ……!」
魔物を始末したのだろう。
こちらに戻ってきたルルとアンタレス。
正反対の反応が、また面白かった。
こうして、アルが今日も元気に四天王と勇者をぶちのめしたのであった。
……本当、何だこいつ……。
過去作『自分を押し売りしてきた奴隷ちゃんがドラゴンをワンパンしてた』のコミカライズ最新話が、期間限定でマグコミで公開されています。
下記から飛べるので、ぜひご覧ください!
https://magcomi.com/episode/2550912965956058065




