第46話 ブラボー
「マスター! マスター! ますたあ? マスター! やっとお会いできましたわぁ!」
ガバッとアルに抱き着き、スリスリスリスリと頭をこすりつけ、クンカクンカと匂いを嗅いではしゃぎまわるアンタレス。
ドロリと濁っていてこの世の混沌をすべて詰め込んだような目だったのが、今はまぶしいほどに光り輝いていた。
ええ……さっきまでのあんたはどこへ……?
飼い主大好きな子犬が、大はしゃぎしているようにしか見えない。
見た目はやばい雰囲気を醸し出しつつの美女。
そんな彼女に密着されて少しくらい浮かれるかと思ったが、案の定アルにそんなそぶりはない。
とはいえ、まったくどうでもいい相手に接近されているというわけでもないらしく、ほとんど見ることができない穏やかな表情を浮かべていた。
誰だ、テメエ。
「うむ、アンよ。息災だったか?」
「はい! 一日一惨殺! 悪人を毎日一人は殺していましたので、千くらい消しましたわ!」
「ブラボー」
何がブラボーだ。
アンタレスの言っていることは、とんでもないことである。
とてもじゃないが、勇者の言葉とは思えない。
そして、それを心の底から称賛しているアルも勇者とは認められないのである。
「……まさかなんだけど、二人って知り合いにゃ?」
「知り合いだなんて……」
驚愕の表情で問いかけるルル。
私も気になる。
それを受けて、アンタレスは困ったように笑った。
「わたくしの、恩人ですわ。わたくしに、正義とは何たるか、そして悪人の効率的な殺し方まで教えていただいたんですもの」
「お前か! お前のせいでこんな化け物が生まれたのか!?」
「化け物が化け物を生んだのね……」
アルに掴みかかるルル。
アンタレスの後始末とかしりぬぐいとか、今まで本当にたくさんやってきたんだろうなあ……。
貧乏くじ担当みたいなところあるし。
アルに対する怒りも迫真のものがあった。
まあ、あいつは何も感じ取っていないが。
しかし、私は心底がっかりしていた。
ま、まだ抗えるか……?
「こ、殺し合いは……? 殺し合いはしないの……?」
「どうしても殺し合いをさせたがる聖剣ってなに?」
私を見て唖然とするルル。
何よ、文句あるの? 聞かないわよ。
私の言葉を聞いたアンタレスは、心外だとばかりに目を丸くして驚いていた。
「まさか。わたくしがマスターに剣を向けるなんてことはありえませんわ。マスターがわたくしに剣を向けるということはありえても」
「いや、なんでよ」
ルルが思わずツッコミを入れる。
大好きだから戦わないというのは理屈としては分かるのだが、アルなら一方的にアンタレスを攻撃できるようにも取れる言い方だ。
アンタレスは祈りをささげるように優しく目を閉じた。
「それは、すなわちわたくしが悪の道に落ちたということ。マスターに介錯してもらえるのであれば、これ以上の幸せはありませんわ。喜んで首を差し出します」
……え。何この子、こわっ……。
自分から命を差し出すなんて、聖剣の私にはまったく理解できないことだ。
何を犠牲にしてでも自分を優先するのが普通なのに……。
とんでもなく重たいことを言われている張本人であるアルは、それを受けて鷹揚に頷いた。
「その意気やよし」
何様だよ、こいつ。
「じゃあ、逆の立場になったら、アンタレスがこいつを殺すのね」
唯一の希望があるとするとそれである。
アルが悪の道に逸れてしまえば、アンタレスが殺してくれるかも……!
……いや、ないわね。想像していてなんだけど、アルが分かりやすい悪に染まるとは到底思えない。
染めようとしてきた奴を惨殺することなら簡単に想像できるのに……。
それに、もう傍若無人で好き勝手しているから、すでに悪と捉えることもできるだろう。
でも、アルは心の底から自分が正義だと信じているから……。
そんな彼に育てられたらしいアンタレスも、似たような感性をしているのだろう。
……あれ? 本当にアルを殺せる?
そんな私を見て、アンタレスはふふっとかわいいものを見るような目で見られる。
ば、馬鹿にしてんの……?
「ふふっ、面白いことを言いますのね。マスターが悪に染まるはずがありませんもの。なぜなら、マスターが正義だからです」
「その通りだな。よく勉強しているぞ、アンよ」
「はい、マスター!」
「おかしいのはあんたたちでしょうが!!」
ルルが我慢できずに声を張り上げる。
私は衝撃的な言葉に白目をむいていた。
いや、もうダメじゃん……。しばらくアルのやりたい放題じゃん……。
それに付き合わされるの、確実に私じゃん……。
うう、つらいのだ……。
私ががっくりと肩を落としていると、アルは親し気にアンタレスに話しかけていた。
「さて、アンよ。私にお前がどれほど成長したのか、見せてくれ」
「はい、もちろんですわ! そこのコソコソ逃げようとしている愚かな悪を惨殺することで!」
「ひいっ!?」
当然、四天王レイフィアは見逃してもらっていなかった。
二人がイチャイチャしているのをいいことにこっそり逃げようと四つん這いでセカセカ動いていた彼女は、震え上がって止まっていた。
凄惨な殺害予告をされた魔族最強格である四天王は、もはや闘争心を持ち合わせていなかった。
まあ、それはアルを引き下がらせることには、まったくならないのだが。
「ですが、わたくしもぜひマスターのお力をまた見てみたいですわ……」
もじもじとしながら、なんだかかわいいこと仕草を見せるアンタレス。
じゃれている、甘えているともとれる。
見た目はとてもいいので、めちゃくちゃかわいい。
なお、性格と行動力と言っていることはめちゃくちゃな模様。
そして、その甘えを受け止めるアルもまたぶっ飛んでいるのである。
「ふっ、仕方のない奴だ。ならば、私と共同であれを潰そうか」
「はい! ああ、マスターとの共同作業……たまりませんわ!」
キャッキャッと楽しそうにするぶっ飛んだ奴二人。
絶対に手を携えてはいけない二人が、こうしてそろってしまった。
しかも、お互いのことを忌々しく思うことなく、むしろ信頼し合った状態で。
私は、レイフィアに対してそっと手を合わせた。
「南無阿弥陀仏」
「なんだかさっぱり分からない言葉の羅列だけど、あの魔族が可愛そうに思えてくるにゃ……」
それはそうでしょ。
化け物と化け物がタッグを組んで、全力で殺しにかかってくるのよ?
私なら絶対にお断りしたいわ。
「あのー、今更だと思われるかもしれないですが……」
レイフィアはキリッとした表情を見せていた。
それは、まさに覚悟を決めた女の顔……!
「ぷるぷる……私、悪い魔族じゃないよ……」
小さく震えながら、そんなことを言うレイフィア。
全然覚悟決まっていなかった……。
いかにも弱いような仕草で、相手に庇護欲と罪悪感を与える。
しかし、残念。それが通じるのは、常人だけである。
ここにいるのは、理外にいる人間二人だった。
「そうか、死ね」
「死んでくださいまし」
「ああ! やっぱりダメですかああああ!!」
猛然と襲い掛かるアルとアンタレス。
それを受けて、悲鳴を上げるレイフィア。
無残な死体が転がるまで数秒……という時だった。
ズドン!
またもや、そんな重たい音が響き渡った。
それは、街でいくつも起きている爆発音……とは、また違ったものだった。
今までのものは、街に対する破壊行動によるもの。
しかし、今回のものは、一方的に何かを破壊する音ではない。
巨大な力と巨大な力のぶつかり合い。
強者と強者が正面から衝突しているときに起きる、戦闘音であった。
「また凄い音ね。うるさっ」
「うるさって言うの止めなさいよ。というか、それよりも……」
私に苦言を呈しながら、ルルは強烈な戦闘音が響いた方をじっと見た。
「これって、メリアとアランの力がぶつかり合っている……?」




