第35話 え、何こいつ……?
アルは広い室内をのんびりと見渡している。
のんびり見ていていいような光景ではないけれども。
えげつないほどの殺人現場。
一人や二人でなく、それ以上の死体が転がっているし……。
床や壁、窓にへばりつく血痕が悍ましい。
というか、磔にされている人もいるし。
……人間、こわっ。
「悪人の匂いをたどってきたが……」
「なんでこいつ当たり前のようにこんなことができるの? おかしいわよね? 犬の獣人でも悪の匂いとかいう抽象的なもので人を追ったりすることはできないわよね? なんなの本当」
「私に言わないでちょうだい」
知らないわ、こんなの。
人類種の特異変異体でしょ。
睨んでくるルルを、むしろ睨み返す。
人類側のあんたたちが責任を取りなさいよ。
あんたたちがこんな化け物を生み出したせいで、私は引きこもりニート生活を強制的に終了させられたのよ。ぶっ飛ばすわよマジで。
「領主の館のようだったから、ちょうどいいと皆殺しにするつもりだったが……」
「この国で貴族殺しってどれほど重たいか分かっているの? 平気で殺すとか言わないでくれる? 私は絶対関係にゃいからね?」
ルルの苦言がアルに届くことはないだろう。
あと、関係ないとかも許さない。絶対に何が何でも巻き込んでやる。
当たり前のように領主の館に殴り込みをかけたときは、ルルの目が死んでいた。
あのほんわかしているスピカでさえも頬を引きつらせていたことから、アルのやったことの重大さが分かるだろう。
「まさか、私の先を越されているとはな。ふっ、私もまだまだのようだ。もっと精進しなければ……」
「もっと人を殺す発言は止めてくれる?」
やれやれと恥ずかしそうに笑うアルに、ルルが死んだ目を向ける。
私はそんな彼女を見て……静かに拍手を送った。
「いいツッコミが入ったわ……。私も気が楽になるわね……」
「誰が!? もしかして私のことを言っているんじゃないでしょうね!? ぶっ殺すにゃ!」
飛び掛かってくるルル。
ちょ、止めろぉ!
離れろ女ぁ! 猫臭いのよ!
私が必死にルルからの攻撃を逃れていると、アルは死体の検分をしていた。
「ふぅむ、しかしなかなかの手練れだ。見事な斬り筋。人体は斬るのが難しいが……」
肉や骨がある人間の身体を見事に斬るのは、かなりの力と技術が必要となる。
まあ、私のような名刀なら、使い手が多少悪くてもバッサリ切ることができるが、それでも一定の実力は必要である。
下手人がどんな剣を使っていたかは知らないけど、相当な実力者だろう。
「こんなことをやってのけるなんて、相当やばい奴にゃ。傷を負っていたとはいえ、『渦』の支部リーダーを仕留め、貴族まで殺しているんだから。後先考えていないバカで、しかも強い。最悪の部類ね」
実力もさることながら、性格も破綻しているのだろう。
ルルの言う通り、巨大な裏社会の暗殺組織を敵に回すような行為だ。
たとえ、やりたくてもできないのが普通である。
加えて、貴族の殺害。
裏の人間に関しては、まだ言い訳ができる。
正義のためとか言っておけば、表社会から強く非難されるということはないかもしれない。
まあ、殺人は殺人だから、しょっ引かれるのはそうだろうけれども。
ただ、表の世界の重要人物、特に王国は貴族偏重な御国柄だから、絶対に調べられることだろう。
そこまで理解してから殺したのか、それともそうじゃないのか。
ちょっとした言葉遊びのような感じだが、しかしとても重要なことだった。
前者ならば、強くて覚悟も完全に完了してしまっているということ。アルかな?
後者なら、ちょっと頭がやばい奴。アルかな?
「んー。これは、本当に報告に戻らないといけないなぁ。領主がいなくなるというのは、マズイもんねぇ」
やれやれと首を横に振るスピカ。
「私は王都に戻ることにするよぉ」
「はあ……。勇者会議でも、この話題になるでしょうね……」
スピカもルルも面倒くさそうに顔を歪めている。
そんな中で、アルだけが楽しそうだった。
……彼が楽しそうにしているのは面白くないわね。
「アル?」
「いや、なかなか見どころのある者がいるものだなと思ってな」
「ないわよ、見どころ」
大量殺人鬼を見どころあるって言えるのは、アルくらいではないだろうか。
私の非難の目を受け流しながら、アルはポツリと呟いた。
「一度、会ってみたいものだ」
◆
ターリス殺害事件を受けて、調査隊がやってきた。
そこで調べられたことが、スピカと共に国に報告されることとなった。
そのため、数日が過ぎたころ、ルルがアルバラードたちに別れのあいさつにやってきていた。
「さてと、そろそろ行こうかにゃ」
「む、そうか。君も動くのか」
「ええ。スピカも帰ったし、私も移動しておかないと、遅刻しちゃうしね」
基本的に自由気ままに行動する彼女からすると、時間指定のある予定というものは苦痛でしかない。
しかも、全然楽しくないイベントだし、待っている奴らもまったく気が合わないし、最悪である。
マジでつらい。勇者、辞めたい。
「勇者会議、だったか?」
「会議なんて仰々しいものでもないけどね。私たちって基本的に好き勝手行動しているから、近況報告会みたいになっているわ。それでも、死んでいないかっていうのは大事な確認だし」
「なるほどな」
もし、これで色々仰々しい義務などがあれば、ルルは本格的に逃走していたことだろう。
だが、勇者会議なんて大層な呼び名をしているが、要は一年に一回くらいは勇者五人が集まろうねというだけの話である。
ちなみに、もちろん勇者の誰かが提案したものではなく、昔から続く慣例的なものだった。
昔の勇者は仲が良かったんだなと思うと、今の勇者同士の関係と比較して、信じられない気持ちになるルルであった。
「じゃ、私はここで。もう二度と会わないことを祈っているにゃ」
ひらひらと手を振るルル。
かなりのストレスを与えられたアルバラードという男であったが、これが最後と思うと、まあちょっとは楽しかったと思える。
ふっと笑いながら、勇者会議が行われる街に向かって歩き出す。
……そして、なぜかその隣を、ザッとアルバラードが歩く。
え、何こいつ……?
呆然としながら彼を見ると、コクリと頷かれた。
「ああ、道中よろしく頼む」
「…………はっ!?」
何言ってんだこいつ!?
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