第47話 愛です
人の気配がほとんどなくなった街を歩いているのは、メリアであった。
ふわふわとした長い銀色の髪をたなびかせ、悠然と歩いている。
可愛らしい彼女のその姿を見ると、多くの人が頬を緩ませる。
とくに、勇者の中では最も勇者らしいのがメリアだ。
誰にでも優しい彼女は、当然ながら人気も高いので、外を歩けばしょっちゅう人に囲まれている。
普段はそれを嬉しそうな笑顔で受け入れているメリアであるが、周りに人はいない。
その理由は、先程街の中で聞こえてきた大きな音だ。
爆発音と言っていいそれは、前線に近い街でありながら平和を長年保ってきたこの場所では、明らかに非日常。
多くの人がそれを不安に思い、あるいは平和ボケから好奇心によってそれを確かめに行くのは、必然と言えた。
そんな、大きな音が発生した場所から離れたところを歩いているメリア。
しばらくして、彼女の足は止まる。
目の前に、立ちふさがる男がいたからだ。
「……どうしてここにいるんですか、アラン?」
「そりゃあ、お前がここにいる理由と被っているところはあるんじゃねえか? いちいち言わなくても、十分に分かっているだろうに」
メリアの問いかけに応えたのは、アランであった。
同じく勇者の一人。
積極的に人々を助けるために行動し続けるメリアとは違い、自分のためにしか行動しない男。
そんなアランが、ニヤニヤと厭らしく笑いながら彼女の前に立つ。
「何のことを言っているのか、さっぱりわかりませんが……」
「そうか? じゃあ、お前はどうしてここにいるんだ?」
「どうして?」
「さっきの爆発音。あれを聞いて、アンタレスと同時に出て行ったじゃねえか。なんでまた戻ってきているんだよ?」
勇者会議が開かれているときに、巨大な爆発音が響いた。
それが聞こえた瞬間、勇者たちは行動を一気に起こした。
真っ先に動いたのは、メリアとアンタレス。
遅れてルルとロイスで、動かなかったのはアランだ。
これは、まさしく勇者たちの性格を表している。
メリアは博愛主義者、アンタレスは苛烈な正義の信奉者。
二人が誰よりも早く動いたのは、彼女たちの性格上当然だろう。
一方で、動かないアランもまた納得される。
彼は勇者としての立場も力も、他人のために使うことはほとんどない。
自分の欲望を叶えるために、自分だけのために使うからだ。
それなのに、真っ先に現場に赴いたはずのメリアが、その音がした場所にたどり着いていないことを、アランは問いかけていた。
「あなたが動こうとしないからですよ。あれは、何か異常事態が起きたことは明らかです。勇者として、それを解決しようとしないのは間違っています! 私と一緒に行きましょう!」
メリアは頬を膨らませ、可愛らしく怒りを表しながらアランに言いつのる。
それを受けて、アランは辟易したように顔を歪める。
「おいおい、俺のせいか? 勘弁してくれよ……」
「あなたがそういう性格でないことは知っています。ですが、勇者として、聖剣に選ばれた者として、ここで動かないのは許されません!」
プンプンと怒るメリア。
彼女の性格からすると、こういうことを言い出すのは不思議ではない。
他人のために動くのが勇者だと、メリアは信じているからだ。
実際に彼女はそのように動いているから、自分だけでなく他の勇者もしてくれれば、もっと多くの人を救うことができると確信している。
ほとんど動かないアランが動くようになれば、まったく効率が変わってくる。
だから、言っていることは何らおかしくないのだが、彼はヘラヘラと笑った。
「そのつまらねえ演技、もうやめたらどうだ?」
「……演技?」
キョトンと首をかしげるメリア。
何を言われているのか、さっぱり分からないという風。
しかし、アランはそれをもあざ笑う。
「もう分かっているだろ? それで騙されるのは、疑念を抱いている奴だけだ。もう最初からお前のやっている悪事を確信している奴には通用しねえんだよ。俺みたいな奴にはな」
「……悪事?」
その言葉を聞いて、肩を跳ねさせるメリア。
彼女の顔は、満面の笑みに代わっていた。
「私がしていることに悪なんてことはありませんよ。善、正義。すべて、私がやることはそれにつながっています」
「おいおい、アンタレスみたいなやつがもう一人かよ、お腹いっぱいだぜ」
心底げんなりしたように顔を歪めるアラン。
話が通じない奴が二人もいるのは、堪ったものではない。
だが、そんな彼の願いを一切聞き届けず、メリアはさらに早口で続ける。
「確かに、あの人と私は似ているかもしれません。あの人の正義は、独善。自分勝手で、それを他者に押し付ける。しかし、その気持ちは自分のためではなく、心の底から他者のことを思いやっている。私も今まではそうでした」
キラキラと目を輝かせ、頬を紅潮させる。
それは、まるで恋焦がれる何かを思い浮かべているようだった。
「しかし、私も自分のことを考えるようになったんです。今まで、他人のためにずっと生きてきました。だから、少しくらい、自分のために行動してもいいのかなって」
「それには賛成するがな。ただ、これはいけねえなあ」
自分の力を、自分のために使って何が悪い。
そう考えるアランにとって、メリアが人間らしいことを言ったことは、とても評価できる。
だが、自分勝手な彼でも、限度というものは弁えている。
懐から取り出したのは、水晶である。
多量に魔力の込められた、危険度の高いものだった。
「爆弾、ってやつか? いやいや、止めとけよ。これ、俺がたまたま見つけられなかったら、どれだけの被害が出ていたんだ?」
「……もう見つかっていたんですね。これは予想外です」
「俺はな、意外と他人のことを見ているんだ。お前がこの前会った時と、偉く違う様子だったからなあ。探ってみればこれだ。他の奴らは一切気づいていないみたいだから、大したものだよ」
以前までのメリアとは、まったく違っていた。
まるで、偽者が成り替わっているのではないかと思うほど。
だが、彼女の持つ聖剣は本物であった。
いくら偽者が本物に寄せたところで、聖剣を騙すことはできない。
あれらに触れられ、振るうことができるというのは、認められた者だけだからだ。
つまり、爆弾を仕掛け、この街の住人に被害を与えようとしていたメリアは、本物だということである。
アランはそのことにばれないように戦慄しつつ、口を開く。
「で、引くのか? 俺は無駄なことはしたくねえんだけどな」
「まさか。あなたが引いてくださるのであれば、余計な手間をかけずに済みますが」
「それはねえなあ。……それにしても、お前がそんな風に変わってしまった理由には、興味があるね」
躊躇なく聖剣を抜くメリア。
アランもそれに呼応して聖剣を構えながら、問いかける。
「それは、とても簡単で、とても素敵な理由ですよ」
「へー。なんだよ?」
すると、メリアは蕩けた表情を見せた。
「愛です」
「…………はあ?」
あまりにも想定していなかった言葉が返ってきて、アランはポカンと口を開けるのであった。




