第40話 悪のスメルがするぞ?
勇者会議の行われる街に、ルルと一緒にやってきたアル。
やってきたというか、勝手についてきたんだけど。
悪質なストーカーかしら?
だというのに、アルはルルと一緒に会場には入らず、街を練り歩いていた。
いや、だとしたらどうしてわざわざついてきたのか。
まあ、部外者が勇者会議の場に出られるとも思わないけど、この人なら無理やり押しとおろうとすると思ったのよね……。
「で、何でルルと一緒に会議の場に行かないのよ?」
「ヒーローは、遅れて到着するものだ」
「いや、会議の場に遅刻していく奴がヒーローになれるわけないと思うんだけど……」
思っていた以上にくだらない理由で泣きそう。
自分のことをヒーローだと勘違いしているやばい奴じゃん……。
どうして私の本能は、こんなのを正義と善の心を持っていると勘違いしちゃったんだろう……。
「しかし、前線の街っていうくらいだから殺伐としているのかとも思ったけど、意外と平和なものね」
「それはいいことだ」
市場はかなりにぎわっていた。
実態はもしかしたら違うのかもしれないが、笑顔の人が多い。
今も、出店で簡単な果物を包んでもらっていると、その店主が声をかけてきた。
「ん? あんたらはこの街に来るのは初めてか?」
「ああ。これからは毎年来ることになるだろうがな」
ならないです。
当たり前のように勇者の仲間入りを勝手に果たしているアル。
こいつのメンタルって、いったいどうなっているの……?
店主はいったい何を言っているのかと一瞬不思議そうな顔をしていたが、すぐに切り替えて笑顔を浮かべていた。
さすが客商売のプロ。
「んあ? まあ、そこまで気に入ってもらったとなったら、住民の立場からは嬉しいね。この街は、基本的に観光で成り立っているようなものだしな」
「観光?」
「ああ。ほら、ここは人類圏と魔族圏の境目に一番近い街だからな。ここからなら、魔族の領域も安全に見ることができる。物見遊山にはちょうどいいだろ?」
街の高台を指さす店主。
目を細めてそこを見れば、多くの人が集まっている。
彼らが見ているのは、魔族圏。
決して仲が良くなく、何度も種の存続をかけた戦争をしているというのに、豪胆なことをするものである。
私は絶対やりたくない。
「はー。人間って危ないこと好きなのねぇ」
「人間……? まあ、そうだな。ちょっと危ないけど、絶対に安全だしな。今は大きな戦争をしているわけでもないし」
随分と平和ボケしているわねぇ……。
私が嫌々聖剣として振るわれていた時代は、ゴリゴリ戦争真っ只中だったから、なおさらそう思う。
まあ、私としては人間が滅びようが魔族が滅びようがどちらでもいいんだけど。
好きにすればいいわ。私を巻き込まない限りはね!
「だが、小競り合いはあるのだろう? 恐怖はないのか?」
「ここが普通の街だったら、俺も怖いけどな。でも、この街は絶対に大丈夫さ」
微塵も不安を感じていない様子に、違和感を覚える。
「なぜ?」
「なにせ、この街は毎年勇者様が来てくださるんだからな。それも、一人だけじゃねえ、全員だ! そんなところに、魔王軍が攻撃を仕掛けてくるはずもない。返り討ちにあうのが関の山だからな!」
あー、と納得する。
なるほど、勇者の抑止力ね。
勇者が強い、というのもあるのでしょうけど、彼らのことを知らない私は既知である聖剣それぞれの力を思い出す。
正直、子供でも聖剣を存分に使えるのであれば、鍛えられた戦士をも容易く倒すことができるだろう。
そんな強大な戦力が、五人も同時に集まってくる街。
魔族は勇者との戦闘で甚大な被害を出し続けているから、よりその恐怖を理解している。
だから、店主がこの街は大丈夫だと言うのは、あながち間違っていない。
そんな店主の発言を受けて、アルはコクリと頷く。
「ふっ、その通りだな」
「あんたのことは言っていないわよ、たぶん」
気持ちはずっと勇者だからね。仕方ないわね。
……仕方なくないわ! 止めろ!
「ああ、そうだ。あんたらも旅とかしているんだったら、気を付けな。最近、巨大な岩のついた剣で無差別に他人を撲殺するやばい奴も現れているらしいからな」
…………。
店主が心配そうに言うことに、私は閉口する。
いや、だってこれ……。めちゃくちゃ心当たりがあるんだけど……。
その犯人、もしかして私の隣で立っている男じゃないの?
「なんということだ……。そんな奴がいたとは、気づかなかった……。いざというときは、私が何とかしよう」
「ッ!?」
ぎゃ、ギャグよね? ギャグで言っているのよね!?
真剣な表情で言っているから、まさか本気で言っているの!?
「おっ、威勢がいいね! 頼むぜ!」
そうして、店主と別れを告げる。
私は懐疑的な目でアルを見ていると、彼はこちらを見て力強く頷いた。
「聞いての通りだ、わが愛剣よ。その不埒者を見つけ出し次第、殺すぞ」
「自殺するの!?」
早まらないで!
……うん? そういえば、アルが死んだら私は元の引きこもりニート生活に戻ることができるのでは?
……よし、アル! 今すぐ腹を掻っ捌きなさい!
「ん、これ美味しい。やっぱり、娯楽関係だと私たちよりはるかに優れていますね。滅ぼすより、利用した方が絶対にいいです。進言しましょう。……あと、あいつにも買っていってやりますか。なんかうじうじしていて気持ち悪いですし」
通り過ぎに、女がそんなことを言っていた。
別に、何ら気にするところのない独り言だ。
だけど、聖剣である私には分かる。
あれ、思いきり魔族ね。
魔族の中には人間と大して見た目が変わらない者も多いから、一見するだけだとよくわからないものだ。
あー……面倒くさいから言わないでおこう。
と思っていたら、アルがピタリと止まる。
あ、やばい……。
「くん。くんくん」
鼻を鳴らして匂いを嗅いでいる。
え、キモ……。
私がドン引きした目で見ていると、彼はジロリとした目を通り過ぎて行った魔族の背中を見ていた。
「悪のスメルがするぞ?」
「うわぁ……」
キモイ……。
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