第54話 ふぅん……一理ある
「人が人と関わるから争いが起きるのです。逆に、一人で生きている人に争いは起きようがありません。争う相手がいないのですから」
とんでもない暴論を恥も外聞もなく宣っていると思うが、メリアはとても自信に満ち溢れて話していた。
これは、もはや誰から批判されても揺らぐことはない。
すでに、彼女の中では確定した事実なのだろう。
「どう考えても、今の世界の人口は多すぎます。一人一人多種多様みんな違って尊い命。だからこそ、それぞれ引くに引けずに争いが起きます。それだけでなく、人は集団をつくる。くだらない主義主張で一定固まって、違う思想を破壊しようとする。そうなると、争いの規模も大きくなり、悲劇もまた大きくなる」
集団というのは、たとえば国家であったり宗教であったり。
その国家や宗教の中でも、派閥というものができてお互い攻撃しあう。
……いや、本当人間って面倒くさいわね。
なんで群れて攻撃しあうのかしら。傷つくだけじゃない。
やっぱり、聖剣がナンバーワンよ。
「ならば、その人を減らすほかありません。今の人口は、私ではとても管理しきれない。もっと数を減らせば、争いの規模も小さくなる。私の目が行き届けば、争いを起こす前に鎮めることもできる。そうすることで、世界平和になるのです!」
誇らしげに宣言するメリア。
うわぁ、やばぁい……。
大きな理想を掲げる人間って、最初はそれでいいんだけど、現実と理想の間でうまくつり合いがとれなくなって壊れちゃうのがよくあることなのよね。
自滅するなら別にどうでもいいけど、メリアのように他者に何かを強要するようになるとマズイ。
大概、そういう人間は周りに潰されて大きなことを為せずに消えるものだけど、メリアは勇者という世界でも有数の強者だから、そのわがままが通りかねない。
「ふぅん……一理ある」
「ッ!?」
アルがポツリと呟いた言葉に、私は戦慄する。
な、納得しちゃった!? 一番納得しちゃいけない人が納得しちゃった!?
「ま、まずいわよ! やばい奴がやばい思想に傾倒したら、やばいことになるわ!!」
「何を言っている?」
お前が何を言っているのよ!
メリアの思想にアルが全力で協力し始めたら、もうダメじゃん!
「ならば、私と一緒に歩いてくれませんか? 初めて……初めての同志かもしれません! 素晴らしい目標に向かって、素晴らしい仲間と共に歩く! 私、感激しています!」
「確かに、お前の言うことにも理はある。人は集まると、どうしても争いを起こす」
感動したように手を差し伸べてくるメリアに対し、アルはやはり理解を示す。
ああ、もうおしまいだぁ……。私以外の人間とかがどうなっても知ったことじゃないけど……。
そんなことを考えていると、アルは真摯にメリアの目を見て口を開いた。
「だが、それも正義だ」
「は?」
首をかしげるメリア。
……どこに正義がどうのこうの言うようなことがあったの?
「争いもまた、人の営みの一つ。まったく争いのない世界は停滞し、衰退し、滅びるだろう。私はそれを望まない」
「う、うん……」
悪人とはいえ、問答無用で大量殺戮を繰り返す人が何か言っている……。
「では、私の仲間にはなってくれないと?」
「そういうことだ。とりあえず、死ぬがいい」
即決即断。
アルはさっそくとばかりに瓦礫付きの私を振りかざして、メリアに襲い掛かった。
「切替はやっ!?」
さすがのメリアも、驚愕しつつ迎撃するのであった。
◆
基本的に、アルバラードは強者と戦う際には防戦を強いられることが多い。
相手が強ければ当たり前かもしれないが、彼もまた強者である。
であるならば、時折そういうことがあってもすべての戦闘で防戦となる理由はないはずだ。
しかし、そういうことになってしまう大きな理由の一つは、彼が基本的には聖剣の力を使うことができないからである。
聖剣がその気になり、許可した場合にのみ、力を使うことができる。
一方で、アルバラードが戦う強者は、自分自身の強大な力を制限なく使うことができる。
そのため、その力に翻弄されて攻撃を仕掛けることができないことが、ままあるのだ。
「ふぅん!」
聖剣の補助なしに、純粋な身体能力だけでとんでもないスピードを見せるアルバラード。
瞬きする間に、メリアの懐に入り込む。
そして、とてもじゃないが人間が一人で持つことができないほどの重量の聖剣を、思いきり振り下ろした。
ズドン! というとんでもない音と共に、砂煙が舞い上がる。
「うわぁ、ミンチぃ……」
聖剣は思わず頬を引きつらせる。
いつもの光景である。
ズドンとやって血しぶきが周りに飛び散るのだ。
そして、聖剣が……というか、切っ先に付いている瓦礫がまた血を吸うのである。
「……いや、感触がないな」
今まで何度も人間をグチャッとしてきたアルバラード。
その感触がなく、まだメリアが生きていることを確信する。
「何の躊躇もなく人の頭を潰そうとする。凄いですね」
「むっ」
死角から鋭い剣筋で襲い掛かる。
一瞬で複数の剣閃が走った。
それを、アルバラードは顔色変えずに防ぎきる。
だけでなく、即座に反撃だ。
砂煙で見えづらいとはいえ、攻撃があった方に聖剣を振り回せばいい。
「むむ?」
しかし、またもや人を撲殺した時の感触はなく、空を切るのみ。
怪訝そうに眉を顰めるアルバラード。
今のは、タイミング的にもなかなかよけづらいもののはずだったが……。
「むお?」
今度は、メリアは声を出さずに攻撃を仕掛けた。
さすがのアルバラードもすべてを防ぎきることはできず、いくつか身体に傷が入る。
鋭い痛みが襲うが、とくに気にしない。
メンタル的にはノーダメである。
「……痛みを感じていないわけではなさそうですのに、どんなメンタルをしているんですか、あなたは?」
姿を現したメリアは、呆れたようにため息をついていた。
「悪を滅ぼす。その目的が果たされるまで、私が止まることはない」
ブンと聖剣を振るアルバラード。
これはとんでもない奴と敵対してしまったな。
そう思うメリアであった。
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