第32話 私が殺そう
ふうっとアルが息を吐く。
そして、散らばる暗殺者たちのむごたらしい遺骸。
私は聖剣だからあれだけど、普通の人間なら誰もが目を背けたくなる光景だ。
というか、私も引いてる。
私を使って何大量殺人をしてくれてんのよ、このバカは。
「大丈夫だったか?」
「うん、凄く助かったよぉ」
アルが気遣えば、スピカがにこやかに笑いながら答える。
この惨状でどうして笑えるのか。
こいつも頭おかしいわ。
「……お礼を言うのは本当に言いづらいんだけど、助けてもらったのは事実ね。まあ、もっと助けてもらった張本人は、今頃鼻ちょうちんでも作りながら夢の中でしょうけど。あ、むかついてきた」
ブツブツと負の感情をまき散らしながら独り言をつぶやくルル。
その張本人とやらは誰だか知らないけど、確かに許せないわ。
私はこんなに眠たいのに、無理やりアルにたたき起こされたというのに。
ふぁっきん。
「しかし、ちゃんとした裏の人間たちだったわね。どうして襲ってきたのかしら」
「暗殺者に狙われるようなことをしてはいけないぞ、お前たち」
「国際指名手配犯に言われたくないんだけど」
ジト目でアルを睨むルル。
それはそう。
しかし、かなり訓練された裏の人間たちだった。
長い聖剣人生の中でも、そうそう巡り合ったことはないレベルだった。
本当に、プロという感じだった。
まあ、アルという圧倒的暴力の前には無力だったわけだが。
「あと、目的は私たちを殺すことじゃなくて、ハンナを狙っていたみたいだよぉ」
「何ということだ……。誘拐なんて悪、見過ごすわけにはいかないな」
一番の悪は自分じゃないの?
アルにそう言いたかったが、なんとなく黙っておく。
「元を断たねば、いつまでも続くことになるだろう。今すぐハンナをたたき起こし、心当たりがあるか尋問するか」
「言葉選びが悪すぎるけど、実際にそう言うことをしそうで嫌」
今頃スヤスヤスピスピ眠っているハンナに、割と理由のある暴力が向きそうに!
まあ、本当に暗殺者の狙いが彼女だったら、こんな夜中に代わりに命がけで戦って守ってもらったんだから、起きるくらいするべきよね。
というか、私がこんな眠い中起きているのに寝ているとかどういうつもりか。
さっさと起きろぉ!
「心当たりがあったらいいけどねぇ。でも、あいつらは暗殺ギルド『渦』ってことを言ってきたよぉ。さすがに依頼主のことは話していなかったけどぉ」
「『渦』?」
「裏社会を支配する超巨大な暗殺ギルドよ。今回やってきた暗殺者はリーダーらしいけど、あれは本当のトップじゃないにゃ。でかすぎるから、いくつか支部があるのよ。多分、その内の一つのトップなんでしょうね」
裏とか影とか、人間ってそういうの好きわよねぇ。
常に光差す私には理解できないわ。
「なんということだ……。ゴミ掃除は途中だったか……」
人間のことをゴミって言うのは止めよう。
「『渦』を全部潰すことなんてできないわよ。本当に世界中に散らばって、世界中の裏社会で根ざしているんだから」
「確かに『渦』も気になるけど、ルルの言う通り後回しにせざるを得ないほど強大だよぉ。今は、ルドーたちに依頼をした下手人を見つけることが先決じゃないかなあ?」
ルルとスピカの説得に納得したアルは、神妙な顔をして頷いた。
「まあ、そうだな。全員殺すだけだ」
「絶対悪人の言葉よね、これ」
世界中に根を張り巡らせている巨大な違法裏組織を皆殺しにするって……。
大言壮語も甚だしいし、身の程知らずにもほどがある発現だが……アルなら本当にやらかしそうで怖い。
やろうと思えば平気でやりそう。
罪悪感とかないんか?
「それで、めぼしはついているのか?」
次の犠牲者のことである。
「難しいよねぇ。ハンナを狙っていたということだから、彼女に何かしらの目的がある人なんだろうけどぉ……」
「指名手配犯だものね。恨みなんて、いくらでも買っていそう」
悪人を人体実験に使っていたということだが、当然悪人からは恨まれていることだろう。
というか、常識人のようにふるまっているけど、人体実験をするマッドサイエンティストって非常識よね。
早く捕まるべきだわ。
「ただ、『渦』に依頼できる……それも、支部の頭目まで引っ張り出せるのは、相当な地位と金を持っている者だけよ。敷居の高い暗殺組織だから」
「敷居の高い暗殺組織とはいったい……」
「それこそ、貴族みたいなね」
なるほど。昔も今も、貴族って腐っているのね。
力……それも権力を持つと人間はすぐに堕落するものね。
私みたいな美しい聖剣には全く関係ないところだわ。
「……そう言えば、ここの領地を治めている貴族って、なかなかクズってハンナが言っていたわね」
「いや、まさか……。領主の貴族が暗殺ギルドに依頼って……」
ルルは半信半疑のようだが、人間の権力者なんてみんなクズでしょ。
私には分かる。
ただ、ハンナを狙っている理由がよくわからないけど……。
あれか、おっぱいか。
あの無駄に大きいおっぱいが目的か。
なるほど、理解できる。完全な自業自得だ。助けなくていいのではないだろうか?
……いや、おっぱいのために他人を殺そうとするとかやばすぎるでしょ、貴族。
こわ……。
「割と黒い貴族は使っているみたいだけどねぇ。まあ、明確な証拠はないから、大っぴらに動けないんだけどぉ」
「それは、お前が騎士だからだろう。それは理解できる。だが、悪が目の前にいて、大人しくすることはできない」
アルの正義大好きスイッチが入ってしまったようだった。
彼はキリッとした表情で、頷いた。
「私が殺そう」
「いや、まずは関与しているか聞きなさいよ!? 聞いてるの!? 聞けって言ってんだろ!!」
堂々たる殺害予告に、ルルが激しく突っ込むのであった。
私はやらない。
もう……疲れたのよ……。
◆
「はあ、はあ……っ」
ターリスと彼に関与した悪人がすべて殺害予告を受けているころ、ルドーは血だらけになりながらも必死に足を動かしていた。
彼は死んでいなかった。
【死霊の嘆き】に引きずり込まれそうになった時、とっさに掴まれていた自分の腕を切り落としたのである。
片腕を失うという大きな代償を支払う羽目になったが、命を落とすよりはマシだ。
「だが、これで私は完全に引退だな。前線に出られなくなった」
苦笑いするルドー。
戦うことはできるが、片腕のハンデは大きい。
とくに、『渦』の仕事は一度もミスが許されない重大なもののため、不確定要素の自分を任務の要員に数えることはない。
ただ、今まで支部を率いてきたことやマネジメントなどの管理職の経験から、『渦』から追放されずに裏方として雇われることだろう。
それが分かるからこそ、ルドーも気楽だった。
「とはいえ、この状態だと本当に危ないな。あの貴族、いいものを持っていたらいいんだが……」
すぐに治療が必要な重傷だが、『渦』お抱えの治療師は近くにはいない。
最も近く、手当てができる道具などを持っていそうなターリスの元に戻ってきていた。
それが終われば、自分は後は悠々自適の自由生活である。
そんなことを考えていたら、ターリスの屋敷に着く。
「……門番がいない? 交代の時間か?」
ターリスの屋敷を警護していた門番がいなくなっている。
サボりだろうか?
相手は貴族だ。バレたらなかなか大変なことになるだろうに……。
門番は随分と豪胆な性格をしているようだった。
深刻な傷を負って疲弊しきっているからこそ、それがおかしいことだと気づけなかった。
ルドーはそのまま屋敷の中へと入り、いつもターリスがいる私室の中へと向かい……。
「…………は?」
そのターリスが、串刺しにされているのを見た。