第30話 お前たちは皆殺しだ
「(……何も感じられなかった)」
ルドーは表には一切出さないが、内心では舌を巻いていた。
男……アルバラードの接近を、一切気づけなかった。
なるほど、気配を消して動くのは当然だ。
不意打ちを仕掛けようとするのであれば、誰だってやる。
だが、ルドーは優れた暗殺者で、殺された部下もまたそうだった。
自分たちがそういうことをするからこそ、気配には敏感になる。
だというのに、アルバラードがここまで接近するまで一切気づかなかったし、そのせいで貴重な部下が一人見るも無残な姿に変わってしまった。
「安心したまえ」
顔を上げると、アルバラードが優しい笑顔をルドーに向けていた。
ぶっ飛んだことを言わないでいつもこんな感じでしていたら、めっちゃモテるだろうに。
精霊は、思ったが口には出さなかった。
そんな評価を受けていたアルバラードは、にっこりと微笑んだまま言った。
「五分後には、お前たち全員がこうなっている」
「正々堂々とした殺害予告」
ルルはドン引きである。
勇者が殺害予告、しかも撲殺宣言なんて……。
受け入れたくない現実だった。
なお、同じく巨大な鉄槌で撲殺しまくるスピカとしては、共通点を見つけられてなぜか目をキラキラと輝かせていた。
「ふわあ……眠い。アル、おんぶ」
「うむ」
目をしばしばとさせた精霊が、両手をアルバラードに向けて広げる。
彼は腋から腕を伸ばし、彼女を抱っこし、そしておんぶに移行する。
硬いが、なかなか寝心地はよかった。
精霊はまた半分意識を飛ばしながら、寝そうで寝ない感覚を楽しむのであった。
「――――――ッ!」
鋭いナイフが、そんな気の抜けたアルバラードに向かって投擲された。
狙いは首元。一切ずれることなく、人体の致命傷となりうる場所に向かって突き進む。
完全な不意打ちということもあって、彼にダメージが入るのは、投擲した暗殺者やそれに気づいていたルドーは確信していた。
だが……。
「っ!?」
ルドーも、ルルも、そしてスピカでさえも愕然とした。
勢いよく飛んでいたナイフは、完全に止められていた。
アルバラードの、二本の指で挟むようにして。
指での白刃取りである。
まさに、絶技と称されるべきものだった。
「返そう」
なんてことないように、アルバラードが言う。
ひゅっと腕が振るわれたと思うと、ナイフを投擲した暗殺者の額に、それがめり込んでいた。
ドシャリと地面に崩れ落ちる。
普通の人間では到底できないことを目の前でやられて、誰もが唖然とした。
「うわぁ、えっぐぅい」
「なんなのこいつ、マジで。どうして勇者でいけると思っているのよ……」
いや、まあこれくらい強いのであれば、勇者というのも理解できる。
正義を振りかざすには、力が必要だからだ。
ルル以外の四人の勇者も、誰もが一騎当千の力を持っている。
アルバラードも、そこに入れてもそん色がない……というか、圧倒するほどのものがある。
ただ、なんというか……普通に認めたくなかった。
「おいおい、こんな怪物がいるなんて聞いていないぞ。どうなっているんだ、依頼主さん」
「なんと。お前たちに悪を依頼した悪人もいるわけだな。では、お前たちの後をちゃんと追わせてやるから、そいつのことを教えてくれ」
「教えるわけないだろうが」
ぶっ殺す発言をしている奴に、どうして自分の依頼主を教えるのか。
こういった裏家業は、汚い仕事をするからこそ、信頼というものが表の世界よりも重要になってくる。
ペラペラと依頼主のことを話す奴に仕事なんて回ってこないし、そもそも口封じに殺されるだろう。
「私たちの邪魔をしないでもらいたいんだが……」
その言葉を聞いたアルバラードは、ニヒルに笑った。
「それはできないな。お前たちは皆殺しだ」
「こんなこと言う勇者っているのぉ?」
「いるわけないでしょ!」
スピカに問われたルルが怒りを爆発させる。
別に勇者という立場に誇りなんて抱いていなかったが、あれと同じ扱いをされるのは断固として拒否する。
ふざけんな。二言目に『殺す』が来る勇者と一緒にするな。
「……仕方ないな。私が手ずから、お前を殺すしかないようだ」
ルドーは殺意をあふれさせる。
暗殺者であれば隠しておかなければならないものだが、もはや姿を露呈している今、わざわざ抱え込む必要もない。
正面から、アルバラードを殺す。
ルドーはそう決めていた。
そんな彼を見て、アルバラードは笑みを浮かべる。
「この私にそのような啖呵を切ったのは、百人目くらいだ」
「多い!? どれだけ恨みを買われているにゃ!?」
「そして、全員が血だまりに沈むことになったのだ」
「えぇ……」
ことごとくを返り討ちにしてきたアルバラードが動く。
瓦礫付きの聖剣を構えると、一瞬で移動。
ルドーに迫る。
「では、さっそく死ね」
急速な動きについて行けていないルドー。
そんな彼に向かって、上段から聖剣を思いきり振り落とす。
先程の暗殺者のように、同じく悲惨なミンチの死体をさらすことになると思われたが……。
「なん、だと……?」
その聖剣を、身体に当てられながら通り抜けさせたルドーを見て、アルバラードは愕然とするのであった。




