第33話 ほーら
「な、んだ、これは……?」
ルドーは愕然とする。
目の前で凄惨な死体に成り代わっているのは、自分の依頼主だ。
それが、明らかに他者による手で殺されている。
まさか、口の中に長い剣を突きさし、壁に磔にするように自殺をするはずもない。
そもそも、ターリスは自分のことを非常に重要に考えているような男だった。
短い付き合いではあるが、確かな人間観察力のあるルドーは、そう判断していた。
自分から命を捨てるような真似は決してしない。
それこそ、自分と違法な関係を結んでいることが露見したとしても、処刑台に上がる最後の最後まで抵抗するような男だった。
それが、死んでいる。
ルドーは頭が真っ白になるが、何とか頭を回転させていく。
「護衛においていた奴も、ダメか」
私室には、ルドーの部下たちがターリスの護衛として置かれていた。
しかし、ようやく周りを見渡せるようになると、彼らも命を落としていることが判明した。
その死体の凄惨なこと。
どれも楽には殺してもらえていないだろう。
四肢がバラバラになったり、壁に磔にされたり。
「私の精鋭の部下でもこのざまだ。相当な実力者だな」
戦闘の跡がほとんど見られない。
つまり、鍛え上げられた部下たちが、何もできずに殺されたということである。
その事実に、背筋がゾクリと冷える。
門番たちがいないのも、おそらくは殺されているからだろう。
深夜とはいえ、あまりにも人けがなさすぎる。
使用人などは分からないが、少しでも戦える力を持つ者は、皆殺しにされたと考えた方がいい。
「しかし、いったい誰が、どうしてこれだけのことをやらかしたのか……。はあ、血が足りず痛みがひどい今、なかなか頭が回らないな……」
「――――――あらあらあらあら?」
「ッ!?」
フラフラと揺れる頭で必死に状況を整理しようとしていると、自分以外の声が聞こえてきた。
それも、生物にとって死角となる背後から。
裏の社会で生きていくにあたって、それは決して許されない油断だった。
とっさに振り返って距離をとる。
「(……どういうことだ。何も感じられなかった)」
気配を感じ取ることができなかった。
腕を失った激痛にさいなまれているということもあるだろうが、こんなにも接近を許すとは、自分の力がそんなにないとは思えなかった。
つまり、目の前の女は、自分と同じかそれ以上の力を持っているということになる。
今の万全でない状態で、どこまで抵抗できるか。
いや、無理だなこれ……。
ルドーはこっそり諦めた。
「まだ生きていらっしゃる方がいましたのね。わたくし、隅々まで調べたと思っていたのですが……。まったく、自分の力のなさに憤りすら覚えますわ」
ぷんぷんと可愛らしく怒りを露わにする女。
豊かな金色の髪。
クルクルと上品にまかれている。
肌は真っ白でとてもきれいだ。
豊かな髪も含め、かなり手入れがされているように見える。
一般市民というより、生活に余裕のある上流階級のお嬢様といった印象を与えるような女だった。
だが、そういった普通のお嬢様と明らかに異なる点が二つ。
一つは、光を一切宿さない瞳。
黒々として、悍ましいほどに濁っている。
ルドーは、つい先ほど似たような目をしている男と戦い、重傷を負ってしまったので、トラウマが大いに刺激された。
そして、二つ目。
手に持っている、血染めのレイピアだ。
この悍ましい惨状を作り出したのが誰であるかを、明白に物語っていた。
これもう無理じゃん……と思いつつ、ルドーは声をかける。
「……いつの間に私の背後に?」
「さっきですわ?」
「この状況は、お前がやったのか?」
「ええ、ええ。凄いでしょう? 誉めてくださってもよろしいんですのよ? だって、わたくしはとてもいいことをしたのですから」
きらきらと表情を輝かせながら、しかし瞳はどす黒く濁らせる。
怖い。こんなやばい女と話したくない。
どういう事情があるにせよ、人を大量に殺害しておいて褒めてほしいなんて、頭おかしい。関わりたくない。
暗殺組織の幹部であるルドーは、そう思った。
「人殺しがいいことか。私が言うのもなんだが、お前は狂っているな」
「なぜそのようなことを仰られるのでしょう? 悪人を殺すのは、勇者としての務め。わたくしは、やるべきことをやったのですわ。だから、褒められるべきでしょう?」
ほーら、ぶっ飛んだ理論を当たり前のように言ってくる。
やっぱり、関わり合いにならない方がいいタイプだ。間違いない。
世界中の裏社会に勢力を広げている『渦』の支部頭目のルドーは、そう思った。
だが、それ以上に気になる言葉が一つ。
「勇者だと……?」
「なにか?」
「いや、つい先ほど、勇者という言葉に嫌な思い出があってな」
あれは本当に勇者だったのだろうか?
闇を操っていたり、考え方がぶっ飛んでいたり……。
とてもじゃないが勇者とは思えないが、彼も勇者だと自称していた。
……偽者だな!
ルドーはそう結論付けた。
「まあ。それはそれは……。わたくし以外の勇者は腑抜けばかりですが、いったい誰のことでしょうか……?」
うーんと悩む女。
まあ、どうでもいいことだと切り捨てる。
今は、目の前の男を殺すことだけを考えよう。
「しかし、逃がしたのは残念ですね。わたくしがしりぬぐいをして差し上げましょう」
「そうはいくか!」
勇者を自称する貴族の令嬢のような女が、ルドーに襲い掛かった。
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