第53話 世界平和です
じっとアルの顔を凝視するメリア。
しかも、すべての感情が抜け落ちてしまったかのような、完全な無表情である。
いや、こわ……。
私はメリアのことは当然知らないけど、こんな顔をするような子には見えなかったけれど……。
ここにアランやルルがいれば、どうなのかと問いかけることができるのだが、残念ながらここには恐怖という感情をどこかに捨て去っているアルしかいない。
私と同じ意見を持ってくれないのよねぇ……。
「どういうことですか? 私のレイフィアさんに対する愛を、侮辱するつもりですか? そんなことは、たとえ誰が相手でも許しません!」
怒りを爆発させるメリア。
ぷんすかと怒ってはいるのだが、つい先ほどの完全なる無表情を見せられているから、嘘くさくてたまらない。
「ん? ああ、確かに私は愛を否定しない。愛は間違いなく正義だ」
「どういう理論?」
分からない、アルの言っていることが分からない。
……と思ったけど、基本的に四六時中意味の分からない存在だったわ。
分からなくて当然だわ。
私は安心した。
「だが、貴様のそれからは正義を感じない。すなわち、偽者だということだ」
「えぇ……?」
いや、それ言ったもの勝ちじゃん……。
何の根拠もなく言っているものだから、そんな疑いをかけられた者はどうすることもできない。
あまりにも暴論。
しかし、メリアは否定することなく……。
「――――――そんな理由でバレちゃうものなんですね。驚きました」
うっすらと笑みを浮かべて肯定した。
先ほどまでの激情なんて存在しなかったかのように、穏やかな表情だ。
その落差が、悍ましく感じられる。
情緒、どうなっているの……?
「まったく、そちらの聖剣も言っていますが、どういう理論ですか? 愛から正義とか、感じられるものなんですか?」
「常人には無理だろう。私のように、真の正義の使者ならば、可能だということだ」
「真の正義の使者……?」
誰のことを言っているの、この男……?
『絶望』とか、『殺人鬼』とか二つ名がつけられている奴が言っていい称号じゃないわよね。
だというのに、メリアは楽しそうに笑った。
「ふふっ、確かにそう言われると、本当にそうなのかもしれないと思いますね。あなたの価値観からすると、私のしたことは、まったく正義ではないでしょうから」
「うむ。どのような理由があろうとも、人類を裏切ったことは大罪だ。無論、私が貴様を殺してその罪を償わせてやるから、安心しろ」
どうしてこの男はこんな堂々と胸を張って人殺し宣言ができるのだろうか?
メンタル強すぎない?
アルの言葉に、メリアは首を横に振る。
「それは困りますね。私には、とても大切で大事な夢がありますから。それを叶える前に殺されるわけにはいきません」
「夢?」
もう正直色々関わりたくなかったのだが、気になる言葉が聞こえてしまったので、思わず口をはさんでしまう。
夢。誰しも人間なら一度は抱いたことのある理想と憧憬だ。
こんなとんでもないことを仕出かしたメリアは、いったいどんな夢を持っているのだろうか。
「はい。私の夢は――――――」
メリアは誇らしげに、胸を張って言った。
「世界平和です」
「う、ううん……む、無理じゃない?」
つい、つい口を出してしまった。
こんなやばい女のことを否定するようなことは絶対に言ってはいけない。
下策中の下策だ。
だから、どんなバカらしいことでも絶対に否定しないでおこうと思っていたのに、どうしても我慢できなかった。
世界平和。
とても耳障りがよくて、素敵な理想のように聞こえる。
「多分、人類が生まれてから世界全体が平和だったことなんて、一秒もないと思うわよ。私みたいなものが生まれている時点であれだし」
ただ、あまりにも理想が過ぎる。現実的でない。
人が他人と共生社会を形作る以上、争いというものは避けられない。
真に文字通りの世界平和が実現した瞬間なんて、有史以来存在しないだろう。
そんな私の言葉に、メリアは激高することなく、殊勝に頷いた。
「確かに、あなたの言う通りだと思います。しかし、過去に例がないからといって、諦めるわけにはいきません。すべての人が、安心して暮らせる世界。それは、とても素晴らしいものなのですから」
「ふぅん……素晴らしい考えだ。私も常に世界平和のために行動している。少しでも世界がよくなるようにと努力している」
「っ!?」
私はギョッとしてアルの方を見てしまう。
せ、世界平和……? そのために今まで行動していたの?
だとしたら、随分とバイオレンスというか、暴力的というか、武力だよりというか……。
あ、冗談かな?
そんな風に私が考えていると、感心したようにメリアが拍手する。
「ああ、素晴らしいですね。こうして道を違えることになるとは……」
「手段の問題だな。私は、悪をこの世から根絶するまで、それを捻り潰していく。しかし、貴様はその手段を択ばなかった」
「そう、ですね。私も最初は、あなたと同じでした。どれほど小さなことでも、必ず世界のためになっているのだと信じて、善を為してきました。しかし、途中で気づいてしまったんです。こんな世界で平和を謳うには、私のしていることは、あまりにも小さくてお粗末なのだと」
遠い場所に目をやるメリア。
彼女は、最初は理想に向かって真っ当な手段で実現しようと果敢に挑んでいたのだろう。
そして、それがうまくいかず、折れた。
地道な努力が、結果が見えないことが、耐えられなかったのである。
「まあ、確かに一人でやるとなかなか減らないわよね、悪事って」
「そうなんです。だから、仲間を作って何とかしたいと思うんですが……なかなかうまくいきませんでした」
苦笑するメリア。
まあ、なかなか難しいわよね。
「そもそも、どうして悪がこんなにもはびこるのか。私が一つの悪を潰していても、その間に十の悪が生まれ、為される。その理由は、簡単でした」
すでに答えを見つけていたメリア。
彼女は、長年の苦悩から導き出した答えを、にっこりと笑って言った。
「人間が、多すぎるんです」
「あ……」
ダメだ、これ……。
メリアはまだ何も言っていないけれど、私はもう諦めていた。
何を言いたいかは、すでに伝わってきていた。
「だから、私はコツコツとした善行で世界平和を目指すことを諦めました。荒療治をすることにしたんです」
「それは?」
「魔族と手を組み、戦争を起こします。そこで人類を激減させ、私の手でも管理しきれる程度に数を減らします。そして、それを為した魔族も減らします。そうすることで、私は夢の世界平和を実現するんです!」
…………。
ま、まだよ。まだ望みはあるわ。
もうさっきからアルが一言も話さなくなったところが怖いけれども!
「えーと、つまり……?」
「私が管理して世界平和を成し遂げられる程度に、人類も魔族も殺して数を減らします」
「えぇ……?」
なにこの殺戮サイボーグ……?
私は呆然とするのであった。




