第4話 なぜなら、彼は勇者だからだ
頭部を失った賊が、前のめりに倒れる。
首から溢れ出す血が、地面に吸い込まれていく。
聖剣……の切っ先に付いている瓦礫が、赤く染まっていた。
ブン! とそれを振って血を落とすと、アルバラードはキリッとした表情で言った。
「驚いたか、悪人ども。これが、聖剣の切れ味だ」
「いや、斬っていないわよね。思いきり撲殺しているわよね。というか、鈍器で人の頭部を消し飛ばすって、いったいどれほどの力があったらそんなことできるの? たきつけておいてなんだけど、怖いんだけど」
聖剣の彼女がジトッとした目をアルバラードに向ける。
聖剣を使った勇者が、相手を倒す手段が撲殺なんて聞いたことがない。前代未聞である。
しかし、アルバラードはまったく気にしていない。
自分が勇者であると、心から信じていた。
さて、瓦礫のついた聖剣で撲殺されるというのは、なかなかにショッキングな光景である。
しかも、その脅威が次に自分たちに向いてくると分かっていれば、足がすくむのも当然だ。
だが、このままいたら、普通に殺されるだけである。
目の前の男は……アルバラードは、悪人を見逃してやるような優しい男ではないことは、どす黒く濁った赤い目を見れば、簡単に分かってしまった。
「くっ、クソがああ! 死ねえええ!!」
「ふぅん! ふぅん! ふぅん! ふぅん!!」
だから、賊たちは一斉に襲い掛かる。
自分たちの命を、未来につなぐために。
なお、決死の覚悟で襲い掛かっても、アルバラードには微塵も届かない。
気の抜けるような気合の声と共に、聖剣(瓦礫付き)をぶん回す。
それが賊の身体を捉えて頭をパーンしたり骨を十数本一気にへし折りながらぶっ飛ばしたりしていた。
「う、うぷっ……」
それを見させられるラーシャは、こみ上げる吐き気を何とか抑える。
彼女はつい先ほどまで普通の村娘だったのだ。
凄惨な人殺しの光景を見てしまえば、いい気分になるはずもない。
そんな彼女の隣にいる聖剣の精霊が、呆れたように見下ろしてきていた。
「あー、見ない方がいいんじゃない? 人が撲殺されていくのって、メンタルやられそうだし」
ちなみに、精霊はノーダメである。
過去、一度は聖剣としてしっかりと戦いに参戦していたわけだし、そういった光景は自分が作り出す立場だった。
という理由はウェイトをほとんど占めていない。
結局、人間がどうなろうが知ったことではないので、ボッコボコにされていても平然としているのである。
しかも、相手は自分とアルバラードをバカにした連中である。
死んで当然、むしろ拷問できないことが残念に思うほどだった。
どうしてこれが聖剣なのかは、誰も知る由がない。
そんな彼女に、ラーシャは顔を青くしながら問いかける。
「あ、あの人は……聖剣を使っているということは、勇者様なんですか……?」
「――――――は?」
精霊の心底嫌そうな顔。
何言ってんだこの人間ぶっ殺すぞと言わんばかりの表情である。
「ひっ!? す、すみません」
ラーシャはとっさに謝る。
そんな彼女たちに、アルバラードがゆっくりと近づいてきた。
「楽しそうな会話だな。私も混ぜてくれないか?」
「ああ、終わったの?」
「無論だ」
チラリとラーシャはアルバラードの背後を覗き見て……すぐに目をそらした。
真っ赤だったからだ。
自分を襲ってきた卑劣な賊たちは、一人残らず撲殺体となって倒れ伏していた。
頭部が吹き飛ばされた者や、身体がありえない方向に曲がっている者がいた。
臓腑が地面にまき散らされており、とてもじゃないが見ていられなかった。
しかし、それを為した張本人は、平然とした無表情である。
悪人の命を奪ったところで、何ら心は動かない。
やれやれと首を横に振った。
「力がないにも関わらず強欲な者は、かくも醜いものかと再認識していたところだ」
「なんでラスボスみたいなこと言ってんの?」
精霊が明らかに引いた目を向けていた。
とてもじゃないが勇者の発言とは思えない。
しかし……。
「大丈夫だったか?」
座り込むラーシャに手を差し伸べるアルバラード。
弱者を救おうとする姿勢は、まさしく勇者で……。
やっていることと内面が乖離していて、精霊もひどく頭を悩ませているところだ。
これほど強くて、そして優しいのであれば、もしかして……。
ラーシャは自分の行いが愚かであることは理解しつつも、口を開いた。
「あ、あの、私たちを助けてください!」
「任せろ」
理由も方法も聞かず、アルバラードは頷いた。
なぜなら、彼は勇者だからだ。
「いや、勇者じゃないから」
◆
私は助けた少女――――ラーシャを抱きかかえながら、転げないようにしつつ歩いていた。
舗装されていない道は、やはり歩きづらい。
「あ、あの、自分で歩きます……」
頬を赤らめて遠慮するラーシャ。
謙虚な少女だ。
精霊を見ろ。何も言っていないのに私の背中にへばりついているぞ。
振り下ろしてやろうか。
「無茶を言うな。お前は重傷を負っているんだ。大人しくしていろ」
そう、彼女はなんと悪漢に矢で射抜かれていたのだ。
一応応急処置はしているが、後でちゃんとした医者に見せる必要はある。
肩に矢が刺さるというのは、彼女のような普通の少女には重傷である。
私からするとかすり傷にもならないが。
その程度で、燃える正義の心を冷やすことはできない。
ともかく、傷に悪影響を与えないよう、丁重にラーシャを運ぶ。
「で、どうするの? マジで村を助けてあげるの?」
相変わらず嫌そうに精霊が聞いてくる。
別に、彼女は人間嫌いとかそういうわけではない。
単純に、人間と自分を比べて、圧倒的に自分が大切なだけである。
自分の楽しい生き方と、弱い人間が追い詰められ搾取されている現状を救うこと。
精霊にとって、大事なのは前者だということだけである。
最低すぎて引く。
「無論だ。助けを求めている人を救うのが勇者だからな」
「勇者じゃないけど。……はあ、面倒くさい」
また妄言を吐いている……。
私が勇者でなければ、誰が勇者になれるというのだろうか。
私ほど正義の心を持ち合わせている奴は知らないし、そもそも聖剣が抜けたから勇者である。
「ダメだぞ、愛剣。そんなことを言うな」
話を聞いていたラーシャが、とてもかわいそうな顔をしてしまう。
それはいけない。
私は安心させるよう、笑顔を浮かべた。
「――――――悪人は、皆殺しだ」
悪は滅ぼされなければならない。
とくに、自身の欲望のために他者を食い物にするような、今回の賊のような連中は、一人残らず生かしておくわけにはいかない。
ゴミ掃除、駆除の時間だ。
「こんな過激なことを言う勇者はそこそこいたけど……」
「そ、そこそこいたんですか?」
ラーシャが引いていた。
そうか、私と同じ考えの勇者もいたのか。
……やっぱり、私は勇者。はっきりわかった。
「本当にここまで苛烈に有言実行しているのは、アルくらいなのよねぇ……」
なんと。他の勇者は、悪人にも手心を加えてあげていたのか。
なんということだ。相容れないじゃないか。
やはり、勇者は私しかいないのか……。
「見えた。あそこが、お前の村か?」
「は、はい、そうです」
そんなことを考えていると、高台にやってきていた。
たまたまだが、村全体を見下ろすことができる場所だった。
所々黒煙が立ち上っており、普通の日常でないことは明白だった。
『勇者の目』で見れば、残酷なことに村人の何人かは命を落としているのが見えた。
そして、我が物顔で村の中を跋扈する、悪人ども。
私はそれを確認すると、優しくラーシャを下ろして宣言する。
「ゴミが多いな。よし、皆殺しだ」