第36話 最悪にゃ
『無理やり聖剣をぶち抜いた自称勇者さん、ラスボスになる』からタイトル変えてみました。
村の前で、アルとラーシャ、そしてハンナが立っていた。
別れの時である。
この世すべての悪人を皆殺しにしたいと声高に叫ぶアルが同じ場所にとどまり続けることはない。
……だから、あちこちに現れる怪物のような扱いをされている、国際指名手配犯なんだけれど。
いや、本当におかしい。仮にも勇者を自称している男が、国際指名手配犯ってなに?
何か慣れちゃっていたけど、慣れたらダメなところだったわよね?
そんな重犯罪者に対して、ラーシャは寂しそうな顔を向けていた。
「もう、行ってしまわれるんですか……?」
「ああ。私も勇者として、重要な会議に出なければならないからな」
「あなた別に呼ばれていないけど。勝手に行くのよね?」
次の目的地が、ルルにへばりついて勇者会議の会場に向かうことだと聞いた時の私の気持ち分かる?
会いたくもない昔馴染みと顔を合わせるのも嫌だし、今私がこんなのに使われているというのを知られるのも嫌だし。
まあ、ルルの持っているあいつにはもう知られているし、どうせそこから他の聖剣にも知れ渡るだろうから、隠せないんだけどさ。
「そう、ですか。アルバラードさんは素晴らしい方ですから、引く手あまたなのは仕方ないですよね……」
「それってなんの冗談?」
素晴らしい方は私を無理やり引き抜いてあっちこっち連れまわしたりしないと思うんだけど?
というか、基本的に求められていることがないわよ。
……ただ、こいつが過ぎ去っていった場所には、たまにこいつにめちゃくちゃ好感度が高い人が残るんだけどね。
ラーシャがこれになりそう。
「ああ。世の中には悪人がぞろぞろと害虫のようにいる。いくら潰しても、また沸いて出てくる。だからと言って、諦めるわけにはいかない。すべて皆殺しにしてくれる」
「毎回思うんやけど、絶対正義側じゃないよな、この人。悪役よな?」
「私はもう聞き飽きたわ、こいつのラスボス発言」
ハンナが冷や汗を垂らしながら聞いてくる。
まあ、この中で一番アルの言う悪に近いもんね、あなた。
一番命の危険が高いのが彼女だ。
まあ、その無駄にでかい乳をそぎ落とすとかでいいんじゃないかしら?
アルに言っておいてあげるわね。
「えと、その……こんなことを言うのも変かもしれませんが……もしよければ、またこの村に遊びに来てほしいんです。その時、アルバラードさんがどんな日々を送っていたのか、教えてください!」
もじもじとしながら頬を染めるラーシャの姿は、とても可愛らしいものだった。
誰の目から見ても、アルに好印象を抱いているのは明らかだった。
それが恋とか愛とかではないかもしれないけれど、他人から好意を寄せられたら嬉しいものだろう。
アルもその例にもれず、にっこりと嬉しそうに笑った。
「ああ、もちろんだとも。手土産に悪人の首でも持ってこよう」
「絶対持ってくるなよ! ちゃんと管理しといてや!」
「私に言われても……」
知らんし。私は知らんし。
保護者みたいな立ち位置には絶対にならないし。
生首を大量に抱えて嬉しそうにこの村に戻ってくるアル。
……やばい。簡単に想像できるからやばい。
「えへへ、嬉しいです! 何か、アルバラードさんのお役に立てるようなことができるように、私も頑張りますね!」
にこやかに笑うラーシャ。
多分、彼女はこの村にもう一度戻ってくると言ってもらったことで嬉しくなってそんな返答になったのだろうが……。
大量殺人を犯して帰ってくると宣言する男に、その満面の笑顔を向けるのはどうなの……?
そして、ラーシャの頑張るという発言。
それが、あんなことになるなんて、今は誰も知らないのであった。
……いや、本当。なんであんなことになったのかしらね……。
「さて、次は……」
アルの目がハンナに向けられる。
ビクッと震える彼女は、私の背に隠れた。
はあ!? 何してんの、この乳牛!!
「うちは何もないで。ラーシャから手厚く見送られて十分やろ?」
「ふっ、そう言うな。私はお前にも会いにくる」
「ふぁっ!?」
顔を一気に真っ赤にするハンナ。
この女、こんな厭らしい身体をしているくせに、男に免疫がないの……?
まあ、一応とはいえ命を助けてもらった相手だから、悪くは思っていないみたいなのよね。
ただ、一歩でも踏み外せば速攻で殺されるんだけれど。
「な、なにいきなり言ってんねん。気持ち悪いなあ……」
「…………」
もじもじとして、まんざらでもないような雰囲気を醸し出すハンナ。
ば、馬鹿! 死ぬ気なの!?
後ろのラーシャの、あの虚空のような目を見ているの!?
ハンナああああ! 後ろを見なさい、後ろを!
そんな甘酸っぱい空気なんて、絶対に出せないような感じになっているからああ!
だいたい、アルにそんなほんわかするような気持ちで女に会いに来るようなかわいい性格、あると思っているの?
そんな甘い空気を消し飛ばすように、アルが微笑みながら言った。
「ああ。お前は要注意犯罪者予備軍だからな。少しでも道を踏み外していたら殺す」
「ラーシャあああああああ! やっぱこいつおかしい!!」
「いや、人体実験していたあなたもおかしい」
ラーシャの正論。
もう私以外の全員が頭おかしいでいいんじゃない? いいわよね?
はい、決定。確定的に明らか。
「はあ、はあ……。私のアルバラードさんが、親友とイチャイチャ……。はあ、はあ……」
ラーシャが顔を赤くし、息を荒くしている。
…………うん。
「……アル。もうここには寄らない方がいいと思うわよ」
「なぜ?」
やばい性癖をこじらせて発情している奴がいるから。
そう思っていた私であったが、まさかこの二人……とくに、ラーシャがあんなことになるなんて、想像もできないのであった。
……想像できるか!
◆
「というわけで、お前とこうして一緒に歩いているというわけだ」
「……最悪にゃ」
アルから一緒に勇者会議に向かうこととなった経緯を聞いたルルは、心底げんなりとした様子でため息をつくのであった。
私以外の犠牲者ができた。よかった。




