第49話 今すぐ降伏して腹を斬らなければ、こいつを殺す
呆然と立ち尽くすアランに向けて、メリアがニッコリと可愛らしい笑顔を向ける。
それは、今まで苦難に打ちひしがれていた人々を助け、安心させるために浮かべられていたものと同一だった。
だが、今の彼女の笑顔を見るアランには、ゾッと背筋を凍らせる冷たいものにしか映らなかった。
「実は、これも時間稼ぎだったんです。私があなたを引き付けている間、もう一人が他の勇者を引き付ける。その間に、待機させていた魔王軍に攻撃を仕掛けさせました。平和ボケしているこの街で勇者がいなければ、容易にこんなことができます」
メリアがつらつらと言葉を吐く。
芯から裏切り者になり、人類から魔王軍に与した勇者。
仮に全面戦争が起きて人類が勝利すれば、千年先も悪名高く語り継がれることになるだろう。
逆の勝者ならば、英雄と称されるのかもしれないが。
それを聞いたアランは、深く深くため息をついた。
「あーあ……だるっ」
メリアを睨む目は、今まで以上に冷え切っていた。
先ほどまでも殺し合いをしていたのだから、敵意は込められていた。
しかし、今回の彼女の行動は、分水嶺を超えてしまっている。取り返しはつかない。
「お前さあ、分かってんの? こんなことしたら、どうなるかくらい明確だろうが」
「はい、魔王軍と人類の全面戦争です」
「そんな軽く言っていいことじゃねえんだよ」
ちっ、と大きな舌打ちをする。
もともと、自分勝手で感情を隠すことをしないアランだが、こんなにも怒りを露わにしたのは久方ぶりだった。
これには、メリアも少々驚いたように眉を上げた。
「……あなたがこんなにも怒りを露わにするのは想定外でした。自分以外はどうでもいいと考えているのでは?」
「それはその通りだよ。俺は、俺さえよければ、後はどうでもいい。だけどなあ……」
敵意を超えた、殺意を噴き出させて聖剣を向ける。
「そんな俺が楽しむための世界をめちゃくちゃにされると、その前提が崩されるだろうが!」
「おぉ……。なんだかすごくいいことを言っているように聞こえましたが、結局自分のためでしたね……」
苦笑いするメリア。
自分のことを捨て、他人のために生きてきた彼女。
それと正反対の人生を送ってきたのが、アランである。
だからこそ、彼は強い。
自分の欲望を叶えるためには、絶対的な力が必要だからだ。
「さて、このまま私と戦い続けてもらいましょう。大丈夫です。私はあなたを殺すつもりはありませんし、やることが終わればお互い無傷で終わるでしょうから」
メリアにとって、勝利条件はアランを殺すことではない。
彼をここに張り付かせて、時間稼ぎをすればいいだけだ。
アランが逃げようとしても、移動速度は亜空間移動ができるメリアの方がはるかに早い。
彼女にとって、もはや勝利条件は達成されていた。
「ふざけんなよ!!」
怒りに任せてアランが突っ込んでこようと無意味である。
メリアは微笑みながらその迎撃をしようとして……。
「――――――なるほどなるほど」
「「!?」」
男の声が響き渡る。
低い声には、どのような感情が込められてあったのか、聞き取ったアランとメリアもいまいちよくわからなかった。
喜悦は混じっていたかもしれない。怒りもそこにはあっただろうか。
だが、明確にどちらかに傾いているわけでもないから、難しかった。
声のした方を見れば、のしのしとゆっくり堂々と歩いて来るアルバラードの姿があった。
そして、そのすぐ後ろには、控えるようにして嬉しそうについて回る忠犬アンタレスの姿もあった。
「そういう事情があったのか。すぐさま駆け付けてよかった。間違いなく正しかったな、アンよ」
「はい、マスター」
ニコニコと二人して笑う。
それがあまりにもこの場の空気や状況と合っていないものだから、上手くかみ合わずに漠然とした恐怖を覚える。
「助っ人が来るのが早いですね。しかし、勇者でもないあなたでは、私を止めることはできませんよ。無駄な殺生はしたくありません。さっさとどこぞへ消えれば、後を追うようなことはしませんが」
メリアからすると、アルバラードが誰なのかはさっぱり分からない。
注意すべきは、アンタレスだけである。
しかし、どうにも彼女は目の前の知らない男に懐いているような気がする。
普段のアンタレスを知っていれば非常にマズイ状況ではあるのだが、仮にこの男を無力化することができれば、取引で何とかすることもできるかもしれない。
聖剣の力を使って亜空間を作り出し、アルバラードを確保しようとして……。
「では、裏切り者の勇者よ。私はお前にこう提案しよう」
機先を制するように、アルバラードが口を開いた。
無視してもよかったが、なんだか胸騒ぎがして、メリアは思いとどまった。
なぜかふふんと自慢げにしているアルバラードとアンタレス。
彼らはメリアがしっかりとこちらを見ていると確信すると、影に隠れていた『もの』を押し出した。
「今すぐ降伏して腹を斬らなければ、こいつを殺す」
「うぅ……」
ニッコリとした満面の笑顔でとんでもないことをのたまうアルバラード。
そして、そんな彼がトロフィーでも掲げているかのように誇らしげに抱えていたのは、もうぼろ雑巾ですかと問いかけたくなるほどボロボロになった魔王軍四天王の一人、レイフィアであった。
「れ、レイフィアさんんんんんんんんん!?」
同志、そして自分の愛する人が瀕死の状態で連れてこられて、絶叫するメリア。
もはや、どこにも余裕はなくなっていた。
「えぇ……?」
そして、なぜだか知らないが事態が急転しているのを目の当たりにして、アランはポカンと口を開けるのであった。
第2章終了です。
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また、過去作『人類裏切ったら幼なじみの勇者にぶっ殺された』のコミカライズ第2話がニコニコ漫画で公開されていますので、ぜひ下記URLや表紙からご覧ください!
https://manga.nicovideo.jp/comic/73126




