第5話 待たせたな
食い物にしている賊と、食い物にされている村。
捕食者が賊で、獲物が村。
それが、世間一般の認識だし、賊が村を襲っているという事実からも、それが真実であることが分かる。
実際、途中まではその通りに事は進んでいた。
賊が村を襲い、民家を焼き払う。
抵抗しようとする男や、そもそも何が起きているのか理解できていない子供などを殺害する。
やはり、女はできる限り生かしておいた。
自分たちが楽しむためということもある。
男でも無抵抗なら、別に殺すことはなかった。
男も奴隷として売ることはできる。
労働力として見れば、体力が女よりもあるので、高値で売れる確率も高い。
抵抗する者を殺してある程度嗜虐心を満たせば、奪った食べ物や酒、女でしばらく遊び、その後はまた移動して同じことを繰り返す。
今まではそうやってきていたし、この村でも同じことをするつもりだった。
ただ、賊たちにとっての誤算もいくつか発生した。
まず一つは、ラーシャに逃げられてしまったこと。
誰か一人でも逃がすと、すぐに公に駆けこまれてしまう。
討伐隊が組まれれば、自分たちは捕まっても殺されるだけだ。
だから、誰一人として逃がしてはいけないのだが、それができずに一人を逃してしまった。
だが、それはまだいい。
すぐに追手を遣わせているし、あっけなく殺すことができるだろう。
そして、もう一つの誤算にして、最大の予想外。
それは……。
「あ~、もう無理やって~。多すぎるわぁ。これ死ぬやんもぉ」
のんびりとする、ほんわかとする優しい甘い声。
平時であれば、思わずほっこりとしてしまうような暢気な声。
だが、それが虐殺も行われる村の中で聞こえていたら、あまりにも不釣り合いで、聞く者に恐怖を与える。
「ぎゃっ!?」
「がっ!」
「ぐぇっ!」
村人の悲鳴が聞こえていたが、今ではほとんど上がっていない。
むしろ、悲鳴を上げているのは、賊だけになっていた。
抵抗はもちろんあるし、賊がけがをしたり死人が出たりしたこともある。
だが、こんなにも被害を受けることはなかった。
大して警備も警戒もされていない場所しか狙っていないから当然であり、今回もそんな村だったはずだが……。
「いやぁ、暇つぶしに作ってたやつが役立ってるわぁ。頑張れやー」
ニコニコと笑う女。
彼女が戦っているわけではなく、彼女が作ったものが戦っていた。
それは、マネキンのような大きな人形だった。
それが、自立駆動して賊に襲い掛かっている。
武器などを持っているわけではなく、その硬い身体で殴ったり押しつぶしたりする戦い方。
それが、賊たちを大きく消耗させていた。
そもそも、こんな抵抗にあうとも思っていないし、そういった戦いを避けてきた賊たちは、みるみるうちに数を減らしていく。
「ハンナ!」
「今のうちに逃げときや。これ、いつまでもつか分からんし、強い奴が出てきたらやばいでー」
女――――ハンナは、心配して声をかけてきた男にそう返す。
今は無双している状態だが、そもそもこの人形はそういった使い方をするように作っていない。
先に身体が壊れるかもしれない。
だから、これは時間稼ぎである。
少しでも村人たちを逃がすための時間稼ぎだ。
「まあ、こいつらくらいやったら、何とかなりそうやけどなあ」
人形が暴れまわる様子を見ているハンナ。
このままうまくいけば、何とかなりそうだ。
だが、往々にしてそういう楽観的な予想は、当たらないものである。
「なにやってんだ、人間ども」
「ッ!?」
ズガン、と人形が弾き飛ばされる。
今までの戦闘では、一度もなかった出来事に、ハンナは目を見開く。
それをしたのは、村で暴れまわっていた賊たち……とは少し違っていた。
その容姿は、人間のものとは大きくかけ離れていた。
「……魔族も賊をするような時代になったんか? 知らんかったわあ」
ハンナは驚いたように目を丸くしていた。
賊を一方的に倒していた人形を弾き飛ばしたのは、人間とは異なる種族、魔族だったからだ。
そして、この世界において、人類と魔族は全面戦争をしているというわけではないが、決して友好的な関係にはない。
仲良く肩をそろえて行動するなんてことは、ありえないだろう。
そんな魔族が、まるで人間を守るように行動したのだから、ハンナも驚きを隠せない。
そのような目を向けられて、魔族の男は嫌そうに顔を歪めた。
「おい、人間。俺をそんなつまらない奴らと一緒にするんじゃねえよ。ぶっ殺すぞ」
「最初から殺すつもりやのによう言うわ。しかも、賊の味方をしてるんは事実やん。今からでもそいつら殺して、うちらのこと助けてくれたら認識改めるで」
「悪いな。俺も上からの命令なんでな」
その言葉を受けて、ハンナは首をかしげる。
「(魔族が人間の味方……? しかも、上からの命令って……。分からん事多すぎるわ)」
考えても分からないし、分かりたくもない。
そんな面倒事を聞いても、解決したいとも思わない。
自分はこの小さな村の中で、適当に好き勝手研究ができていれば、それでいいのだ。
だから、今回のようにそれを邪魔する奴らは、全員邪魔だから殺したい。
「お、おお、頼むぜ! このクソ女をぶっ殺してくれ!」
魔族は賊たちからも頼りにされているようだ。
人間が魔族を、まるで救世主が来たかのように期待のこもった目で見ている。
しかし、その視線を受ける魔族は、心底不機嫌そうだ。
「……誰に命令してんだ、人間風情が」
バチュッ! と人間の身体がはじける。
物言わぬ骸となった賊は、どしゃりと倒れて血を流した。
ハンナは、それを呆れた目で見ていた。
「味方殺してどないすんねんな……」
「味方じゃねえよ。あー……もう面倒くせえから、そのことで突いてくんなよ。俺もよくわからねえんだからさ」
「そっか。じゃあ、もう終わりにしよ」
今まで長々とつまらない話を続けていたのは、弾き飛ばされた人形をばれないように動かすため。
人形は魔族の後ろにいつの間にか移動しており、それがハンナの命令を受けて襲い掛かった。
だが、そんなお粗末な不意打ちは、魔族の男には通用しなかった。
「ああ、終わりにしようぜ」
バキャッ! と破砕音が響くと同時に、力を失った人形がバラバラになって崩れ落ちる。
それを見て、ハンナは少し考え……。
「あー……やっぱ、もっと話せえへん? うち、もっと魔族さんと話したいわぁ」
とりあえず、媚びを売ることにした。
豊かに実った胸を強調してみるが、魔族は呆れたようにため息をついた。
「微塵も思ってねえこと言うんじゃねえよ。逃げた女も殺さないといけないし、時間ねえんだ」
ハンナはぴくっと肩を跳ねさせる。
逃げることができた村人がいるかもしれないが、彼女が明確に逃がすことができたのは、ラーシャだけだった。
「まあ、あいつはもう死んでいるかもしれねえがな。矢が突き刺さっているのが見えた。あれは戦える人材じゃねえし」
魔族の言葉を聞いて、ハンナはもともと冷静だった頭が、さらにスッと冷たくなっていくのを感じた。
自分を助けてくれた恩人がラーシャ。
そんな彼女に、まだ恩を返せていない。
何とか生き延びようとしていただけだったが、それに加えて目の前のいけ好かない魔族を殺す理由もできてしまった。
「……あっそ。ほんじゃ、うちも早くあの子を助けに行かんとあかんやん。はよ死んでな」
「お前がな」
一触即発の雰囲気。
分はハンナが悪かった。
激しい戦闘ができるようなタイプではないし、人形のような自分の代わりに戦わせるものも、手元にはない。
だが、それでも、ラーシャのために早くこいつを殺さなければ……。
強い殺意の元、絶望的な戦いに身を投じようとして……。
「――――――とぉっ!」
空から、男が降ってきた。
「うわっ!?」
「っ!?」
土煙が舞い上がる。
ハンナも驚いたが、魔族の男も想定していなかったことのようで、目を丸くして警戒していた。
つまり、降ってきた男が何者なのか、二人とも分からなかった。
敵か味方か。
少なくとも、ハンナにとっての敵ならば、ラーシャを追いかけることができる可能性はさらに低くなる。
「な、なんや……?」
疑問しかない表情で問いかければ、その男――――アルバラードは薄く笑って言った。
「待たせたな」
「……誰?」