第39話 あいつがやらかしたにゃ!?
ルルは隠す様子もなく、苦々しい表情を浮かべた。
アンタレス。金色の輝くような美しく長い髪を、上品にロールさせている。
スタイルもよく、煌びやかなドレスのようなものを着ているので、貴族の令嬢のような雰囲気を醸し出している。
顔立ちも綺麗に整っていて、話し方も丁寧で穏やか。
それこそ、毎日お茶をしながら鳥と語らい、花を愛でて幸せな人生を送っているような、そんな印象を与える。
そう、彼女の目を見るまでは。
混沌。一言で表すと、アンタレスの瞳はそれだ。
光はなく、ただどす黒い闇が広がっている。
それが、彼女の他の容貌とまったく異なるものだから、不安定で歪な印象を与える。
だから、恐ろしい。そのちぐはぐさが、気持ち悪くて仕方ない。
アンタレスはアランと違って嫌味や攻撃をしてくることはないのだが、勇者の中ではダントツで苦手だった。
最近、自称勇者の男がそこに飛び込んできているが。
デッドヒートである。
「お久しぶりですわ、ルルさん。また元気なお姿を見られて、わたくし嬉しいですわ」
「あー……うん、私もにゃ……」
「うふふ。嘘ばかり」
ニコニコと笑うアンタレス。
まあ、嘘なんだけれども。
しかし、分かっているくせに聞いてくる彼女もなかなか性格が悪いと思わないだろうか?
こういうところが、苦手なのである。
「よぉ、アンタレス。まぁた好き勝手やっているみたいだなぁ。各国の偉いさんたちが、半泣きになって俺らに助けを求めてくるんだが」
「皆様に助けを求めるということは、悪だという自覚があるのでしょうか? だとしたら、殺さないといけませんわね。その偉い人というのは、どなたですか?」
「言えるかっての。マジで殺すだろ、お前」
「殺さないといけないのであれば、誰であろうと殺しますわ。貴族でも、王族でも、神でも」
「ぶっ飛んでやがるなあ、おい」
呆れたように笑うアラン。
嘘でも虚勢でもなく、アンタレスなら本当にやってしまうだろうということが分かるからこそ、馬鹿にすることができない。
聖剣を使えるからって何でもかんでも勇者にするから、こんな奴が出てくるんだよ。
アランはそう思った。
「此方は、あなたがつい先日貴族ターリスを殺害したことも確認しております」
「ああ、そんなこともありましたわね……」
「えっ!? あれってあんたの仕業だったの!?」
衝撃の事実に、ルルがギョッとする。
貴族の殺害という、王国ではとんでもなく重たい罪。
加えて、世界中に根差している裏社会の支配者『渦』の構成員を大量殺戮し、それすらも敵に回す行為。
常人であればやりたくても絶対にできない行為。
まあ、そもそもやろうとしても返り討ちにあうのが普通だが。
しかし、それをやってのける力を持っていて、そして後のことも考えず実行してしまう悍ましい判断力。
なるほど、アンタレスであれば理解できた。
「あらあら、すれ違いになっていたのでしょうか? だとしたら、申し訳ありません。ルルさんの殺す対象を、わたくしが先に殺してしまって……」
「いや、殺さにゃいから……」
倫理観の大幅な欠如。
それが、アンタレスの苦手なところでもある。
どうして好き勝手してかき回す側であるはずの猫の獣人である私が、常識的なツッコミ役をしなければならないのか。
ルルは訝しんだ。
「本当、イカれてやがるよな。よくもまあ、こんな奴が勇者なんて名乗れるものだ。笑ってしまうぜ」
「お前も大概よ」
「違いねえな」
悪即斬がアンタレス。
それがそもそも悪なのかどうかもわからないし、後先考えず殺害するので、後程の影響を一切考慮しないのが、アンタレスのやばい所。
常識人ぶっているアランも、聖剣を振るえる強大な力と勇者に与えられた大きな権力で、随分と好き勝手楽しんでいる。
一番人間的で俗物的なのが、アランかもしれない。
酒、金、女ぁ! 勇者として全力で楽しんでいる男だった。
ルルからすれば、どっちもどっちである。
「大丈夫ですわ。アランさんは悪ぶっていても、決定的なことはしていませんもの。イキリ中二病チンピラといったところですわね」
「よーし、今からお前をぶっ殺すぞー。そんでもって、俺も立派な犯罪者だぜ」
額に青筋を浮かばせたアランが立ち上がる。
イライラが止まらない。ぶっ殺す。
聖剣を手に立ち上がれば、呼応するようにアンタレスも立ち上がる。
「それは大変ですわ! アランさんを犯罪者なんて生きる価値のない愚者にするわけにはいきません。そんなことを仕出かしてしまう前に、わたくしが殺して差し上げますわ」
ちなみに、これは皮肉とか一切入っておらず、善意百パーセントの言葉である。
善意でその人のため殺すという恐ろしい思考回路。
ルルはまったく理解できなかった。
もう勝手にやってろバーカなルル、我関せずのロイス。
だから、彼女らを止めるのは一人しかいなかった。
「ま、待ってくださいぃ! 勇者同士がぶつかったら、周りにとんでもない被害が出てしまいます! 止めてください!」
五人の勇者のうちの唯一の良心、メリアである。
各国も、彼女がいなかったらこの世界って終わっていたんじゃね? と思うくらい善良な彼女が、唯一まともに彼らを諫める。
同じ立場の勇者であるからこそ、彼らも多少は聞き入れる姿勢を見せる。
「というか、喧嘩をするにしても、理由が意味わからなさすぎます! 周りにどう説明するおつもりですか!?」
「あー、別にどうでもいいだろ。こうして集まってやっているだけで、その周りとやらには十分配慮してやっている。この集まりだって、勇者に相互監視させるためのものだろうしな」
「そんなことは……!」
「別に否定する必要もないだろ。ここにいる全員が、それを理解して従ってやっているんだからな」
アランは興が削がれたと言わんばかりに、アンタレスに向けていた敵意を霧散させ、立ち上がる。
「さて、じゃあこれでもう終わりだな。また何か月後か何年後か知らないが、その時に会おうぜ」
そう言って、さっさと帰ろうとしたときだった。
ズドン! と大きな音と共に、地響きが発生する。
巨大な爆発音に、勇者たちも驚いたように目を丸くする。
しかし、その中でたった一人だけ、焦燥に駆られた表情を浮かべるのはルルだった。
「あいつがやらかしたにゃ!?」
「あいつ……?」
首をかしげるメリアであった。
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