第41話 死ぬがよい
アルは当然とばかりに魔族をつけ始めた。
勇者(自称)がストーカー。前代未聞である。
悪い意味での先例となりうることに、私は戦々恐々としていた。
……いや、まあアルはそういう感情で行動するようなことはないと確信しているんだけれども。
魔族を追いかけていると、人通りがどんどん少ない場所に向かって行っていた。
人間から隠れるためにそうしているのか、あるいは……。
……まあ、これがっつり気づかれているわよね。
この魔族、割と強そうだし。
「はあ、面倒くさいです……。こういう仕事を嬉々としてやるのは、ルードリックだったのに。あいつの仕事なら、あいつがやればいいのに。人間にかなり近しい見た目だからといって、私に押し付けてくるのは最悪です。死ねばいいのに」
ついに立ち止まった場所は、もはや人っ子一人いない。
先ほどまで大勢の人間でにぎわっていた場所にいたから、ギャップが凄い。
そして、独り言も凄い。
何言ってんのかしら、こいつ。
そう思っていると、魔族が振り返って私たちを見た。
「で、わざわざこんな人けのない場所に来てあげたんですから、そろそろ自己紹介してもらってもいいです?」
「ほほう。この私の尾行に気づくことができるとは……。なかなかやるな」
「び、尾行? していたつもりですか? まったく隠れることなく、堂々とストーカーしてきていましたよね?」
「覚えたての言葉を使えてご満悦なの。弄らないであげて」
「えぇ……?」
魔族がひどく困惑した様子を見せる。
それはそうよね。私もアルの尾行を見た時は、唖然としたから。
普通、ある程度距離を取って、物陰に隠れたりしながらばれないように後をつけるのが尾行だ。
一方で、アルがやっていたことは、威風堂々。
まったく隠れることなく、距離感もまったくとることなく、ズンズンと猛然と猪のように魔族の背中を追いかけまわしていた。
間違いなく犯罪者はアルの方だった。
なお、アル自身は自信満々で尾行していた模様。恥を知れ。
「私が完璧な尾行でお前をつけた理由はただ一つ、尋ねたいことがあるからだ」
完璧な……というところには、もはや突っ込む余裕もない。
どうせ聞かないし。
そんなことを考えていると、アルは直球で魔族に問いかけていた。
「お前、魔族か?」
「ええ、そうです」
この返答には驚いた。
目の前の女は、明らかに魔族だと証するような見た目ではない。
だから、しらを切ろうと思えばできるはずである。
アルがとんでもなくぶっ飛んだやばい奴だということはまだ知らないだろうが、余計なもめごとを避けるのであれば、嘘をついた方がいいと思うのだけれど。
「あら。あっさり答えるのね」
「自分からひけらかすようなことはしませんが、別に隠す必要もないですからね。もう」
もう、という言葉に引っかかる。
つまり、何かの目的は、すでに達成したということだろう。
……まあ、どうでもいいけど。害を被るのは人間だし。
私に影響がなければ、お好きになさってどうぞ。
「で、それが分かったところでどうするつもりです? 私を殺しますか?」
「無論、殺す」
「えぇ……」
あまりにも清々しい殺害予告である。
どう、驚いた? これがアルバラードよ。
どやぁ……。
「と言いたいところだが、私は先入観で悪人だと決めつけることはない。魔族だからと言って、いきなり殺しにかかるようなこともな」
「ッ!?」
えぇっ!? 何言っているのこの人!?
問答無用で意味の分からない判断基準でいきなり襲い掛かるのは、あんたの常套手段んじゃない! それがアルバラードじゃない!
こんな理知的なのは、アルじゃないわ! あのクソバカナメクジを返してちょうだい!
「貴様がこのまま人間に迷惑をかけずに消えるというのであれば、見逃そう」
「へー、意外と話が通じるんですね」
感心したように頷く魔族。
嘘よ! 騙されないで! これは偽者だわ!
きっと、魔王軍が人類に混乱を招くようにした罠よ!
「だからこそ、残念です。私は、今日ここに襲撃しに来たわけですから」
「なんということだ……」
天を仰ぐアル。
そして、私も空を見上げる。
ああ、終わった……この魔族の女の命……。
どうして馬鹿正直に言っちゃったのか……。
私、殺されたいです! というようなものなのに……。
「あなたが私を見逃そうとしてくれたからこそ、私もあなたに一度見逃してあげるチャンスをあげましょう。ここでのことを誰にもばらさず、逃げるというのであれば、見逃します。一人の人間くらい、見逃してあげる優しさくらいはありますから」
どうやら、この魔族はかなりの自信を持っているらしい。
アルのことをろくに知らないのに、絶対に勝てると確信している。
ああ、かわいそうに……。
確かにこの魔族は強いというのが伝わってきているが、私の隣に立っている男は、たぶんそれを捻り潰せるレベルだと言うことを知らないのだ……。
「戦おうとするのはお勧めしません。私は、そこらの魔族とは違いますから」
あまり表情は変わらない魔族だが、自信ありげにどや顔を見せてくる。
……何も知らないってかわいいわね。
「私の名はレイフィア。聞いたことはありませんか? 魔王軍四天王の一人をやらせてもらっています」
あー、なるほど。
目の前の魔族の自信の理由が分かった。
魔王軍の中でもトップ戦力である四天王。
その一人だと言うのであれば、高い自信とプライドを持っていても何ら不思議ではない。
実際、それに見合うだけの力を持っているでしょうし。
そのレベルの魔族がこの街に潜入しているということだから、よりその目的とかが気になるところである。
人類側のトップ戦力である勇者が五人(アルは除外)集まっている中、危険を冒して街にやってきた理由。
いくら四天王でも、五人の勇者全員とぶつかったら確実に消滅させられる。
よほど重要な目的で、しかも滅ぼされないという自信があるということね。
……面倒くさそうだから知らんぷりしましょう。
まあ、この魔族……レイフィアが自信があるのは分かったけど……知らないのはかわいそうね。
なにせ、つい先日、隣の男は同じく魔王軍四天王の一人を一方的にぶっ飛ばしているのだから。
「さあ、お逃げください。すでにこちらも準備は完了しているので、すぐにこの街は壊されま――――――」
「私の名はアルバラード。勇者である。冥途の土産に覚えておくといい」
もはや聞く価値もないと、アルはレイフィアの言葉を遮った。
ブォンと重たい音と共に振り上げられるのは、瓦礫付きの聖剣である。
……本当酷い見た目。
「…………は?」
ポカンとしてそれを見上げるレイフィア。
見た目はいたいけな美女だ。
敵意を向けることはもちろんのこと、攻撃することなんて、よほどのことがない限りできないはず。
だが、私を酷使してくれるこのやばい男は、特に理由がなくとも美男美女に暴力を振るえるタイプだった。
「――――――死ぬがよい」
ズドン!! ととんでもない音を立てて、聖剣が振り下ろされたのだった。
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