第31話 こんなこと言う勇者がいるの……?
目を丸くして驚愕するアルバラード。
基本的にすべての敵を撲殺してきた男だからこそ、その攻撃が通用しないということが信じられなかった。
ダメージが通らないというわけではなく、そもそも捉えられない。
相手が高速で移動しているとか防がれているとかではなく、確かに聖剣はルドーの身体を捉えたのだが、すり抜けてしまった。
「撲殺できない、だと……?」
「私が言うのもなんだが、お前とんでもないことを口走っていないか? 本当に聖剣に認められた勇者か?」
「認めていないわよ!!」
「勇者じゃないにゃ!!」
ルドーの言葉に、某二人から痛烈な批判が届く。
認めていないという、なかなか他人に言われたらつらい言葉。
それを受けたアルバラードは、ショックを受けるのではなく、なぜか誇らしげにほほ笑んだ。
「ふっ、大好評だな」
「どこが?」
ルドーは思った。
もしかして、こいつ相当やばい奴では?
裏社会で名をはせるほどの暗殺組織を率いていれば、当然頭のぶっ飛んでいる奴ともよく遭遇するし、交流する。
しかし、この男はそれ以上……いや、それ以下かもしれない。
「まあ、いい。分かってもらえると思うが、お前の攻撃は私には一切通じな……おい、殴りつけてくるのをやめろ。話を聞け。効かないって言ってるだろうが! おい、やめろ! しつこいぞ!!」
せっかく解説してやろうというのに、ブオンブオン重たい物が空気を切り裂く音が鳴り響き続ける。
効かないと言っているのに、アルバラードが飽きもせずに攻撃を繰り返しているのだ。
確かに、一切ダメージはないのだが、だからと言って攻撃され続けるのは精神的にくるものがある。
全力で殺しにかかってくるのを眼前で見続けるのは、ぶっちゃけしんどい。
「私の能力は、自分の身体を煙に変えることができる。気体をいくら攻撃しても、捉えることはできない。分かるか? 分かるって言え。おい、だから攻撃をやめろ!!」
ルドーの能力。
それは、自身の身体を煙に変容させることができるもの。
一見するとそれほど強力なものではないように思えるが、彼自身の暗殺能力と組み合わされば、非常に強いものとなる。
まず、能力を発動している間は、攻撃が効かない。
無論、常時発動しているわけではないので、意識的に行使しなければダメージは通る。
広い視野と判断能力は、ルドー自身の努力の結果である。
そして、煙になれば、侵入不可の強固に防衛された場所にも、音もなく忍び込むことができる。
窓のほんの隙間があれば、たとえ多くの警備の人間がいても、簡単に侵入することができる。
まさに、暗殺と非常に相性のいい能力であった。
「ふぅん……」
ルドーと戦闘を繰り広げるアルバラード。
しかし、その様子はルドーが優勢であった。
身体にかすっただけでもその部分を粉々に破壊できそうなほどの力で、聖剣を振り回すアルバラード。
ほとんどの者にとって命に係わる驚異的な攻撃なのだが、身体を煙に変えて無効化できてしまうルドーにとっては、何ともない。
むしろ、適時投げナイフなどで攻撃を仕掛けているほどだった。
何度目かの交錯ののち、ルドーは距離を取って笑った。
「分かったか? お前では、私を捉えることはできない」
勝利を確信したルドーは、いい気分になっていた。
暗殺者として冷静な頭脳を持つ彼でも、やはり勝利を目の前にすれば高揚する。
だから、つい、ついである。
余計なことを口走ってしまったのだ。
「いくらそのなまくらで切ったとしてもな」
「…………は?」
プッチンと簡単に着火する導火線に火をつけさせたのは、聖剣の精霊である。
一瞬で沸騰した彼女は、ニコニコと笑いながらルドーに問いかける。
「なまくら? 誰のこと? ルルが持っている聖剣のこと?」
「うわぁ!? ブチ切れないで! さすがに後ろから攻撃を仕掛けるのはマズイにゃ!」
猛烈に騒ぎ始めた自分の聖剣を、慌てて宥めるルル。
そんな能力は持っていないはずなのだが、自分の手から離れてあの精霊を刺しに行きそうな雰囲気である。
アルバラードの持つ聖剣に精霊がいるように、ルルが持つ聖剣にも同じものが存在する。
ちなみに、この二つの聖剣の仲はあまりよろしくないらしい。
聖剣の精霊が一度は聞き間違いとして見逃してやろうと助け舟を出してやったにも関わらず、ルドーはもう一度地雷原に飛び込む。
ウキウキだからだ。
「そんなもの、この男が持っている武器に決まっているだろ。だいたい、それって剣か? 切っ先に巨大な瓦礫がついているんだが……」
「ふっ、ふふふっ……」
聖剣の精霊は激怒した。
自分をなまくらと呼んだこと。
そして、そもそも剣ではないのではないかという、とてつもない侮辱に、もともと短気な彼女は激怒したのだ。
「私以外の聖剣をバカにするのは構わないし、アルを下に見るのも全然オッケーよ。でもね……」
「とんでもないこと言ってない? この子」
くわっと目を見開いて、溢れんばかりの憤怒を吐き出した。
ルルのツッコミなんて完全無視である。
というか、聞こえていない。
「私をバカにしたり下に見たりすることだけは許さないわ! アル、やっちゃいなさい!」
「承知。【死霊の嘆き】」
「なあっ!?」
精霊からの命令にノータイムで頷いたアルバラードは、聖剣から闇の斬撃を放つ。
使われるはずの武器から、使うはずなのに使われるというとんでもない逆転現象が起きているが、当事者二人は全く気にしていなかった。
というか、精霊の指示がなかったとしても、ルドーをぶっ殺すことはアルバラードの中で確定事項である。
「……勇者って、あんな凄い名前の技を使うんだぁ」
「い、一緒にしないでくれる!? 私はあんなえぐい名前の技なんて持っていないわよ!」
スピカがとんでもない誤解をしようとするのを、ルルが半泣きになって止めていた。
おかしい。自分はむしろ、他人や周りを振り回すような、自由気ままな獣人だったはずだ。
なぜ自分がツッコミ役なのだ。なぜ自分が勇者のイメージを守らないといけないのか。
そんなの、求めていないのに!
ルルは泣いた。
「こ、こんな斬撃、私には通用しな……!」
とっさに飛びのいて、闇の斬撃から逃れるルドー。
避けることに成功したし、当たりそうなら煙になって逃れればいいのだ。
巨大な闇の奔流に大量の脂汗を流しながらも、そう自分に言い聞かせて落ち着こうとして……。
「教えよう。私と愛剣の前では、どのような強力な能力を持っていようが、無力だということを」
斬撃が途中で止まる。
すると、そこから伸びてきたのは、まさに生を感じられない細い腕。
それが一本や二本ではなく、何十本も。
それは、煙になって逃れようとするルドーの身体をしっかりと捕まえ、引きずっていき……斬撃の中に消えて行った。
「あ、ああああああああああああっ!?」
ドンッ、と最後は闇の斬撃が爆発する。
そこには、ルドーの姿は最初から存在しなかったかのように消えていた。
シンと静まり返る。
頭目を殺されて怒りに燃えるべきはずの暗殺者たちも、目の前で起きた悍ましい光景に、汗を大量に流しながら身動きが取れないでいた。
訓練を受けている。
恐怖の克服なんて、ほとんど最初の方にやるような基礎中の基礎。
それらを完璧にこなしたからこそ、こうして依頼を受けられるような暗殺者になった。
だが、それでも、今目の前で起きた光景は、許容できるものではなかった。
「…………えぐっ」
誰の言葉だっただろうか。
だが、満足そうにしているアルバラードと精霊以外の、この場にいるすべての者の総意だろう。
「さて」
「「「…………ッ!?」」」
アルバラードがゆっくりと動く。
それだけで、悲しくなるほどにビクッと身体を跳ねさせる暗殺者たち。
そんな彼らに振り返り、満面の笑みを一つ。
「ゴミ掃除の時間だ」
「こんなこと言う勇者がいるの……?」
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