第3話 ふぅん!!
「勇者?」
明らかに人相の悪い男たちが、ジロジロとこちらを見てくる。
アルはともかく、私は明らかに場違いだろう。
とんでもなくかわいい美少女が、こんな危険な場所にやってきたら、あまりにも不自然だ。
まあ、私も来たくて来たわけじゃないんだけどね。
何なら、今すぐ怯えている人間の女を置いてどっか行きたい。
戦うのは嫌だ。怖いし。
「なんだそれ。おとぎ話でもしてんのか?」
「バカ。勇者はいるだろ。まあ、こいつはそれを騙っている偽者だろうけどな」
ケラケラとあざ笑う賊たち。
ただ、そうしていても、アルに対する警戒心は解いていなかった。
と言っても、私がいることで、強い警戒はしないようになっていた。
私がムキムキのむさくるしい大男だったらそんなことはなかったのだろうけど……。
自分の美しさと可愛さって罪だわ。
「……いきなり偽者だと言われているが、どういうことだ愛剣よ」
「愛剣って呼ぶな。まあ、あんたって基本的に名前を売ろうとしないから知られていないだけじゃないの? あと、やっていることがちょっとあれだから、他の勇者と全然違うというかなんというか……」
アルは別に何かをするとき、自分の名前を大っぴらに宣言したりしない。
だから、彼が何をしたとしても、名前が広まりづらいのである。
また、アルのしていること、やったことというのは、どうにもただひたすらに賞賛されるだけではないのがほとんどだ。
だから、彼の名前はそれほど知られていない。
逆に、他の聖剣の担い手であり、勇者と呼ばれる者たちは、名前を知られている者が多い。
アルは勇者の中で、最も知られていない勇者かもしれない。
……いや、私は認めていないから、勇者じゃないんだけどね。
早く私を解放しろ。
「名声は必要ないからな」
「そんなあっさり切り捨てられるのって、そうそういないのよ」
名声をいらないと切って捨てることができる人間が、どれほどいるだろうか?
大なり小なり承認欲求というものは持っているのが人間だ。
まったく不要だと切り捨てられるアルは、本当に滅私奉公の精神を持っている。
他の聖剣が好きそうな性格だ。
私は好きじゃないけど。
「おらぁ!」
私がぼーっとしながらそんなことを考えていると、アルに襲い掛かる賊。
ギラリと光る剣には、べっとりと血がついていた。
彼らが好き勝手やっていた名残だろう。
どうでもいいけど。
しかし、そんな人殺しに長けた賊の攻撃も、アルには稚拙なものに映ったに違いない。
あっさりと躱してみせた。
「おいおいおい。そっちはいきなり邪魔してきておいて、今度はこっちを無視して楽しく会話か? 舐めてんのか?」
「そんなことはない。私は常に全力だ。常に全力で、悪を殺す」
ずっと場の空気が重たくなる。
物理的にではなく、アルの発する強烈な殺意によるものだ。
賊たちも顔を引きつらせている。
そんな奴らのことなんて一切考慮せずに、アルは私を呼び出した。
普段は異空間に収められている、聖剣としての私を。
「行くぞ、愛剣」
仰々しく構えるアル。
聖剣は日の光を浴びて、きらりと美しく光っていた。
……切っ先に巨大な瓦礫がついていなかったら、ちゃんと感動できただろうになあ。
私は死んだ目でその光景を見るのであった。
「ぶっ、あはははははははははははっ!!」
そんな剣を見て、賊は大笑いする。
……おい、今誰を見て笑った?
アルを見て笑うのは構わないが、私を見て笑ったのであれば許せない。
処す必要があるだろう。
さあ、言ってみろ。
「なんだ、そのバカみてえな武器は!? くくっ、腹が痛え!」
どうやら、私を見て笑っているようだった。
涙目になって、腹を抱えている。
おいおい、死んだわあいつ。
そんなに楽しいか。それはよかった。
じゃあ、楽しいという感情を持ったまま死ねるね。
おら、死ね! アルに殺されちまえ!
「そんなので、どうやって俺らと戦うつもりなんだよ? 特殊な自殺方法か?」
「女を弄ぶ邪魔をしなかったら、別にここで殺されることにはならなかったのによぉ。まあ、少し前の馬鹿な自分を恨んで死んでくれや」
私はこめかみがピクッと動いたのを自覚した。
すでに、この賊たちは処刑されることは確定している。
むごたらしく殺されるのは仕方のないくらいのことをしたのだから。
しかし、さらに彼らは罪を増やした。
なるほど、アルのこともバカにしたのか。
ああ、私が他人のことを言えないというのは自覚している。
私もさんざんアルのことをバカにしているしね。
何なら、恨みを晴らすために苛烈に攻撃している自覚はある。
全然効いていないけど。
今も、賊たちにあざ笑われているというのに、平然とした顔のままだ。
まあ、この男ならそういう反応になるだろう。
たとえ、誰に貶められても、メンタルに一切のダメージはない。
鋼のメンタルの持ち主だからだ。
ただ、まあ……非常に不本意ではあるが、今私を所有している男である。
決して認めたわけではないし、だから勇者でもないのだが……。
私以外がアルをバカにするのは、何か違うだろう。
だから、私はゴーサインを出すことにした。
「アル」
「なんだ?」
チラリと私に目を向けるアル。
そんな彼に向って、私は親指を立てる。
横に傾け……のどを掻き切るジェスチャー。
「ヤっちゃいなさい」
「ああ、無論だ」
溢れる戦意。
まあ、基本的にアルはやる気満々だから……。
普段は迷惑しかしていないが、今は許す。
実際、こいつらは悪人だ。
人間同士のいざこざとかどうでもいいが、一応聖剣の端くれとして、弱者を助けてやらんでもない……こともない。
「この私の……そして愛剣の聖なる光、受けてみるがいい!」
聖剣を高く掲げるアル。
あの重たそうな瓦礫がついていて、よくそんなことができるなと思う。
仰々しく言うものだから、さすがの賊たちも警戒するように構える。
「んあ? 何も……?」
が、何も起こらない。
当然だ。私が認めていないのだから、私の力を使うことができるはずもない。
拍子抜けしたような、戦闘では決して見せてはいけない隙を披露する賊たち。
だから、彼らは死ぬことになった。
アルはすでに、賊の一人の前で大きく聖剣を構えていた。
そして……。
「ふぅん!!」
剣の刃……ではなく、切っ先に付いた瓦礫で賊をぶんなぐった。
パァン! と音が鳴り、頭部を消し飛ばされた賊は、地面に倒れる。
……いや、たきつけた私が言うのもなんだけど、何だこの戦い方。
勇者が聖剣を使ってこんな戦い方をするわけないでしょ!