第50話 前が見えねえ
「え、あ……ええっ!?」
愕然とするメリア。
目の前で起きていること、広がっている光景が、見えているのに信じられなかった。
直接自分で確認しなければ信じないというような話ではなく、実際に確認しているのに信じられないのである。
それほどの光景が、目の前で広がっていた。
勇者メリア。
今代の五人の勇者の一人であり、人類を裏切って魔王軍に与した女。
街の破壊に手を貸し、同じく勇者の一人であるアランを足止めしていた彼女。
そんな彼女の前に、ニコニコと笑う二人の死神、アルバラードとアンタレスが立っていた。
そして、彼らが持って来て引きずっているのは、魔王軍四天王の一人、レイフィアであった。
満身創痍である。
「ちょ、ちょっとどういうことですか!? わ、私のレイフィアさんが、見るも無残なほどにボロボロに……!?」
「前が見えねえ」
「結構あいつ余裕あるんじゃねえか?」
物理的に顔面パンチでもされたのだろうか?
顔がへこんでいるレイフィアが呟いた言葉に、アランが白い眼を向けた。
「なんてことを! レイフィアさんの美しく可愛らしい顔が……!」
「前が見えねえ」
「あいつ絶対余裕だって。断言できるって」
怒り心頭なメリアであるが、アランはさらに白けてしまう。
まあ、人間よりも幾分か頑丈にできている魔族だし、致命傷は負っていないようだった。
しかし、それはレイフィアが頑丈だからというわけではなく、ただアルバラードとアンタレスが手加減をしたというだけであり、その気になれば全然殺せたりする。
意外とペラペラと話すレイフィアを見て、アルバラードはコクリと頷く。
「なんだ、まだ喋る元気があるのか。アン、指を2、3本ほどへし折ってやれ」
「はい、マスター」
「ちょちょちょちょ! ちょっと待ってください!」
ガバッと飛び上がって逃げようとするレイフィア。
致命傷にはならないが、とんでもなく痛い。
そして、痛いのが好きな奴なんて、ほとんど存在しないのだ。やばい奴以外は。
マスターであるアルバラードに指示されて嬉しそうに人の骨を折ろうとするアンタレス。
やっぱこいつ頭おかしいわ、と思うアランであった。
「うむ、いいだろう。私たちも、むやみに命を奪いたいわけではないからな」
「ええ、その通りですわ」
「!?」
ギョッとして振り返るのは聖剣である。
え? あんなに人の命を何とも思わないレベルで奪いまくっている二人が、いったい何を……?
身体を張ったジョークだろうかと思う。
だとしたら、腹を抱えて笑える。
しかし、二人してまじめな顔をしているものだから、幻聴だったのかと激しく困惑するのであった。
「まず、どうしてそんなことになっているんですか……?」
「同時に攻撃をしたということは、貴様とこの女がつながりがあることは分かっていた。どちらにせよ殺すが、死ぬ前に役に立つのであれば、使ってやろうと生け捕りにしたのみ。貴様を殺した後は、当然殺すから安心しろ」
「あん、しん……?」
アランは訝しんだ。
自分を殺した後に大切な人も当然殺すと言われ、『よっしゃ。じゃあ死ぬか!』となる人間がどこにいるのだろうか。
しかも、無抵抗にさせるために人質にとっているのである。
逆効果だろう。
「さすがはマスター、何と慈悲深い……」
「じひ、ぶかい……?」
アランは訝しんだ。
まるで聖人を目の前にしているかのようにアンタレスは感激しているが、どこにそんな要素があったのだろうか。
分からないことが多すぎて、頭がパニックになりそうである。
そんな彼の背中を優しく叩くのが、聖剣である。
「いちいち突っ込んでいたら身が持たないわよ、チャラ男」
「お、おお……チャラ男ってなんだ?」
そんな二人の会話を無視して、アルバラードはメリアと相対する。
彼は、自分が悪と定めた相手には情け容赦なく攻撃を仕掛ける。
当然、今回のメリアの行動は悪である。
自分の欲望のために他者を傷つけるなんて許せない、とブーメラン必至のことを本気で思っている。
しかし、彼の顔には、これから悪を断罪する喜びではなく、どちらかというと悲しみの表情が張り付いていた。
「さて、勇者メリアよ。今のお前は悪に傾倒し、身を落とした愚かな蛆虫だが……」
「ボロクソ……」
「しかし、今までお前がやってきた功績が消えるわけではない。確かにお前に助けられた人々も、多くいるのだ」
今、確かにメリアは裏切っている。
しかし、ここに至るまでの間、勇者を一番真面目にしていたのは彼女なのである。
その過程で救われた人々の数は、勇者随一だ。
そこを考慮しないことなんて、さすがのアルバラードでもなかった。
「ま、まさか……許すというの……?」
驚愕の表情を浮かべる聖剣。
今まで問答無用で『ふぅん!』してきた彼が、情状酌量の余地ありとして見逃すというのか?
そんなの、アルバラードじゃない!
振り回される立場の彼女は憤慨した。
だが、アルバラードはアルバラードであった。
「だから、その功績をたたえ、できる限り苦しまないよう首を落としてやる。この魔族の命が惜しければ、身動きを取らないことだな」
「うーん、この……」
多くの人々を救ってきたことを考慮した末にこれである。
メリアがそんなことをしていなければ、どうなっていたのか。
想像するのも恐ろしかった。
「マスター、格好良すぎますわ……。ああ、堪りませんわ……!」
はあはあと息を荒くしながら感動するアンタレス。
ドロドロに濁っていた眼が、今ではキラキラと輝いている。
彼女にとっての特効薬は、まさしくアルバラードであった。
それを見て、聖剣はチラリとアランを見る。
「これが、勇者……!」
「おい、一緒にすんな!」
本気で嫌な思いをしたのは、勇者になって初めてだった。
アランは後年、そう語るのであった。
第3章スタートです!
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